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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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283 新しい出会いといらだち

 これまでに()たことがある作用とはどこか違う。

 何がと問われても答えに窮するが、違和感は輸送艇の甲板に立つ前からあった。それにこのふたつもちは自分の力を隠そうともしていない。


 乗員の中に作用者がいてもおかしくはないけれど、このような力ある者に簡単に遭遇するだろうか。やはり乗客である可能性が高い。

 ほかの人が同乗するとは聞いていなかったけれど、大きな船を動かすには相当の経費がかかることくらいはわかる。しかも、わたしたちは無賃の上にあの荷物も一緒だ。多くの客を乗せていても変ではない。


 部屋を確認したあと挨拶がてら様子を見に行ってみよう。もしかすると向こうから近づいてくるかもしれない。この人もわたしの存在をとうに把握しているはずだから。


 連絡があって間もなくグウェンタの館を出たにもかかわらず、ジェンナとマリアンによって運び込まれた荷物には着替えや旅の必需品が収められていた。きっとメイジーも協力してくれたに違いない。


 カレンは小さな客室をぐるりと見たあと扉を閉め、来た道を戻り階段を下る。この先の階層にその人はいるはず。




 通路の途中で立ち止まりひとつ深呼吸すると大きな扉をゆっくりと押しあける。

 灯りを点していない薄暗い部屋を見回せば、低いテーブルにソファがいくつか。

 目が慣れると左右に続き部屋が見えた。そちらには木の机と椅子がそろっているようだ。食事をする場所かしら。


 部屋に足を踏み入れると、正面の大きなソファの上に茶色いものが動くのを捉えた。その向こう側に回り込みテーブルを挟んで立つ。

 今にも椅子からずり落ちそうな男が顔を上げてこちらをじっと見た。その間も暗い色の目に変化はなく何を考えているのかうかがい知れない。


 口を開く前に男がしゃべり出した。


「想像していたのと違うな」


 予想外の言葉に用意していた挨拶の口上を飲み込んだ。


「誰もあんたの(とし)のころを教えようとはしなかった。まあ、こっちも尋ねることなど思いつかなかったのだが」

「わたしは……」

「イリマーンはカムランの皇妃カレン。おれはシャウダレン。ダレンでいい。みんなそう呼ぶ」




「……ダレン。それで、どちらまで?」

「あんたと同じ」


 答えながらダレンはもぞもぞと動いて座り直した。その目は左手のほのかに光る符環に向けられていた。


「えっ、どういうことでしょうか? てっきりもっと南まで行かれるのかと」


 すばやく周囲、そして船内を確認する。どうやら乗客はこの人だけらしい。


「確かに変わってるな」


 男は頭をかいた。


「とにかく座ったらどうだ? おれだけ座っているのは落ち着かない」


 ダレンの向かい側に腰を降ろしもう一度尋ねる。


「それで、わたしと同じとはどういう意味でしょうか?」

「ん? ああ、親父の言ったとおりだ。変わり者の皇妃さまか……」


 望んだ答えは得られなかった。どういうことかと考えていると、ダレンは話し始めた。


「戻ってきた皇妃について親父から聞かされて、まあ、どんな人かと拝見しに来たわけさ。ああ、言い忘れたがおれの父はアレン、王の……」

「えっ? ディラン王のご友人アレンのことでしょうか?」

「あ、ああ。すぐにも前王の友になりそうだがな」

「それでしたら、わたしも皇妃ではなくなります」


 イリマーンの皇女(こうじょ)でなくなる。符環も返したほうがいいかしら。


「上妃」

「えっ?」

「皇妃ではなくなっても王母だ。だから上妃」

「はあ……」

「とりあえず、あんたの旅に同行させてもらう。よからぬ輩と遭遇したときにはなるべく援助してやる」




 ずいぶん傲慢な人。わたしが感知しか持たない上に、作用者の連れがいないことも知っている。

 しかしこの人は対抗が使える。いざという時に助けてくれるという申し出は、素直に受け取っておいたほうがいい。少なくともザナと合流するまでは。


