281 感覚を取り戻すには
夜明け前には雨が上がり日の出とともに空はすっきりと晴れ上がったものの、朝方の冷え込みは相当だった。
昼下がりになってようやく暖かくなってきたので内庭に出かける。
エドナに同じような服がほしいとねだったがやんわりと断られた。やはり彼女たちのための特別なものに違いない。
結局、一昨日の服の色違いを用意してもらった。慣れればこの服はとても活動しやすく、教練用とのうたい文句に偽りはなかった。
エドナと同じように髪をざっくりと編んでスタブでまとめるだけにしてもらう。すでに遅いし今日は少し散策をするだけだから。
もう普通に階段を下りることもできたし、歩く速さもまともになったと思う。
前回も見たひときわ高い木の近くまで行ってみた。
タリアと足並みをそろえて尋ねる。
「ここには、メドラの木はあるの?」
「どうでしょうか。わたしは見たことがないように思います」
「そうか。見たかったなあ」
「西の農園に行けばたくさんあります」
「そうなの? 今度行って見たいな」
「初夏になると薄い黄色の可憐な花を付けるのですよ」
エドナが反対側から補足する。
「あたしたちのこの服みたいな色なの。花と果実は大違いだよね」
「うん、そうだね」
少しだけ休憩してから別の道を辿って戻る。途中に建物があるのを発見した。
「あれはなに?」
顔を回したタリアが答える。
「習練棟です。小さいもので今では皇子さましか使いませんが」
ふと足を止めて考える。
「ほかの人は利用できるの?」
タリアが首を傾げたので言い足す。
「ほら、記憶がないから、作用をどれくらい使えるかわからなくて。ちょっと試して確認することはできないかなと思ったの。そうしないと、いざという時に困るでしょ。たぶん、普通の場所で攻撃作用を開くのはやめたほうがいいよね?」
「ええ、もちろんです。館の近くで使ったら、力軍の人たちが群がってきますよ。特に今の時期は」
「やっぱりそうだよね」
タリアの視線が手に注がれていた。
「レンダーが指にしかないのでは……」
「ああ、そうなんだよね。たぶん、ほかに持ち物とかはなかったんでしょ?」
「はい、指輪だけでした。作用者の皆さまが身に付けられる腕輪もペンダントもございませんでした。髪にスライダを使われることも多いですがそれもありませんでした」
「じゃあ、どこかでなくしてしまったのかな、ほかのレンダーは」
そう言いながら手首を撫でる。ここにレンダーがあったという感触を求めるが答えはない。
「それでは力を発動することが……」
「いや、これだけだとしても試すのはできるよ。腕輪はまた作り直すしかないだろうなあ……」
「わかりました。それでは、使用可能か詰め所で聞いて参ります。こちらでお待ちください」
「悪いね」
小走りで詰め所に向かうタリアを見送りながらエドナが口を開いた。
「お姉さまの力についてお聞きするのは大変失礼なことですけれど……」
「別に構わないよ。紫側事なら知っておくべきことだしね。えーと、記憶によれば、攻撃と防御らしいけど、本当かどうかは試してみないと何とも……」
「ああ、それでは陰陽なのですね。やはり、そういうことでしたか」
「何がそういうことなの?」
「王女さまが、お姉さまのことをすごい人なのよ、とおっしゃっていたので」
つまりイサベラはわたしの力を知っている。それはケタリにして感知に長けているのを意味するのかしら。
まもなくタリアが戻ってきて、動かしても問題ないと言ったので、連れだって習練棟の中に入る。どうやら一部屋しかないようだ。
タリアが操作盤の前まで案内してくれた。使い方がわかるか不安だったが、現物を見るなりこれは触ったことがあると知る。
「どうですか? 操作はおわかりですか? 必要なら誰かに来てもらいますが……」
「いや、たぶん問題ない。さて、どうしようかな……」
無意識に指輪をくるくると回しながら考える。
どうせこのしょぼいレンダーではまともな力は出せまい。それなら全力でいくか……。そういえば、あの本にはレンダーは補助だと書かれていた。
ああ、しかし、それは熟達者のことだった。
「まずは、攻撃が使えるか試してみる。念のためふたりは後ろに下がっていてくれる?」
「はい」
「さてと、どうなるかまるでわからないが、とりあえずレベルは中央にセットしておけばいいか……」
すぐに天井から巨大な吸収体が次々と下りてきた。床に達する前に今度はメデュラム合金の分厚い板が何枚もせり上がってくる。
ついでブーンという音が高まり、電磁フィールドが展開されたのがわかる。
これは攻撃と破壊の作用を弱めたり防御作用に干渉したりすることはできるが、遮断は不可能。しかも莫大なエネルギーを浪費する。
カチッという音とともに習練が開始された。すぐに奥に現れた標的が軌道を頻繁に変えながら滑るように近づいてきた。
一度手を伸ばしかけたが思い直して下ろす。目を閉じて動く標的に意識を集中する。
甲高い音が迫ってくる。
あの本を読んだためか、何となく腕輪なしでもいけるような気がしていたが、それは間違いかもしれない。一度目をあけて近づく標的を確認してから集中力を高める。
後ろから息を呑む音が聞こえたような気がする。こんな騒々しい中で届くわけもないのに。
試しに攻撃を放ったが、開く前に外したことを悟った。
雑念を払いもう一度集中を高める。やはり試すからには中途半端はだめ。全力でなければ……。方向を変えた標的をしっかりイメージする。
突然、あの本にも書かれていたやり方を体が覚えていると知った。すぐに胸の奥で何かがはじけたのを感じ一気に力を解放する。
一呼吸してとんでもない轟音が聞こえた。
「どっひゃあー」
エドナの叫び声に慌てて目を開くが、押し寄せてくる突風を手で防ぎ両足を踏ん張る羽目になった。
当たったかな? ありゃりゃ?
