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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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28 アッセンに着いてみれば

「シャーリンさま」


 そっと呼ぶ声に目を覚ますと反射的に伸びをした。


「ウィルかい。着いた?」

「はい。もうすぐ接岸します」

「よし」


 立ち上がって、ミアの後ろに行くと、前の窓から外を眺めた。ここの港はさすがに大きかった。ミンには遠く及ばないけれど。

 船は港の奥に向かって進んでいた。

 ミアの隣にモリーと並んで立つカイが指差した。


「あそこに船をつけてください」


 船が静かに接岸するとただちに命じた。


「全員、下船。モリー、車を頼む」


 モリーは走って出ていった。


「船長、お世話になりました。あとでこのお返しをさせていただきます」

「それには及ばないよ。船賃はもらっているから。国子(こくし)さまからね。商人は十分な対価さえもらえればそれで満足」


 カイがシャーリンのほうを向くなり、さっとお辞儀をした。

 シャーリンは驚いてミアを見る。


「え? わたし?」

「リセンで」


 ミアは片目を(つむ)った。

 ああ、モレアスか。いったい彼はミアにいくら渡したんだ? 道理で、彼女が道中ずっと陽気で気さくなはずだ。


「まずは、負傷兵を病院に運ばないと。あとでまたお会いしましょう」


 カイは急いで出ていった。

 少ししてミアがぼそっと口にする。


「あいつはいいやつだ」

「うん」


 シャーリンは大きくうなずいた。



***



 しばらくすると、正軍(せいぐん)の服を着た別の人たちが船に近づいてきた。ミアが出ていきその中のひとりと話すのが見える。すぐに、その男が操舵室の扉をくぐって入ってきた。

 室内を見回し、シャーリンに目を留めると、後ろに続いてきた誰かに振り返ることなく命じた。


「副官を探してこい」


 命じられた男が急いで出ていくと、残った男はそのままの姿勢で、シャーリンに対してお辞儀をすると話しかけた。


「恐れ入りますが、このまま少しお待ちいただけますか。いま責任者を呼びに行かせました」


 シャーリンはそう話す男を黙って見ていた。

 続いて入ってきたミアは、シャーリンのそばに寄ると、男に背を向けたままささやいた。


「どうかした?」

「わたしにもわからない。カイが手配した人たちとは思えないけど……」




 間もなく数人が現れ、船にぞろぞろと乗り込んできた。狭い部屋に大勢が集まったため、ミアがすっと壁際に退くのが見えた。


「シャーリン国子、お探ししていました」

「わたしを?」


 話しかけてきた男に視線を向けた。どこかで見た顔だ。誰だっけ?


「ランセルです。あなたを国都までお連れするように命じられています。すぐに車を準備しますので、駐屯地までいらしていただけますか?」


 カレンとウィルを見ながら付け加えた。


「あ、お連れの方々も一緒にどうぞ」

「シャル、どういうこと? もしかして、ダンが知らせてくれたのかしら?」


 カレンが疑わしげにささやいた。

 シャーリンはランセルに向かって問いかけた。


「ランセル、うちの主事が何者かに誘拐されたんです。軍のらしき車両で。何かご存じですか?」

「あー、そのことなら、心配なさる必要はありません。国子の主事は別の場所にいます」

「無事なんですね?」


 ウィルが口を挟んだ。




 ランセルは、ウィルを見て首をやや傾げると、尋ねるようにシャーリンに目を向けた。

 シャーリンが説明する。


「こちらはダンの子です」

「なるほど。いま彼は第二国子のところにいるはずです」

「え? アリーのとこ?」


 すぐに言い直す。


「でもアリシアはセインに滞在中なのでは?」

「今は、ここからそう遠くないところにいらっしゃいます」

「それでは、アリシアのところに連れていってください」

「申し訳ありません。わたしの受けた命令はシャーリン国子を国都まで安全にお連れせよとのことでして」

「ダンもミンに向かっているということ?」

「国子の主事については、国都に行かれればわかるはずです」

「どういうこと?」

「申し訳ありません。わたしはただ命令どおりに実行するだけなので、詳細は存じません。駐屯地で夜明けまでお休みください。そのあと国都に向かいます」




 突然、ミアが前に進み出ると話しかけた。


「よろしいでしょうか。先ほど、こちらの第四指揮官というお方が、ここで待っているようにと、おっしゃいました。それはどうなったのでしょうか?」


 ランセルはくるっと振り返って答えた。


「こちらの乗客方は、我々が駐屯地までお連れします。あなたは、我々が下船しだい、このまま船を出してもらってけっこうです。ご協力ありがとうございました」


 ランセルが出ていき、ほかの者たちはそのまま待っていた。

 入れ代わりにミアが近づいてきて、小声で話しかけてくる。


「どういうことだい?」

「わたしにもさっぱりよ。でも、ダンが無事らしいのには、ほっとしたわ」


 何か言いたそうにしているカレンと目を合わせると、首をわずかに横に振った。




「ミア、どうもありがとう。乗せてもらって。とても助かったわ」


 ミアは、ちょっとの間、疑わしげにシャーリンを見つめていたが、肩をすくめる。


「いいってことよ。そうすると、あんたたち、国都に向かうんだろ。あたしの目的地と同じだから、向こうでまた会えるかもね」


 ミアは小声で話すと、ウインクをした。


「うん、そうだね」

「ミア、この服を……」


 カレンが話しかけたが、ミアは遮るように早口で言った。


「いいから、それを着ていきな。ちょっと大きすぎるのは勘弁してもらうしかないけど」


 シャーリンはミアに向かってうなずくと、入り口で待っていた男に続いて扉をくぐる。

 後ろで、カレンとウィルがミアに別れの挨拶をするのが聞こえた。



***



 シャーリンは、カレンとウィルに挟まれて、軍の車に乗って運ばれていた。

 とりあえず、ダンが無事らしいことが判明してよかった。ちらっとウィルの様子を見ると、父親の消息がわかってとても落ち着いているようだ。


 軍が救出したのかな? それにしちゃ、すばやすぎる。もしかして盗難車を探していた?

 その可能性はあるわね。それとも……。


 ここまで考えて遅まきながら気がついた。あの臨検はわたしたちを探すためだったってこと?

 まったく、まだ脳が目覚めていない。

 ダンが捜すように言ってくれたのかな? それにしちゃ、ダンのところにまっすぐ向かわないのは変だ。


 しばらくがたごと揺られ、何度かゲートを通り抜けたあと車が止まり、そこで全員が下車した。そこは駐屯地の中のどこからしい。

 目の前に大きな二階建ての建物がある。その中に入ると、小さな部屋に案内された。ベッドがいくつかと簡素な洗面台。


 いろいろ考えなければいけないことがあった。

 しかし、並んだベッドを見たとたんに、シャーリンはすぐさま一番近いベッドにドサッと倒れこむ。

 そのまま、何も考える暇もなくあっという間に眠りについた。


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