267 託されたもの
カレンはディランの顔をただ見つめていた。
「グレースはケイトにもう一度会いたいと繰り返し言っていた。……ここにグレースから預かったものがある」
ディランは左手の小指から指輪をひとつ外した。
「預かった?」
「そうだ」
ディランはカレンの手を引き寄せ指輪を握らせた。
「これを渡してほしいと頼まれた」
手を開いて見た指輪には濃い緑色の石がはまっていた。手に取り眺めているとパッと明るくなった深い黄緑に引き込まれそうになる。
ディランの目に光が点ったかのようにしっかりとしてきた。
「ああ、ああ、そういうことだったのか……」
「えっ、何がですか?」
「話したかどうか忘れたが、グレースはレムルの者だ。わしはウルブ3で彼女に出会い一目惚れして自国に連れ帰った……」
また、ディランはゼイゼイと息を漏らした。
「グレースの故国メリデマールはもうない。彼女はあの時に生き残った幼姫なのだよ。それにも関わらず、わしの求めに応じてここイリマーンに来てくれた。だから、わしの連れ合いになってくれたとしても、今なおレムルの姫である事実に変わりはない。第一、グレースと一緒になったときは、イリマーンの王になることなど思いもよらなかったのだから」
つまり、わたしとグレースはたぶん……従姉妹。そして、これはメリデマールの、レムルの符環に違いない……。
そう思ったあとで指輪を見つめていると、その石の色がさらに鮮やかになったような気がした。
「でも、これはグレースのもので……」
手のひらに指輪を戻しディランに突き返した。
彼はゆっくりと首を横に振った。
「グレースにはわかっていたのかもしれない……」
ディランはつぶやきながら、カレンの右手を取り指輪をつまんだ。それから手を裏返すと指輪を真ん中の指に入れた。
「グレースはこの指に付けていた」
ディランは両手でカレンの手をつかんだまましばし見つめた。すぐに並んだ符環がそろって煌めいた。赤みがかった紫と深い緑色の光を放つ。
「そなたは……まったくすごい人だな」
ふと、顔を上げるとメイジーと目が合ってしまった。彼女が微笑を浮かべてゆっくりとうなずくのを見て、慌てて手を引っ込める。
「これで、グレースにもよき知らせを届けることができる……」
しばらく、両目を閉じて気を落ち着ける。
こんなことではいけない。もっと……自重しないと。次々と大勢の人たちを巻き込んでしまう。
「日が落ちたらアレンが空艇で迎えに来る。皆をどこへでも連れていってくれるはずだ」
そう言って目を閉じたディランは眠ってしまったかのように見える。
エメラインの様子を見に行く。手を取ればものすごく熱い。全身を冷やすべきだろうか。しかし、あれからもうすぐ一昼夜になる。何をするにも遅すぎる。
もう一度、彼女の生成を借りて、医術を試みる。
何度もやっているうちに、この力が彼女から引き出しているものなのか、自分の中から出ている作用なのかわからなくなってくる。あるいは、両方入り交じっているのかもしれない。ペトラのときと同じように。
これが少しでも役に立ってくれればいいのだけれど。
もう一方の手も取り、力髄に力を注ぐ。そうだ、この貧弱な力、ヒライシャ……。
もう少し辛抱してね。夜になれば医術者に診てもらえる。辛いけれどそれまで頑張ってちょうだい。
時折、エメラインの目が薄らと開き何か言いたそうに口を動かす。そのあと、再び気を失ったかのように動かなくなる。まるで生死の境をさまよっているかのようだ。
窓を見上げるがまだ明るい。冬だというのに日が落ちるのがじれったいほど遅い。
***
空艇が降下する前から見えていた。
チャックとジェンナ、それにマリアンが内庭に立って見上げているのを。
着陸するなり、メイジーが飛び出していった。
「チャック! ジェイとネリアを呼んで! 今すぐよ」
「ど、どうした?」
担架に乗せられたエメラインを見たとたんに凍り付く。
