28 アッセンに着いてみれば
「シャーリンさま」
そっと呼ぶ声に目を覚ますと反射的に伸びをした。
「ウィルかい。着いた?」
「はい。もうすぐ接岸します」
「よし」
立ち上がって、ミアの後ろに行くと、前の窓から外を眺めた。ここの港はさすがに大きかった。ミンには遠く及ばないけれど。
船は港の奥に向かって進んでいた。
ミアの隣にモリーと並んで立つカイが指差した。
「あそこに船をつけてください」
船が静かに接岸するとただちに命じた。
「全員、下船。モリー、車を頼む」
モリーは走って出ていった。
「船長、お世話になりました。あとでこのお返しをさせていただきます」
「それには及ばないよ。船賃はもらっているから。国子さまからね。商人は十分な対価さえもらえればそれで満足」
カイがシャーリンのほうを向くなり、さっとお辞儀をした。
シャーリンは驚いてミアを見る。
「え? わたし?」
「リセンで」
ミアは片目を瞑った。
ああ、モレアスか。いったい彼はミアにいくら渡したんだ? 道理で、彼女が道中ずっと陽気で気さくなはずだ。
「まずは、負傷兵を病院に運ばないと。あとでまたお会いしましょう」
カイは急いで出ていった。
少ししてミアがぼそっと口にする。
「あいつはいいやつだ」
「うん」
シャーリンは大きくうなずいた。
***
しばらくすると、正軍の服を着た別の人たちが船に近づいてきた。ミアが出ていきその中のひとりと話すのが見える。すぐに、その男が操舵室の扉をくぐって入ってきた。
室内を見回し、シャーリンに目を留めると、後ろに続いてきた誰かに振り返ることなく命じた。
「副官を探してこい」
命じられた男が急いで出ていくと、残った男はそのままの姿勢で、シャーリンに対してお辞儀をすると話しかけた。
「恐れ入りますが、このまま少しお待ちいただけますか。いま責任者を呼びに行かせました」
シャーリンはそう話す男を黙って見ていた。
続いて入ってきたミアは、シャーリンのそばに寄ると、男に背を向けたままささやいた。
「どうかした?」
「わたしにもわからない。カイが手配した人たちとは思えないけど……」
間もなく数人が現れ、船にぞろぞろと乗り込んできた。狭い部屋に大勢が集まったため、ミアがすっと壁際に退くのが見えた。
「シャーリン国子、お探ししていました」
「わたしを?」
話しかけてきた男に視線を向けた。どこかで見た顔だ。誰だっけ?
「ランセルです。あなたを国都までお連れするように命じられています。すぐに車を準備しますので、駐屯地までいらしていただけますか?」
カレンとウィルを見ながら付け加えた。
「あ、お連れの方々も一緒にどうぞ」
「シャル、どういうこと? もしかして、ダンが知らせてくれたのかしら?」
カレンが疑わしげにささやいた。
シャーリンはランセルに向かって問いかけた。
「ランセル、うちの主事が何者かに誘拐されたんです。軍のらしき車両で。何かご存じですか?」
「あー、そのことなら、心配なさる必要はありません。国子の主事は別の場所にいます」
「無事なんですね?」
ウィルが口を挟んだ。
ランセルは、ウィルを見て首をやや傾げると、尋ねるようにシャーリンに目を向けた。
シャーリンが説明する。
「こちらはダンの子です」
「なるほど。いま彼は第二国子のところにいるはずです」
「え? アリーのとこ?」
すぐに言い直す。
「でもアリシアはセインに滞在中なのでは?」
「今は、ここからそう遠くないところにいらっしゃいます」
「それでは、アリシアのところに連れていってください」
「申し訳ありません。わたしの受けた命令はシャーリン国子を国都まで安全にお連れせよとのことでして」
「ダンもミンに向かっているということ?」
「国子の主事については、国都に行かれればわかるはずです」
「どういうこと?」
「申し訳ありません。わたしはただ命令どおりに実行するだけなので、詳細は存じません。駐屯地で夜明けまでお休みください。そのあと国都に向かいます」
突然、ミアが前に進み出ると話しかけた。
「よろしいでしょうか。先ほど、こちらの第四指揮官というお方が、ここで待っているようにと、おっしゃいました。それはどうなったのでしょうか?」
ランセルはくるっと振り返って答えた。
「こちらの乗客方は、我々が駐屯地までお連れします。あなたは、我々が下船しだい、このまま船を出してもらってけっこうです。ご協力ありがとうございました」
ランセルが出ていき、ほかの者たちはそのまま待っていた。
入れ代わりにミアが近づいてきて、小声で話しかけてくる。
「どういうことだい?」
「わたしにもさっぱりよ。でも、ダンが無事らしいのには、ほっとしたわ」
何か言いたそうにしているカレンと目を合わせると、首をわずかに横に振った。
「ミア、どうもありがとう。乗せてもらって。とても助かったわ」
ミアは、ちょっとの間、疑わしげにシャーリンを見つめていたが、肩をすくめる。
「いいってことよ。そうすると、あんたたち、国都に向かうんだろ。あたしの目的地と同じだから、向こうでまた会えるかもね」
ミアは小声で話すと、ウインクをした。
「うん、そうだね」
「ミア、この服を……」
カレンが話しかけたが、ミアは遮るように早口で言った。
「いいから、それを着ていきな。ちょっと大きすぎるのは勘弁してもらうしかないけど」
シャーリンはミアに向かってうなずくと、入り口で待っていた男に続いて扉をくぐる。
後ろで、カレンとウィルがミアに別れの挨拶をするのが聞こえた。
***
シャーリンは、カレンとウィルに挟まれて、軍の車に乗って運ばれていた。
とりあえず、ダンが無事らしいことが判明してよかった。ちらっとウィルの様子を見ると、父親の消息がわかってとても落ち着いているようだ。
軍が救出したのかな? それにしちゃ、すばやすぎる。もしかして盗難車を探していた?
その可能性はあるわね。それとも……。
ここまで考えて遅まきながら気がついた。あの臨検はわたしたちを探すためだったってこと?
まったく、まだ脳が目覚めていない。
ダンが捜すように言ってくれたのかな? それにしちゃ、ダンのところにまっすぐ向かわないのは変だ。
しばらくがたごと揺られ、何度かゲートを通り抜けたあと車が止まり、そこで全員が下車した。そこは駐屯地の中のどこからしい。
目の前に大きな二階建ての建物がある。その中に入ると、小さな部屋に案内された。ベッドがいくつかと簡素な洗面台。
いろいろ考えなければいけないことがあった。
しかし、並んだベッドを見たとたんに、シャーリンはすぐさま一番近いベッドにドサッと倒れこむ。
そのまま、何も考える暇もなくあっという間に眠りについた。




