表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

283/358

272 仕事への期待

 お茶の用意が終わると、再び立ったまま飲み終わるのを待っているようだった。

 いやはや、ここの側事(そくじ)は大変そう。こんなふうにべったり張り付かずに、他の仕事をしたほうが効率がいいだろうに。

 それとも、わたしが病人だから見張っているのだろうか。


 ため息をつきカップを持ち上げたが、手が少し震えた。目の隅でタリアがピクッと動いた。慌ててもう一方の手を添えて口に近づける。

 この子はこれを飲み終わるまでここから動きそうもない。しかし、お茶は思っていたより熱くて火傷しそうになった。


「シャーリンさま、食後のお茶はゆっくり飲まれたほうがよろしいかと……」


 まじめな顔で言うタリアを見上げれば、好奇心に満ちた目が輝いている。またうっかりため息が漏れてしまう。

 しつこくないさらっとした甘みがお茶の味を引き立たせる。


「これは飲みやすい。実においしい……」


 食事の間に、エドナは窓を閉じ暖炉の火力を調節すると、戸棚の中を調べ始めた。

 それが終わると別の扉をあけて入っていった。そこは続き部屋らしく、その先にも部屋がいくつかあるようだ。水の流れる音が聞こえたことからして、台所か、浴室か閑所、あるいはその全部に違いない。




 お茶が終わると、テーブルが片付けられ再び横に寝かせられた。


「本日はこのままお休みくださいとのことです」


 誰の指示かは明らかだし、いたって正しい。今日だけはゆっくり横にならせてもらおう。だからといってまたすぐに眠れるわけもない。


「あとで君たちに聞きたいことがあって。つまり、わたしは少し……だいぶ記憶がなくて……」

「はい、存じております」


 タリアは横を向くと「エドナ」と口にした。


 大きな声を出したわけでもないのに、すぐに奥の部屋から呼ばれた当人が現れた。


 タリアが何かを指す仕草をすると、エドナは来る途中で椅子を二つ持ち上げ運んできた。それから確認するようにこちらを見た。

 何を求められているのかわからないが、とりあえずうなずいてみる。


 ベッドのそばに椅子が並べられ、ふたりは腰を降ろし背筋を伸ばして手を膝の上でそろえた。勘違いされたのは確かだった。




「いや、そんなにかしこまらなくてもいい……」


 そう言ってもふたりが格好を崩すわけがないか。タリアもエドナも仕事はできるかもしれないけれど、妙に気合いが入りすぎている。こういうのは苦手かも。


「ふたりはイサベラの側事ということだけど、ほかの仕事があるだろうから、今でなくても構わない……」

「わたしたちはシャーリンさまの側事ですから問題ございません。何なりとお申しつけください」

「わたしの? そんなはずはない。わたしは突然現れた自分でも誰だかわからないやつだよ」


 それとも、イサベラから何か聞いているのだろうか。

 タリアはまじめな顔で続けた。


「実を申しますと、これには少々込み入った事情がございまして……」


 エドナが慌てたようにタリアの袖を引いた。


「タリア、ここでシャーリンさまとおしゃべりをするのは……。また、ペイジに……」


 タリアはエドナの手に自分の手を重ねた。


「あ、そうね……」


 タリアの顔が少し陰った。慌てて口を挟む。


「ねえ、タリア、君の話を全部聞かせてもらえるかなー」

「そうおっしゃるのでしたら、はい、かしこまりました」


 パッと顔を上げて笑顔で言うタリアを横目で見たエドナは、ため息をつくと手を離した。




「わたしたちには少し前まで仕事がなかったのです」

「えっ、どういうこと?」

「あっ、いきなり説明不足でした。つまり、わたしたちは紫側事(しそくじ)なのです」

「紫側事?」


 何のことかまるでわからない。

 きょとんとしていると察したのかすぐに説明が始まった。


「紫側事というのは来たるべき御子の側事となる者のことです。昔は本当に紫のお仕着せだったそうです。つまり、イサベリータ王女に御子が誕生するまでは、単なる控えなのです」

