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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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265 失敗と後悔

 パメラの頑張りのおかげで、ディランの子は無事グレースのもとに移された。

 彼女はまだ眠っている。あとはアレンにまかせておけば大丈夫。

 ディランと少し話し別れを告げる。


 託した子はいずれ双子となる。そうなった場合に、グレースに両方を養う力はない。

 この大事なことを彼女に話すことはとてもできなかった。そもそも双子にはならないかもしれない。それを祈るしかなかった。

 わたしの判断は間違っていたかもしれない……。




 アレンはふたりを車まで運ぶと戻ってきた。


「ケイトさま、パメラさま、本当にありがとうございました。わが友、ディランとグレースに代わり深くお礼申し上げます」


 そう言ったあと突然さっと(ひざまず)いた。


「何をなさるのです?」

「あなたは……」


 パッと手を上げて続きを制する。

 目の前の人がケタリシャであると悟る。一瞬、権威ある者かとも思った。いや、国外に出ることはない。ならば候補者か……。


「それ以上おっしゃいませんように……いいですね?」

「……はい。深い事情がおありでしたら、あなたのことはこの胸の内に秘めておきます」

「ぜひにもお願いします」

「それでも、ぶしつけなお願いをさせてください。イリマーンにいらしてはいただけないでしょうか。そうすれば、あなたも、あの……」

「あの方にもそう言われましたが断りました。アレン、あの子はすでに、カムランのディランとグレースの娘子なのです。おわかりですね?」

「……はい。出すぎたことを申し上げました」

「あのふたりと子がまた難事に遭遇しないようによく注意してあげてください。それが、わたしからの唯一のお願いです。あの子は彼の摂取した毒の影響を受けたかもしれません。そのこともどうかあなたの記憶に留め置きください」

「心得ました。……また、いつかお会いできることを願っております」

「それは、かなり難しいかもしれません。ここで起きたこと、お会いしたことは忘れてください。さあ、早くお行きなさい」



***



「ふうー、疲れたわ」


 きちんとした振る舞いを求められるのはとても緊張する。こんな酷い格好ならなおさら。

 パメラが隣に膝をついて手を伸ばしてきた。


「お姉さま、大丈夫ですか」


 手をおなかに当てて(のぞ)き込む姿はいつものように真剣だけれど、その眼差しはとても優しい。

 上げた顔にフッと笑みが浮かぶ。その緑色の瞳は澄んだ湖のごとく心の奥底を(あら)わにした。


「やっと、笑ったわね、パム。……あのね、パムと違って、わたしはこういうの苦手だから」

「そうでもないですよ。とてもすてきでした」

「こんな状態で?」


 破れてしわくちゃで薄汚れた服を見下ろす。


「ええ、当然です。わたしのお姉さまですから。でも、これで一安心ですね」

「まあね」

「じゃあ、すぐにトーマスさまのところに……」

「待って、パム。実をいうともう時間がないの」


 パメラの新緑の目がまた陰った。


「あなたにしかお願いできないことがあるの」

「何でもします、お姉さま」

「きっとあなたに(つら)い思いをさせることになる」

「言ってください。あの紫黒の海で、お姉さまはわたしを救ってくれました。あれからずっと考えていました。わたしに何ができるかと。今度はお姉さまの助けにならせてください」


 こくりとうなずく。


「この子をお願いできるかしら」

「えっ? どういうことですか」

「トーマスが来てくれてもこれを排除するには時間がかかる。その間にこの子たちは毒に侵されてしまう。だから、危険が切迫しているこの子をあなたに委ねたいの。勝手なお願いでごめんなさい」

「わかりました、お姉さま」


 そう言ったところで大事なことに気づいたようだった。

 パメラは口を押さえてあえいだ。


「でも、わたし、まだ……」


 カレンはうなずいた。


「知っているわ。あなたとは姉妹結びをしているから、あなたがこの子を自分の子として受け入れてくれることはわかっている。でも、まだ準備ができていない」

「どうすれば、お姉さまのお役に立てますか」

「この子を眠らせた状態でパムに預けたいの。それなら大丈夫。あなたの準備ができたころ目覚めたこの子を育ててほしいの」

「えっ、どういう意味ですか? それって、まるでお別れみたいな言い方だわ」

「ごめんなさい。この体内のものはどうやっても取り除けない。パムもやってみてくれたでしょう。トーマスにもできないかもしれない。とにかく時間が必要なの。いざとなったら時縮を使って時を稼ぐしかない」




