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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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279 記憶の隙間を埋めるには

 翌日はあいにくの天気となり屋内で過ごす。

 静まりかえった三階の通路をひたすらぐるぐると歩き回り、徐々に普通の速さで足が動くようになってきた。両手を壁に押し当てて体重をかけることで腕の調子も確かめる。

 疲れると部屋に帰り居間のソファに腰を沈めてしばし休憩する。


 それを何度か繰り返していると、エドナが顔を見せ声をかけてきた。


「お茶にしましょう」


 そういえば先ほど戻ってきた時からいい匂いがする。


 続き部屋に入ると、小さな丸テーブルに二階建てのトレイが置かれ、様々な形のクッキーが並べられていた。焼きたての食欲をそそる香りがふわりと鼻をくすぐる。

 聞けば、これは朝晩の食事と違って、隣の厨房でタリアが作ったものだという。わたしが回廊を徘徊(はいかい)している間に。




 椅子に座るとタリアがお茶を()れ始めた。ふたりが席に着くまで待って、さっそく手を伸ばす。

 ふとテーブルの下を見れば、エドナの足にまとわりつくようにリンが丸くなっていた。すっかり彼女がお気に入りのよう。わたしのことは見限ったらしい。


「ああ、そうでした。先ほどねこの医者が来たので診てもらいました。薬もきちんと飲みましたからご安心ください」

「それはありがとう。それにしても、リンはすっかりエドナになついているなー」

「足がとても温かいのです」


 イサベラがちゃんと手配してくれたらしい。しばらくは大丈夫だ。




「これ、すごくおいしいよ。中に入っているのは何なのかな」

「ジャムです」

「へーえ」

「少々お待ちください」


 タリアは席を立つと厨房から大きな瓶を持ってきた。

 中には黄金色のジャムが半分ほど入っていた。小さく黒っぽいプツプツが見える。


「メドラという木の実をハチミツで煮たものです。秋の終わり頃に収穫されほとんどはジャムに加工されるのです。ちょっと変な果実で毒があってそのままでは食べられませんが、よく加熱してまるごとジャムにすれば美味です。ほかにも使い道はいろいろです」

「へえー、とてもよい香りだしこのプチプチした感触が何とも言えない」

「それ、種なの。あたしも大好き。タリアが作るお菓子はどれもおいしいけどね」


 褒められたタリアはうれしそうにエドナに笑顔を向けた。


「うん、うん、おいしいよ。今度、ぜひほかのも食べたいなー」

「はい、では明日も何か作りましょうか」




「雨降りだと外に出られないから退屈だなあ」


 エドナが同意するようにうなずいた。


「明日にはまた晴れるらしいですから、今日だけの辛抱です」

「それにしても、今にも雪になりそうに見えるよ」

「そうですね、いつもだととっくにひと雪あってもおかしくないです。でもこの天気だと雪まではならないです」

「このあたりでは雪がよく降るの?」

「ひと冬に数回から多くても十回くらいです。時には大雪になったりして街中が真っ白に覆われることもありました」

「なるほどねえー」

「ちょうど北からの回廊の出口になっているせいでしょうね」




「何か暇つぶしがあればなあ……。そうだ、ここに図書室はないの?」

「あります。まあ、図書室というより書庫と言ったほうが適当かもしれませんが。本をお読みになりたいですか?」

「ここにある本が読めるかどうか……」


 エドナが顔を回してタリアを見るとすぐに答えが返ってきた。


「問題ありません。普段は閉まっていますけれど、王女さまの賓客ですから入れます」

「あ、そういう意味ではなくて、言葉や文字を忘れてないか、ちょっと不安になっただけで……」

「それでしたら、今から出かけてみましょうか」

「うん、とてもいい考えだと思う。ああ、でも別棟だったりする?」


 降り続く冷たい雨に目を向ける。


「いいえ、ここの二階です」

「よかった」

「でも、気をつけてください」

「うっ、わかってる。もうあんなことはしないから」


 タリアはそっとつぶやいた。


「そう祈っています」

「やっぱり信用ないよね」

「お姉さまのなさることは何ごとも一途で大胆ですから」

「はあ? それ、どういう意味?」

「あっ、あたしは鍵を借りてきます」


 エドナは部屋を飛び出していった。

 残されたふたりは一瞬顔を見合わせた。そそくさと立ち上がったタリアはテーブルの上をさっと片付け、あっという間に隣の部屋に消えていった。


 その後ろ姿を見つめながらぼんやりと考える。

 彼女はよく気がきくし芯の強い努力家に違いない。そうでなければ幼子を育てる紫側事(しそくじ)などとうてい務まらない。見習わなければ。



***



 書庫はあまり広くなかった。手近な本を手に取りパラパラとめくってみる。共通語がちゃんと読めることにひとまず安堵(あんど)する。

 タリアが窓際を指さした。


「お気に召す本がありましたら、あちらで腰掛けてご覧になればよろしいかと」

「わかった」

「エドナ、あとはお願いね。わたしはペイジのところに行くから」

「ああ、そうでした。お願いします」

「エドナも戻って構わないよ。帰り道くらいはわかるから」


 エドナは首を激しく振った。


「何かあるといけませんから」

「はあ、そうだね。わたしは何をしでかすか……自分でもわからない」

「はい」

「うっ」


 言い切るんだ、やはり。




 書棚の本のほとんどは何かの記録らしきものだった。

 この国の歴史的には意味ある書物だろうけれど今ひとつ興味は持てない。

 何度か行ったり来たりして気になった数冊の本を選ぶ。それを両手に抱えて窓際のテーブルまで行き、その前の椅子に深く腰掛ける。


 ふと見れば、エドナは反対側の書棚を一所懸命探している。じきに一冊の本を手にやって来た。

 なぜか細長いテーブルの反対側に陣取り本を開くのが見えた。何を読んでいるのかは遠くてわからない。


 目の前に積んだ本から一冊を取り上げる。

 西方諸国の概略史。斜め読みしたが、目にした先から内容は理解できた。読むことで覚えがちゃんと残っているのがわかり安心する。


 ガムリアに作られた国、イス、イリオン、マゴリア。レムリアというのは古メリデマールのことか。六王国、インペカール、ウルブ都市国家群、そして、オリエノール。メリデマールはもうない。