「イサベリータ?」

「イサベラさまのことでございます」

「いま王女と言った? イサベラが?」

「はい、カムランのイサベリータさまは、第四皇女(こうじょ)にしてイリマーンの王女です」

「……それで、君たちは王女の側事」

「紫側事です、シャーリンさま」

「つまり、そのいつ来るかわからない日をひたすら待っているの?」


 信じられない。なんと気の長い話だ。

 ふたりはそろって首を縦に動かしたが、タリアはすぐに続けた。


「長い間、側事というのは名ばかりでしたが、先日、皇妃さまがお越しになり、王女さまから皇妃さまの側事を拝命いたしました。そして、今般は、シャーリンさまの側事をも申しつけられ、今度こそお仕事をさせていただけるものと信じております」




 あれ? わたしに残されている記憶によれば、イリマーン王の連れ合いは数年前に亡くなったのではなかったっけ。新しい伴侶を迎えたのかな。


「それで、その皇妃さまのお仕事はしなくていいの?」


 どういうわけか、ふたりはそろって深いため息をついた。


「皇妃さまはひと月ほど前、ここに滞在されたのですが、わずか四日ほどでした。それに、数日前にいらっしゃった時には、お世話をする間もなく、すぐにまたどこかに行かれてしまって……」


 (うつむ)いたエドナがそっと言う。


「あたしがおそばに居なかったのがいけなかったのです。これでは紫の衣をいただくことなどできないかも」

「そんなことはないわ。皇妃さまはとてもお忙しいのよ。王女さまもさほど気にされていないご様子でしたから」


 話がどんどん()れていくように思う。


「つまり、ふたりは紫の側事だけど、それまでは、えーと、皇妃さまの側事であり、皇妃さまが不在の間はここにいてくれる?」

「はい、そのとおりです。シャーリンさまは王女さまにとって大切な方とうかがっております」


 やはり、イサベラはわたしの素性を知っているのだろうか……。




「君たちはここに住んでるの?」


 変なことを尋ねたらしい。明らかに戸惑いが見えた。


「もちろんです。側事ですから」

「つまり、わたしたちは、イサベラも、同じ建屋で暮らしてる……」

「そうなります。呼び鈴を引いていただければいつでも直ちに参ります」


 反射的に言葉が出る。


「共同生活……」

「え?」

「いや、気にしないで。それで、ここはどこ?」

「カムランの館です。イリマーンの国都ワン・チェトラの北にあります」

「ということは、イリマーンの国王もここにいるの?」


 タリアが顔を曇らせた。


「それが、今どこにいらっしゃるのかわからないらしいのです」

「どういう意味?」


 ずいぶん曖昧な言いようだ。

 タリアはエドナと顔を見合わせ黙ってしまった。話題にしてはいけないことだったらしい。




 少したってタリアはエドナとうなずき合うと再び話し始めた。


「実を申しますと、一昨日ここで襲撃騒ぎがありまして、その際の混乱で連絡が取れなくなりました。このことを王女さまが気にしていないように見受けられ、それがかえって不思議なのです。それに……」


 またエドナの手がためらいがちに伸ばされた。


「タリア……」

「いいのよ、エドナ。わたしたち、今はシャーリンさまの側事です。きちんとお伝えすべきなの」


 そう言うとタリアは声をひそめた。


「王女さまの伴侶になられるはずのカイルさまの手の者が、ディランさまを襲ったという噂が流れていまして、イサベラさまはそれを否定しようとされません。つまり……」


 きな臭い説明を聞きながら、昨日のイサベラの様子を必死に思い出そうとしたが、思わずゴクンとつばを飲み込んだ。


「……自分の連れ合いが父親を排除しようとした。そういうこと?」


 タリアはかすかにうなずいた。

 うーん、記憶がないのがいまいましい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