273 踏み込んだ関係
「それで、万一……国王が亡くなられたときは……」
「王女が王になられます。しかし、国王となるには、伴侶を擁することが必要なのです」
「つまり、イサベリータ王女は、そのカイルという人と一緒になれば王の座につける?」
「はい、シャーリンさま」
いや、逆かな。うーん、しかし昨晩のあの顔は微塵も……。それとも、あれは、悩みを隠した笑顔だったのだろうか。
「彼女は、イサベラは、とてもそんな悪い人には見えなかったけど……」
エドナが強い口調で言う。
「もちろんです。イサベラさまに限って、そのようなことをなさるはずがありません、断じて……」
胸の前で組み合わせた手に力が入った。
ちらっとタリアを見れば、膝に置かれた両手がきつく握られている。
「イサベラがそのカイルと一緒になるのは決まってるの?」
「はい、成年される前から定められていたことです」
なるほど、王女だものね。
「ありがとう。いろいろと話してくれて。おかげで……だいぶ眠くなってきた」
ふたりはポカンと口をあけてから慌てて閉じた。
タリアとエドナはイサベラに信頼されているようだ。次の王になるかもしれない子を任せられるのはすごいことに違いない。
目の前のふたりの若干緊張が解けた顔つきからはとても想像できないが。
「何もかもやってくれて助かる。これからもよろしく」
「はい! わたしたちも至らぬところが多々あるかと存じますが、何なりとお申しつけください」
シャーリンは首を縦に動かした。タリアはひとつうなずくと話を続ける。
「それでは、しばらくお眠りください。夕刻になりましたら湯浴みをされてから晩食にいたしましょう。王女さまのお話では、シャーリンさまの状態は、よくお眠りになり十分な食事を召し上がれば回復するそうです」
つまり力を酷使したということか。わたしは、どこで何をしていたのだろう?
気がつけば、いつの間にかリンが隣で丸くなっていた。
***
目が覚めたときには窓の外が薄暗くなっていた。今回はよく眠れたような気がする。
今度は動けるはず。手を突っ張って体を起こそうとしたが、腕がへなへなとなってうまくいかない。もう一度、頑張ってようやく起き上がれた。
たったこれだけのことで息が切れる。
「あまり無理をなさらないでください、シャーリンさま」
「いやあ、エドナ、もう大丈夫かと思って」
「今朝よりお顔はすっきりしています。では湯浴みにいたしましょうか。言わせていただければ、どうやらしばらく湯浴みをされていないように見受けられますので」
そう言うエドナは今朝と違って袖なしの丈がかなり短い服を着ている。
「えっ、そうかな? そんなこともないと思う」
「いえ、そうです」
こくんとうなずいたエドナは、毛布をめくりながら振り返ると声を出した。
「タリア、お目覚めよ」
「ちょうどよ。準備できてるわ。お連れして」
続き部屋から顔だけを見せたタリアが答えた。
落ち着いた声は低いが不思議とよく通るなと考える間に、エドナが両手を伸ばしたかと思うと次の瞬間には抱きかかえられていた。
びっくりして声を立てる。
「エドナ! 降ろして」
「静かにしてくださいな。ご無理に決まっていますから。それに、すぐ隣の部屋までです」
あっという間に運ばれたと思ったら、湯浴み処にでんと置かれた大きな寝椅子に横にされた。運んでもらっただけなのに息が切れているのが情けない。
「では、今日だけ手を借ります。今晩だけ」
「かしこまりました」
手際よく服を脱がされたあとも、おそろいの服を身につけたふたりに身を委ねるしかなかった。
「そういえば、イサベラはどちらに?」
エドナの髪を洗う動きが止まったが、前で手を動かしているタリアは顔を上げずに答えた。
「王女さまは前線の視察に行かれました。昼前、急にお出かけすることになりまして。今日、明日はお帰りにならないと聞きました」
どうしてか、ギクッと体が震えた。
「前線に何か問題でも?」
「わかりません。特に切迫した様子はありませんでしたが、今は王がご不在なので……」
「そういえば、イサベラは第四皇女だったかな。ということは、ほかにも皇子がいるんだよね。どうして彼女が王女なの?」
後ろから声がした。
「目を閉じてください。流しますから」
慌てて目を瞑り口も閉じて待つ。頭に始まり背中から足先まで順に体が持ち上げられお湯がかけられた。
しばらくすると水音が止まりあちこちを触りだしたので、揉み療治なのかと思ったけれど少し違うみたい。
何度か姿勢を変えては続けたあと仰向けに戻され、今度はタオルで体を拭き始めた。
目をあけてタリアを見上げる。
「ねえ、普通は最も早くに作用者となった皇子が王の座につくのでは? それともここでは違うの?」
「イサベリータ王女はカムランでただひとりの選ばれし者です」
「それはどういう意味?」
「特別な作用者ということです」
「ああ、なるほど」
反射的に答えたものの意味がわからない。
「どう特別なの?」
髪にタオルを当てていたエドナに頭を起こされた。
「イリマーンではケタリが王の座につくのが慣例でした。しばらくそうではありませんでしたが、イサベリータさまがケタリになられたので、正当な王と認められるはずです」
ケタリ……これは記憶の中にあった。三つ以上の力を持ち強大な作用を開ける希な存在だったっけ?
確か東の諸国にはいない。あれ? もっと何か聞いたことがあるような気がするが……。
「そのケタリだけど……」
エドナの声が割り込んできた。
「シャーリンさま、終わりました。これから隣の部屋に移動してお支度します」
「すまない……」
「何をおっしゃるのです。ご病気なのですから当然のことです」
運んでもらっている途中で、意図せずおなかが音を鳴らした。
「あら、エドナ、急いでお支度を。わたしは晩食の準備をするから」
「お任せください」
***
「朝も結構な量を食べたのに……こんなにおなかがすくのは変だな」
「別に変ではありません。作用者は力を酷使すると食欲が旺盛になると聞いております」
知らない間に元の服に着替えていたタリアの手元に目をやりながら尋ねる。
「ねえ、ふたりともたぶん作用者ではないよね? どうしてそんなに詳しいの?」
「紫側事になるためには、いろいろなことを学ばされるし、作用者についてもたたき込まれます。ほかにもたくさんの訓練を受けました」
「ああ、将来の王になる方をお世話するんだもんね。とても大変だな。そもそもどうやって王女の紫側事になるの?」
「それはわかりません。単に選ばれるのです。選ばれた理由も存じません。教えてもらうわけではないので。それに、何年も前、子どものときの話ですから」
「へえー、つまり、君たちは多くの子どもの中から選ばれたのだね。もっと、いろいろと話を聞きたいな」
「はい、質問をいただければお答えします」
知らずため息が漏れてしまう。
「いや、そういう意味じゃなくて、つまり、普通におしゃべりできないのかな……と思ってるんだ」
「わたしたちはシャーリンさまの側事ですから」
「うーん、今ふわっと涌いてきたけど、わたしはね、しゃべるのは苦手だが聞くのはうまい……と思ってる。そうだ、今度から一緒に食事をしたいな」
「そのようなことはできかねます」
すらりとした体をシャキッとさせたタリアを見上げる。
「どうして? そんなふうに隣に立って見下ろされながら食べるより、みんなで食事をしたい」
「それは無理です」
「なぜ?」
「そういう決まりだからです。このようにするのがわたしたちの務めです」
「じゃあ、一緒に食事してとお願いしたら」
「いいえ、なりません」




