表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

279/358

268 難しい医術

 カレンは、ベッドの足元に座ったまま、ふたりの医術者の作業を見つめていた。ジェイとネリアの息のあった治療はすばやくて確実だった。

 無数の熱傷に順番に処置を施す。一か所にさほど時間をかけずに次々と場所を変えているようだった。何度も繰り返す必要があるからなのか……。


 本物の医術を目の当たりにするのはこれが初めて。食い入るように見つめる。

 とにかくすごかった。わたしは何も知らない初心者だけれど、ペトラにしても彼らの足元にも及ばないわ。


 ジェンナは、ジェイとネリアの指示に従って、医術による仮処置が終わった部分に何かの薬剤をしみ込ませた布を丁寧に貼り付けていた。


 扉の開く音がして振り向けば、マリアンが大きなワゴンを運び込んでいるところだった。その上には軽食と水などの飲み物が置かれている。

 ワゴンを部屋の隅にあるテーブルの隣に並べると、マリアンはカレンのそばに来て座った。カレンと同じように、ふたりの医術者、それにジェンナが作業する様子をじっと見る。


 誰かが肩に手を置いているのを感じ見上げる。メイジーがソファを指さした。


 突然、空腹であることに気づき、昨日から何も食べていないのを思い出す。

 メイジーに引っ張られるように歩きテーブルの前に座る。

 彼女がお皿にのせられたパンと付け合わせを目の前に並べた。


「まだまだ夜は長いから……」




 おなかが満たされたところで、突然、メイジーが聞いてきた。


「カレンは、あの子の母親なの?」

「はい?」


 見ればメイジーの顔はいたってまじめで、冗談で言ったのではないらしい。


「エムはカレンのことをお母さんと呼んでいた。うわごとで、何度も」

「もちろん違うわ。でも……今ではどういうわけか、彼女が自分の……」

「……娘のように思える?」


 ゆっくりとうなずく。


「不思議よね。そんなはずは絶対にないのに……」


 ちょっと考え込んだメイジーは言った。


「もしエムがカレンの娘なら、あたしは彼女の妹だと思っているから、つまりあたしもカレンの娘ということになる」

「なによ、それ?」

「ああ、待てよ。そうするとチャックがカレンの連れ合いになってしまうか」


 頭を抱えて続けた。


「さすがにそれはまずいなー。どうしよう……」


 ひとりで何を悩んでいるのよ……。




「イジーのお母さんはグウェンタの当主だったの?」

「うん、当主なんだけど、あまりグウェンタにはいなかった。家のことはお母さんの弟にほとんど任せきりで、あたしが少し大きくなってからは一緒に旅して、あちこちに連れていかれた。お父さんは小さいころに死んじゃってよく覚えてないの。ずーっとひとりだったのに、チャックと一緒になったときにはびっくりした」


 メイジーはそっと笑った。


「でもね、あいつはいいやつだよ」

「うん、そうね。わたしもそう思う。……それで、レイナさんは?」

「お母さんはあまりチャックと一緒にはいられなかった。お母さんが死んで、あたしが当主になったのだけど、チャックに連れられて旅に出ている間に、叔父が……。まあ、これも運命というやつかもしれない」

「当主の座を取り戻すことはできないの?」

「うーん、あたしは、別にどうでもいいよ。今の暮らしに満足している。おかげでカレンやエムに出会えたしね」

「わたしもあなたたちに会えたのが、信じられないくらい幸運だった」




「ねえ、カレン、本当のところ、あなたには何人の子どもがいるの?」

「えっ? 突然何を言い出すの?」

「うん、あたしに話すようなことでないのはわかっている。あたしがいつも無神経に人にものを尋ねる悪い癖を持っているのも自覚している。でも、もし……」

「あまり、というか全然覚えていないの。あなたには言っていなかったわね。わたしが記憶喪失だということを。だから……」

「無理に言わなくてもいいよ」

「別にあなたに隠すようなことは何もないから。わたしには……三人の娘がいるの。イリスのペトラ、ロイスのシャーリン、それに、カムランのイサベラ……」


 あとは母親を失ったふたり……。


「でもね、ついこの前まで、自分に子どもがいるなんて想像もしていなかったのよ。おかしいでしょ? 特に、シャーリンとは一年も一緒に暮らしていたのに何も知らなかった……」

