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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

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274 どうしてもほしいもの

「タリアはわたしの側事なんだよね、少なくとも今は」

「そうです、シャーリンさま」

「それでは……食事をともにするよう命ずる」


 小さく「うっ」と言うのが聞こえた。


「それは……ずるいです、シャーリンさま」

「だって、お願いだと聞いてくれないし。命令ならいいんでしょ?」

「……そうですけれど」

「じゃあ、決まりね。明日(あした)から」


 タリアは大きなため息をついた。


「かしこまりました」

「ごめん、ちょっと強引だった」

「はい、シャーリンさま」

「それから、その仰々しい言い方も禁止。いい?」

「どうしてでしょうか?」

「ああ、つまりね、わたしは君たちと友だちになりたいの」


 タリアがびっくりしたようにこちらを見下ろしたが口は閉じたまま。




「変なことを言った?」

「はい、とても」


 タリアは何度も首を横に動かした。


「ここにいるのは三人だけなんだし、もっと親しくしてくれてもいいと思う」

「そういうわけには参りません」


 どうにかしてこの状況を打開せねば。


「これはお願いだけど、できれば……」

「シャーリンさま、わたしたちは……」


 思わずタリアの言葉を遮る。


「わかってる。どう言えばいいのかな。つまり、こういうのは落ち着かないんだよ。君たちはイサベラに忠実ですばらしい仕事をしている。でも、たのむ。記憶を失ったわたしの家族になってとまでは言わないから……」

「か、家族……。いったい何をおっしゃるのです? シャーリンさま」

「シャーリン」

「ううっ、ひどいです、シャーリンさま」

「シャーリン」

「はい、シャーリン……」




 いつの間にか反対側に立っていたエドナのつぶやきが耳に入った。


「家族なら、姉が二人か……」


 タリアがさっと顔を動かした。


「エドナ!」

「あ、はい。聞こえちゃいました?」

「当たり前よ」

「大変失礼いたしました、シャーリンさま。ただ……お姉さまが二人もいたらいいなあと思っただけです」

「ねえ、エドナ、どっちかというと、わたしが妹だろうな。実際、何もできなくて手がかかるし……」

「シャーリンさ……まじめに答える必要はありません」

「いいえ、あたしが一番下だわ、間違いなく」

「エドナ! あなたは……」


 吐息が聞こえたが、タリアは諦めたように横を向いた。


「……それに、万が一、ここにいる三人が姉妹だとしたら、シャーリンが長姉に決まっています」

「でも、姉というのはもっとしっかりした……」


 こちらを見下ろすタリアと目が合った。


「よろしいですか、シャーリン。姉は少し頼りないほうがいいのです。その分、妹はしっかり育つのです」


 そんな理屈は聞いたこともない。


「ああ、そういうことなのね、タリア。じゃあ、この中であたしが一番のしっかり者というわけね?」

「ぜひそうであってほしいわ。……でもね、忘れないで。最後に頼りになるのは姉だし、いざという時に一番力を発揮してくれる存在なのよ」

「そうなの? そんなこと初めて聞いたよ。もっとも、何を聞いてもたいてい初めてかもしれないけどね」


 エドナがくるっとこちらを見た。


「頼らせていただきます、お姉さま」




「わたしはまったく役に立ちそうもないな。ああ、これでは家族どころか共同生活とすら言えない……」

「シャーリン……はとても貢献されていますよ」


 どういうわけか、タリアの声は感慨深げだった。


「えっ、どこに?」

「わたしたちの好奇心を満たしてくださる貴重な存在ですから……」


 仕事をさせてもらえなくて時間を持て余していたところに、降って湧いたように現れた実地訓練対象だよ、と言われた気がする。

 エドナが感心したように頭を振ったあとこちらを見た。


「それに、シャーリンさまはすごいです。タリアを言い破るのはペイジだけかと思っていたのだけれど」

「エドナ? 何か忘れてない?」

「へ? 何を?」

「さまはつけない!」

「わ、わかりました、隊長!」

「えっ?」

「わ、わっ、すみません。教練のときに怒られたのを思い出してつい……」

「教練? 君たちは正軍の所属ってこと?」

「いえ、そうではありません。でも、定期的に教練も受けないとならなくて」

「子ども?」

「はい」

「それはすごい。何でもできるんだね」

「頑張りますので、何でもお言いつけください」

「たのむね。頼りない姉で誠にすまない」

「シャーリン? そのようなことをおっしゃるとエドナが調子に乗ってしまいます」


 何度も大きく首を振るタリアを見ては、知らずに笑みがこぼれてくる。




「シャーリンさ……シャーリンは皇妃さまとはかなり勝手が違います」

「ねえ、エドナ。その皇妃さまのことを話してくれる?」

「えーと、皇妃さまはイサベリータ王女の実の母上で、たいそうお若い方です」

「へええ?」

「それに、とってもかわいらしい姫さまなのです」

「はあっ?」

「エドナ!」

「ああっ、あたしったら、申し訳ありません、失礼なことを申し上げました。どうかお忘れください」

「どうして謝るの?」

「いえ、それは、だから……イサベラさまに……。ああ、つまり、皇妃さまは本当にすてきな方です。純真で大変素直でいらして、お世話のやり甲斐がありました……」

「そうです。しっかりとした芯をお持ちで、たおやかな方です」


 エドナはタリアをじっと見て何かを思い出したように何度もうなずいた。


「それはとても耳が痛い話だな。これ以上は聞かないほうがよさそうだ」




 軽く咳払いをしたタリアがこちらを見た。


「ところで、お体の調子はいかがですか? 王女さまのお話では毒を摂取されたようですが」

「えっ、毒?」

「はい。全身を麻痺させるのだとか。医術者のお話では、時間がたてばこの毒の影響はなくなるとのことでした。記憶の件もその後遺症だろうと言っていました」

「ああ、よかった。確かに今朝よりはましかな。早くまともに動けるようになりたい。明日(あした)には君たちの手を借りなくてもいいようにならないと」

「はい、そうですね」

「えーと、それじゃあ、今日はもう寝たほうがいいな」


 椅子から立ち上がろうとするとタリアが首を横に動かした。

 ここはエドナの出番らしい。たちまち運ばれベッドに寝かされた。


「やはり赤より青がお似合いですね」


 エドナの話が内服の色のことだと気づく。

 あらためて見ればこの紅色は派手だとは思う。しかし、内服の色など何でもいいのでは。誰に見せるでもないし。

 一瞬そう言おうかと考えたが、楽しそうなエドナに水を差すのはやめたほうがよさそう。

 毛布を整え終わったエドナはすっと(かが)むと口を耳に寄せささやいた。


「おやすみなさい、お姉さま」


 これは確かに手のかかる子どもの扱いだな。

 タリアがさっと顔を上げ半ば口を開いたが、結局何も言わなかった。


「おやすみ、エドナ。おやすみ、タリア」

「おやすみなさい、シャーリン」


 タリアがかすかな笑みを浮かべていることに安心する。

 第一関門は突破したと思う。彼女は頼りがいがあって包容力もある。

 それにしても、ふたりともとてもいい子ではないか。イサベラにはおおいに感謝しないと。


 向こうでタリアがテーブルの後片付けをしている。それを眺めるうちに睡魔が襲ってきた。もしかすると、食事に眠気を誘うものが入っていたのかな。

 そう考える間もなく眠りに落ちた。


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