 残っている記憶を定着させ、少なからず新たな知識も付け加えた。




 二冊目は、『作用者の心得 基本編 改訂版』と書かれた不思議な装丁の本。書棚の隅にひっそりと置かれていて危うく見逃すところだった。

 中を開けばページ数はさほどでもないのに表紙だけはやたら厚くて重々しい。手に取り最初のページを見るが、内容に関する記憶はちっとも(よみがえ)ってこない。


 ということは、このような書物に触れた経験がないのだろうか。

 しかしそれは変だ。わたしは作用者。自分の中にちゃんと力の根源を感じている。どれほどかはわからないが。

 表紙を見る限りこれは作用者が初めて触れる入門書みたいなものだろうか。とにかく読み始める。


 最初のほうには、作用の基礎について書かれている。




 作用の四素は、精媒、精分、精気、精華である。

 それぞれが、森、水、大気、光を象徴するとされ、これは木々の営みに相等しい。

 以下、具体的に述べよう。




 はて、このような話を聞いた記憶が涌いてこない。知らないはずはないのだが。

 次のページをめくれば、作用の種類の分類について書かれている。




 作用は本来、第一から第六までありそれぞれの陰陽を合わせて十二種といわれたことがある。




 あれっ、そうなの? 先を読む。




 しかし現在では第五までの以下十種のみが知られている。

 すなわち、陽・陰の順に、攻撃・防御、生成・破壊、感知・遮へい、強制・対抗、時伸・時縮である。

 それぞれを発動するときの作用の流れは、アシグ・アセシグ、ファシグ・ファセシグ、レシグ・レセシグ、エンシグ・エセシグ、ジャシグ・ジャセシグと称され、感知する際には明確に区別できる。




 そうだ、ぼんやりとはしているが少し思い出した。

 ではこの六番目の力は何なのだろう?

 さらに進むと、作用の原理から発動方法の多様性について手短に述べられている。レンダーについての記述もあった。




 純度の高いメデュラムを核として作られるレンダーを使用すれば、作用の発動を助け増幅することが可能である。特に初心者にはきわめて有効な補具となるであろう。

 通常は手に使う腕輪、指輪、頭につけるスライダ、スティング、首にかけるペンダントなど各種の装身具を模して制作される。

 補具は個人に合わせて調整されれば最も効果あるものになる。




 だから、ふつう他人のレンダーは使い物にならない。うん、これは覚えがある。




 作用は、左右の腕を結ぶ主力絡を通じて力髄と手の間を流れる。

 力髄に近い側、すなわち左手を第一の手、右は第二の手と呼ぶ。この場合の手とは手首から指先までの全表面を指し、力絡の端部が無数に枝分かれて手全体を覆っている。

 したがって、レンダーは手首や指に装着することで最大の効果が発揮される。




 何もない自分の手首に触れる。わたしのレンダーはどうなったのだろう。




 力髄からは胸部全体に力絡の網が張り巡らされているが、力絡端部の密度は力髄直上が格段に高い。

 ここは第三の手とも言われ最も強い作用を流せる部位であるが、この手を使いこなすためには高い練度が必要であり、高位の熟達者のみが習得可能といわれる。

 扱う作用の強さは、第三、第一、第二の順となる。

 第三の手を操ることができる作用者は、ペンダントに加工したレンダーを胸部に装備する場合もある。




 つまり、力絡は全身に広がっているが、特に集中する所を作用者は使う。




 力髄の反対側にも力絡の密度が高い部分があり、結節とも呼ばれる特異な部位と見なされている。

 これは第二の力髄の名残と考える者もいるが証明はされていない。こちらも第三の手と呼ばれることがあるが、実際は手と称するほどの実力は期待できない。

 なお、高位熟達者になれば必ずしもレンダーを必要としない点にも注意されたい。




 そうなのか。

 さらに読み進めると、それぞれの作用の対象、異形態、派生効果、そして、力の分岐点などがつらつらと書かれている。記憶にない知識が目白押しだ。さらに留意事項まで記述されていた。

 自分の作用についての説明を読む。




 ……防御フィールドは低速の物体を通し、高速の物体、電磁エネルギー、および攻撃作用を反射あるいは吸収するものである。

 追記:防御を貫く武器として、機械式の銃から撃ち出される貫通弾が開発され一定の効果を上げた。しかし、現在では貫通弾も高位熟達者による、あるいは、複数の作用者による積層されたフィールドにより防ぐことが可能とされている。




 そうなのか。フィールドの重ね張り。覚えておこう。




 作用に()けるためには、おのれの目や耳に頼ってはならない。

 本来は、第三、第一、第二の手が作用者の目となり耳になる。それ以外の部位は補助用途に徹するのが熟達への道筋となる。


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