「そりゃ、カレンは若いままだから、誰もおとなになった子どもがいるなどと考えるわけがない」




「それから、双子の姉ケイトの娘、つまり姪がふたり、カダルのミアとロメルのメイ。姉の連れ合いはステファンというの。そういえば五人とも地氏が違うわね……」

「ああ、ウルブ1の……。確か、お母さんと一緒にロメルのお屋敷を訪ねたことがあるけど、あんまり覚えてないな」

「ほかにも、わたしが頼りにしている人たちは大勢いるの。その全員を忘れないようにしたい。もちろん、あなたもよ、イジー。わたしはあなたのことが大好きだから」

「それ、本当? ちょっと照れちゃうな。でも、うれしい。なら、やっぱり、カレンの娘になりたい」


 そう言うメイジーの、闇を映し出すきれいな目を見つめれば、彼女が本気であることが見て取れた。思わずため息が漏れる。


 つい、ディランの語った言葉を考えてしまう。もう少し自重しなければ。軽々しく相手のことを好きだと口にしてはいけない。


「ねえ、イジー、あなたはどちらかというと、エメラインの妹になりたいんでしょう?」

「うん」

「それなら、姉妹結びをすればいいのではないかしら」

「ああ、そうか。それはいい考えだ」

「でもね、イジー。姉妹結びはある意味、本当の姉妹よりも強いつながりを持つことになるの。だから、その結果には責任と義務が発生するのよ。よく考えてね」

「うん、わかった。ありがとう……お母さん」

「だから、違うでしょ」



***



 ふと目を覚ますと窓の外が明るくなっていた。いつの間にかソファで寝てしまったらしい。体に毛布がかけられていることに気づく。

 起き上がってみれば、ジェイとネリアはエメラインの両側に置かれた椅子に座り足元で医術を施していた。ジェンナはエメラインの腕を持ち上げて昨日と同じような作業をしている。


 立ち上がって静かに近寄り皆のやることをしばらく眺めていた。心なしか顔色が多少よくなっているように見える。

 突然ネリアが目を上げた。


「このまま、しばらく目は覚まさないわ。もう少しで一回目の処置は終わるけど、これからも何回か術が必要よ。こんなになってしまうと、医術によっても組織がきれいに再生するまでは時間が必要なの。話ができるくらいに回復するまでも数日かかると思う」

「わかりました。本当にありがとうございます」

「チャックにもそう言っておいてくれる? 彼はたぶん廊下にいるはずだから……。それからね……」


 ネリアは顔を回し、いつの間にか隣に立っていたメイジーを見た。


「ふたりとも、湯浴みをしてらっしゃいな」

「はい、そうします」


 メイジーに手を引っ張られ扉に向かう。




 部屋から出ると廊下の椅子に座っているチャックを発見した。物音に気づいたのかビクッとして顔を上げた。

 メイジーがネリアの言葉を伝えると、チャックは一度大きく深呼吸した。うなずいたあとこちらを見た。


「カレン、湯浴みをして着替えたほうがいい」

「はい、ネリアにも言われました。それでは、浴室をお借りしますが、イジーに……」

「カレンさま」


 突然の声に振り向くとマリアンが立っていた。


「おはようございます。ソファではあまり眠れなかったのではないですか?」

「いいえ、大丈夫よ。いつの間にか寝てしまったみたい」


 メイジーがマリアンに言った。


「マリン、カレンの湯浴みをお願いできる? あたしはちょっと確認したいことがあるからあとにする」

「はい、おまかせください」

「ああ、マリン、ひとりで大丈夫よ」

「あねさまに念を押されていますので。傷をよく洗ってからこの薬を塗るようにと」


 マリアンは小さな瓶を取り出した。

 えっ? いつの間に……。サイズの合っていない服を見下ろす。寝ている間に調べられたのかしら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