「エムなのか?」
「重体なの」
それを聞くなりチャックは建物に向かって走った。
ジェンナとマリアンが駆け寄り担架を受け取る。
カレンとメイジーはいったん船内に戻ると、ディランとアレンに別れの挨拶をした。
「ありがとうございました」
「お礼を申し上げなければならないのはこちらです」
アレンが言い、さっと跪いた。
「これまでのこと、すべてはただ感謝あるのみです。何のご恩返しもできないのが心残りです」
「いいえ、アレン、あなたはあなたのご友人のために十分にお役目を果たされたと思います」
「また、お会いできることを願っています」
「はい、こちらこそ。また、いつか」
静かにこちらを見ているディランに顔を向ける。
「さようなら、ディラン」
「ああ、カレン。わたしに実り多き第二の人生を与えてくれたことを心から感謝する」
***
エメラインが部屋に運び込まれベッドにそっと寝かされた。その顔は苦痛に凍り付いたまま。
ジェンナは服をわずかに持ち上げ胸元から中を覗くと顔をしかめた。それから、服からはみ出た足と腕を順に確認する。その間、唇をぎゅっと結んだまま一言も発しなかった。
部屋に入ってきたチャックが出した声は震えていた。
「医術者を呼んだ。すぐに来てくれる。それで、エムの具合は……」
ジェンナが暗い顔で首を横に振った。
「重体です。こんな状態でよく頑張っていると思います。これを治すには腕のいい医術者と医師が必要です」
「おれの知る限り、ジェイとネリアは最高の医術者だ。何とかしてくれるはずだ……」
しばらくすると、部屋の外が騒がしくなった。
すぐに、ふたりの作用者が大きな箱を押しながら入ってきた。荷物を入り口に置いたままベッドに近寄ると、ジェンナがしたようにエメラインの様子を確認する。
「ジェイ、機材の組み立てをお願い」
荷ほどきが始まると中から医療用の機械が現れた。どうやらチャックは事態の深刻さをたちどころに理解し的確に伝えたらしい。
ジェンナがふたりに近づいて言った。
「あたしにも手伝わせてください。心得はあります」
ジェイはすばやくうなずいた。
「助かるよ。じゃあ、そっちの装置の据え付けを頼む」
ジェイとジェンナが手分けして機材をベッドの周りに組み立て始めた。
それを見ながらチャックが心配そうな声を出した。
「なあ、ネリア、どうなんだ、エムの具合は?」
「この状態で生きているのは奇跡よ。きっと命をつなぐ力を授かり……」
そこで首を振って続けた。
「でも何とかするからわたしたちにまかせて。時間がかかるから、あなたは外で休んでいなさい。ここにいても邪魔なだけだから……」
「そ、そうだな。頼むよ。エムはおれの大事な……娘同然の子だから」
「わかっているわ。心配しないで」
ネリアはエメラインの服を触って確かめたあと、丁寧に切り開いた。全身に広がる無数の熱傷と白っぽく変色した醜いただれが灯りの中に浮かび上がる。
診断機を取り出し胸にあてがったネリーは慎重に表示を確認していた。
「点滴の準備を急いで、ジェイ。まず、体液の補給をしながら鎮痛剤を投与するわ。特に警告値は出ていないから標準でいけるわね」
点滴管がつながれたあとも、いろいろなものがエメラインの手足に接続された。
「ネリア、今夜は長くなりそうだな」
「そうね」
それを耳にしたらしいメイジーがマリアンと言葉を交わし、すぐにマリアンが部屋を出ていくのが見えた。
ネリアがこちらに目を向けた。
「あなたたちも酷い状態よ。ここはわたしたちにまかせて。休んだほうがいいわ」
カレンは首を横に振った。
「エムはあたしの友だち、家族のようなものなの。絶対に……」
「わかっているわ、イジー」
鎮痛剤が効いたのか、エメラインがたまに見せる穏やかな顔つきをしているのに気づく。
「とてもかわいらしい子ね。この子は必ず元どおりにするわ。約束する」
「よろしくお願いします」
カレンとメイジーはそろって頭を下げた。