「でもどうすれば……」

「これは医術では無理なのかもしれない。だけど、トーマスなら何か方法を見つけてくれるはず。それまでわたしは頑張って待つしかない。そうしないと、自分だけではなくもうひとりも失ってしまう」

「ああ、それならわたしがふたりとも引き受けて……」

「だめよ。あなたにケタリの子をふたり養う力はないわ。ケタリでないとふたりは無理なの」


 パメラの両手を握って続ける。


「だから、この子はパムにお願いして、トーマスが何とかしてくれるまで、妹はわたしが頑張って守るわ。ひとりなら全力を出せる、たぶんね」

「わかりました」

「ごめんなさい。あなたにこんな大変な責任を押しつけて。わたしは親として失格だわ。授かったばかりの子どもたちを誰ひとり守れない」

「いいえ、そんなことありません。わたしたちがお姉さまもお姉さまの子もお護りします」



***



 同じような手順がもう一回実行された。

 パメラの慎重な手さばきを見ながら考える。いったいわたしは何をやっているのだろう。こんなことが許されるのかしら。しかも、みんなに協力してもらって……。

 きっといつかこの報いを受ける日がやってくる……。


 途中で入れ代わりパメラの指示に従って残りの作業を行う。無事終了すると、少し休んでからパメラは起き上がった。


「それでは、急いでトーマスさまをお呼びしてきます」

「お願いね。気をつけるのよ」

「はい、大丈夫です。すぐに戻ってきますので、どうか頑張ってください」




 さてと、あとはトーマスの到着を待つだけ。

 突然おなかに痛みを感じた。()れば異物が反対方向に広がっていた。もうひとりのほうに迫っていることに気づく。

 片方がいなくなったとたんにこちらに向かってきたように見える。これは意志を持って動いている。

 まったく気がつかなかった。完全に失敗だわ。どうしよう。


 今一度何かできないかと力を注いでみた。まるで効果がない。

 わたしは医術は使えても、それほど極めたわけではないし、もちろん医師でもないからこういった方面の知識を持っていない。

 そもそも自分で自分を何とかするのはできない相談だ。


 どうすればいいだろう? パメラが戻ってくるまではまだ時間がかかる。

 それに、トーマスが来たとしてここで何ができるだろう。たぶん、彼の医務所に行ってからになる。


 もう一度おなかの中を視る。とても間に合うとは思えなかった。

 それだけは確信が持てた。


 ああ、きっとこれはわたしの行為に対する罰。彼女の願いを(かな)えるなど、ただの思い上がりだった。

 助けようと善人ぶっても、それはただの自己満足。ほかの人たちの温情にただ甘え、すべてを託してしまった。


 肝心なときに我が子を守れなくて、どうして母になれよう。

 絶対に助けなければならない、最後のこの命だけは自分の手で。どんなことをしてでも。


 残された唯一の方法は、当初考えたように、わたし自身が眠りにつくことだ。この子はまだ自由だ。完全に根を下ろしているわけではない。

 ジャセシグをかければ毒の動きも含めて全体の時間の進みが遅くなる。


 その際、この子を切り離して影響を受けないようにはできるはず。それなら時間が生まれる。トーマスが考える余裕と何かしてもらえる猶予が……。

 もしくは、時がたてば影響がなくなることもあり得る。あるいは彼女が……。




 思わず大きな笑いが漏れ部屋に反響すると、自分でもびっくりした。

 すべてが悪いほうに転がっているが、今さら後悔しても遅い。今できることをするしか道は残されていない。


 どっちみち、来年には時縮を使って時を越え、わたしの、そして姉の娘たちと未来で再会する予定だったのだし。それが、たった一年早まっただけだわ。

 もう一度よく考える、それ以外に方法がないかと。……やはり思いつかない。


 カレンは毛布を入り口から見えない物陰に敷いた。その上に横になる。両手をおなかに乗せる。絶対にこの子は守らなければ。

 知らず目頭が熱くなる。

 ごめんなさい、パム。やはりお別れになってしまったかもしれない。わたしは大嘘つきだわ。


 許して、ラン。姉さんと交わした誓いを守れなくて。

 アリシアのおとなびた顔がまぶたに浮かんできた。彼女の願いで託した(たね)のことを考える。あの約束も守ることはできそうにない。彼女の重荷になってしまうかもしれない。


 ごめんなさい、お母さん、お父さん。それに、ああ、フランク、あなたともっと一緒にいたかった……。


 涙が頬を伝うのを感じる。

 自分に残された最後の力を一気に放出した。


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