 それに、どうしてか……気になる存在だ。

 この人の力が強制でないことには救われた。逃げ場のない空間で見知らぬ強制者と一緒にはなりたくない。


「それは助かります。よろしくお願いします」


 ダレンは驚いたような表情を見せたが、一瞬後には消え失せ頭を振った。


「自分で言うのもなんだが、初対面の者をそう気安く信用するものではない。それだから痛い目に遭う」

「でも、あなたは悪い人ではなさそうなので」


 ダレンの口元に笑いが浮かんだように見えた。何かおかしなことを言ったかしら。


「悪い人ではなさそう、か。そうでなくてもあんたを利用するかもしれない」

「でも、しません」




「はあ……。ところで、下に積まれたあれはなんだい?」

「えっ?」


 とっくにいろいろ調査済みということ……。


「ご覧になったとおりのものです」

「動かせるのか?」

「ええ。わたしの……連れが」

「ほー、なるほど。それで……戦でも始めるのか? よその国で……皇女自ら?」

「まさか。わたしの……仲間を助け出すのが目的です。あれは、いざという時の、えーと、保険のようなものです」

「あんたは自分の行動の意味をちゃんと理解しているのか? ローエンに敵対する連中の支援に加わったと知れたらどうなるか?」


 彼が見つめる右手の緑の光が強くなる。

 符環の明るさは作用だけではなく感情にも左右されるのかしら。気持ちの高まりをさらけ出しているようだ。もっと感情は抑えなければ。


「そんなことにはなりません。そもそもあの国にわたしを知る者などいないはずです」


 知り合いはカムランの人たちだけ。いや、あの人がいる。しかし、トランにも国都にも行くわけではない。フェルンから少し移動するだけだ。




「イリマーンのケタリシャの半分はローエンの者だ」

「それは大方トランのことでしょう? わたしはトランを訪問する気はありませんから」

「あんたが助けようとしているローエンの人たちに、あんたの素性を知るやつがいるかもしれん」

「そんなことは……ないはずです。それに、わたしは仲間の無事を確かめるだけです。それだけです。何も起こりえません」

「あんたが……下にあるような兵器を携えて上陸したら、どうなるか」

「考えすぎです。まったく、あなたという方は」


 我慢にも限度がある。緑の輝きが増したのが見え、慌てて左手で覆い隠す。ほかの符環は落ち着いた光のままなのになぜかしら。


「どうしてそんなにつっかかってくるのです?」

「大変なことにならないかと心配しているだけなのだが」

「それは、イリマーンの要人としての助言ですか?」

「まあ、そう受け取ってもらってもいい」

「とにかく、わたしのすることに口出ししないでください。何も起こらないのですから」


 ダレンは小さくうなずいた。


「そうだといいが……」




 扉の開く音に目を上げれば、ジェンナが顔を(のぞ)かせていた。


「カレンさま、こちらにいらしたのですか。探しました」


 彼女の後ろにマリアンも現れた。


「何かあった?」


 ジェンナはちらっとダレンを見たあと答えた。


「いいえ。あのう……荷物をもう少し調べるつもりですが、もしご覧になるのでしたらと思い……」

「ふたりともこちらにいらっしゃい」


 いつの間にかダレンが半分腰を浮かしてふたりを見つめていた。まさかよからぬことを……。

 ちらっと向けられたダレンの目の色が変わっている。嫌な予感がした。


「ダレン、こちらはわたしの友人の……」


 ふたりはさっと腰を落とした。


内事(ないじ)のジェンナです。こちらは側事(そくじ)のマリアンです」


 思わず額に手を当ててしまう。ただの連れという設定だったのに……。

 ダレンはすばやく立ち上がり数歩でふたりの前に立つと、さっとジェンナの左手を取った。


「おれはダレン」


 続いて、マリアンの左手を持ち上げ同じように挨拶した。

 わたしにこのような挨拶はなかった……。

 ジェンナとマリアンは凍り付いたように固まっている。作用者からこんなふうに手を取って挨拶されたことなどないに違いない。


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