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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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275 窓からの景色

 目覚めると、エドナが椅子に座ってこちらを見ていた。膝の上にはけだるそうな格好で寝そべったリンの姿。


「おはよう、エドナ」


 シャーリンは、目の前の不安そうな顔を見上げた。


「どうかした?」

「少々うなされているようでしたので……大丈夫ですか?」


 うなされていた? 昨日と違って今朝はすっきりしている。


「別に。よく眠れたよ」

「そうですか。安心しました」


 手足を少し動かしてみた。これなら大丈夫そうだ。体を起こしてみる。すんなりできた。

 窓が開いているが寒くはない。


「うん、調子はよさそうだ。いくらかもとに戻りつつあるかな」

「少し歩いてみましょうか?」

「うん」




 抵抗するリンを床に降ろしたエドナの手を借りて立ち上がる。まだ少し背中がグキグキするし足も重い。しかし、じっとしていてはいつまでたっても治らない。


「ゆっくり動くようにお願いします。あたしの肩に手を回してください」

「ところで、わたしは自由に出歩いていいのかな?」

「館の敷地から出なければ問題ないと聞いております」


 少し歩いて大きな窓に近づくと、どこまでも続く草原と遠くには森が広がっているのが見えた。

 窓から首を出して見下ろせば巨大な池があった。いや、この四角い形状は貯水池かな。隣のエドナが同じように下に目を向けたあとうなずいた。


「貯水施設です。大きいですよね。このあたりでは雨の少ない季節のために必要なのです」


 ここが三階なのも判明した。


「国都だと聞いたから、町中なのかと思っていたけど違うんだね」

「はい、町は反対側です。こちらは北側になります」

「ああ、なるほど」


 タリアの声が聞こえた。


「それでしたら、町が見晴らせるところで朝食(あさしょく)にしましょうか?」

「いいね。もちろん、君たちもだよ」

「はい、ご命令ですから」

「よし、ではお願い」




 タリアが肩を貸してくれたので、喜んで頼らせてもらう。


「反対側の回廊は少々離れていますから、ゆっくりと行きましょう。わたしが支えますので、まずは足運びだけに専念してください」


 すぐに、館の中がものすごく広いことを思い知らされた。普通に歩けたとしてもどこかに行くだけで大変だな、これは。

 彼女のおかげで、ふにゃふにゃの足取りでも何とか進めた。回復のためにやっていると思えば苦にはならないが、隣のタリアは歩きにくくて大変なはず。情けないけれどもう少し頼るしかない。

 機械的に足を動かし続けていると、目的地に着くころには、自力で体重を支えられるようになってきた。予想以上の成果だと思う。



***



「なるほど、これはすごい。この見えているすべてが国都、ワン・チェトラなの?」


 エドナが外に目を向けうなずいた。


「はい、ほかにも大きな町はありますし、海沿いの港町のほうがもっと発展していますが、あたしはこの落ち着いた街並みが好きです」

「わりと高い建物があるんだね」


 わたしの記憶の中では、たぶん一番の大都市かもしれない。


「そうですか? ほかの町のことはあまり知らないので」

「あのすごく高いのは通信塔だよね?」


 首を捻って同じほうを向いたエドナはうなずいた。


「はい、国都には全部で三つの通信塔があります。あそこに見えている南塔のほかに東と西の町外れに」

「へえー」


 頭の中にイリマーンの地図を思い浮かべる。これはちゃんと記憶にある。この国は東西にとても広い。きっとたくさんの通信塔があるに違いない。それにここから二百万メトレ近くも離れたウルブともつながっているはず。




 エドナが左側のほうを指さした。


「街の中心部にはそれこそ数え切れないほどのお店や食事処などがあるのですよ」

「うーん、そう聞いてしまうと街に行ってみたくなるなあ」

「あ、それは……」

「無理だよね。わかってる」

「すみません、余計なことを申し上げてしまいました」

「そんなことはないよ。いつか皆で街に行けるといいな」

「はい。その際はお供させてください」

「イサベラも一緒に、なんて無理だろうなあ。彼女は王女だしこれから国王になるのならなおさら……」


 青空を背にそびえる通信塔のてっぺんを見つめる。


「あの塔には登れるの?」

「はい、南塔だけは誰でも展望室まで行けます。あそこからの眺めはそれはもう絶景としか言えません。あう、また余計なことを申し上げました」

「別にいちいち謝らないでよ。それじゃあ、いつかあそこにも連れていってね」

「かしこまりました」




「用意が調(ととの)いました」


 タリアの声に振り向く。

 ほとんど彼女に運んでもらったも同然だけれど、ここまで来るのにかなり疲れた。今はとにかくおなかに入れたい。

 見たところ三人の前に置かれたものが同じようで安心した。ただ量だけは違う。確かにこのくらい必要かもしれない、今のところは。


「シャーリンさ……シャーリンは何がお好きですか? 食事は選択肢があるのです、一応」

「食の好みかー。うーん、考えてもわからない。好き嫌いは記憶と関係するのかなあ。こういった普通の生活に必要なことをどこまで覚えているか、自信がなくなってきたよ」

「それでしたら、毎日違う献立にしてみますね。何かを思い出すきっかけになるかもしれませんから」

「うん、いいね。でも、どれもすごくおいしいから結局は何もわからないかもね」

「それは食欲のせいだわ。毒がすべて抜けてもとに戻ればいろいろと変わり落ち着くでしょう」


 食後には、昨日と同じようにタリアがお茶を用意してくれた。大きなカップにハチミツをたっぷり入れてもらう。これは癖になりそう。




「このあとはどうなさいますか? 必要なものがありましたらご用意します」

「もう少し運動……足を動かしたほうがよさそうだ。そうだなあ、まずは散歩かな」

「はい、それでしたら内庭を散策されますか? 結構な広さなのですよ」

「うん、いいね。とにかく外の空気を吸うのには大賛成」

「かしこまりました。部屋に戻りましたらしばらくご休憩ください。日が高くなり暖かくなってから出かけましょう。まだ寒いですから。服はエドナが用意します」

「お任せください」


 服? 紅色の服を見下ろす。確かに色は変わっているけれど問題ない。

 やはり内庭を歩くには外服が必要なのか。


「何かご希望がありますか、お姉さま?」


 タリアが口を開きかけたが、結局そっとため息をついただけだった。


「えっ、何の?」

「服のことです」

「服? うーん、服ねえ。特に希望はない。外に出られるなら何でもいいよ」

「あらら、そうですか」


 エドナは首を傾げてつぶやいた。


「お姉さまは身につけるものにご関心が薄いのかしら」


 少しばかり不満そうに見える。


「いや、どうかな、実は自分にもわからない」

「あっ、そうでした。失礼しました。それでは、今回はあたしが相応(ふさわ)しいものをご用意します」

「ああ、有能な妹に任せるよ」


 またため息が聞こえたような気がする。


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