興奮した声を上の空で聞く。
「す、す、すごいです、お姉さま。何もかも、壁まで破壊しちゃいました。……イサベラさまのお話は本当だったのですね」
意外な結果に自分でも驚いていた。まさか、このようなことになるとは想像もできなかった。こんなレンダーだけで。
そこで気がついた。この状況はいかにもまずい。しかも王女の留守中にやらかしてしまった。
「これはとても……悪い事態だよね?」
「はい、シャーリン」
タリアは諦めたようにただ首を振るばかりだった。
それにしてもどこかおかしい。両手を開いて目を近づけ並ぶ指輪を確かめる。一つひとつ回してみる。このレンダーだけで今のはやはり変だ。それとも……。
すぐに、詰め所から何人か駆けつけてきたが、あたりの惨状を見て茫然としたように動かなくなった。
タリアが走っていき責任者らしき人と話をしてから戻ってきた。
再び三人だけになりしばらく無言で立っていた。
やがてタリアが落ち着いた声を出した。
「ペイジを呼んでもらいました」
「ああ、ペイジなら何とかしてくれるわ、きっと」
うなずきながらエドナが体をぐるりと回した。
おそるおそる声をかける。
「ねえ、タリア。ついでに防御のほうもちょっと試していいかな。……ああ、攻撃装置は起動しないから」
「はあ、お好きなようになさってください。何をされてもこれ以上酷くはならないでしょうから。それに、これを片付けないと二度と起動はできないかと……」
うなずいたシャーリンは、三人を囲むように何度か防御を展開した。
ふたりとも興味深そうに眺め手を近づけていた。そのまま体をぐるりと動かしてみる。フィールドがちゃんとついて回るのを確認する。こちらもうまく使えそうだ。
今度は範囲を狭めて前方にだけ集中させる。目を閉じてその感触を確かめた。
一度深呼吸しこれで最後と、力いっぱいぐいーっと押し出してみた。流れるように広がるフィールドを胸でさわさわ感じ取る。
突然、バチバチと激しい音が鳴り響き、慌てて力を引っ込める。
また奇声が上がった。
「ひゃあー」
すぐに何が起きたかを悟ったが、目を開いて確認する。
崩れ落ちた吸収体の残骸から激しい音とともにモクモクと煙が立ちのぼっている。電磁フィールドがまだ稼働中なのを失念していた。
干渉を起こしたフィールドを残骸に圧しつけてしまった。
横目で見れば、再び沸き上がった風に髪をなびかせたエドナは目を大きく見張り、両手で髪を押さえたタリアはくすぶる残骸を凝視したまま何度も首を振っている。
まあ、少なくともそれなりに使えることだけはわかり満足した。
操作盤の前までそろりと移動しバチンと主電源を落とした。
すぐに力軍の人たちが戻ってきて、タリアとエドナが出迎える。
一緒に行こうとしたが、タリアからここで待つようにと言われた。
今は向こうで女性と話している。まもなくエドナは戻ってきたが、残ったふたりはまだ指揮官らしき人と会話を交わしている。
さらに数人現れて消化剤のようなものを撒き始めた。
「手伝いに行ったほうがよくないかな?」
「必要ありません。うかつに手を出すより、あの人たちに任せておけば確かですから」
「……ねえ、エドナ、タリアが話しているのがペイジ?」
「はい、そうです。ペイジはカムランの側事長で今では皇妃さまの筆頭側事も兼任しています」
「あの人が……。それで、タリアは大丈夫? 彼女が叱責されているならわたしが言って説明する。弁償もするつもりだから。まあ、すぐにはとても無理だけれど」
「ご心配なく、お姉さま。習練室ではよくあることらしいですから。そのための施設ですし。ここの設備がお姉さまの力にまったく対抗できなかっただけです。まあ、それにしても、外壁まで撃ち抜いたというのは聞いたことがありませんが」




