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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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264 今できること

 遅すぎた。ふたりの作用者がこの建物に近づくのを感じる。すぐそばだ。動く速さからして車に乗ってきたに違いない。

 知らない人たち。目の前の人の敵なのか味方なのか……。


 すばやく起き上がり、何か使えるものはないかと見回す。遮へいの外に出るわけにはいかない。

 パメラが不安そうにこちらを見る。


 その時、男の体が動いた。すばやく近寄り顔を(のぞ)き込む。パッと目が開き続いて口が動いた。

 開いた口にさっと手を押し当てて静かに言う。


「よく聞いて。あなたは誰かに毒を盛られ殺されかけた。覚えている?」


 こちらをじっと見る様子は、聞こえていないのかと思わせるほど反応がなかったが、やがて小さくうなずいた。

 話が伝わっているし理解できていることにホッとする。


「ふたりの作用者が近くにいるの。遮へいと生成を持つ人、もうひとりは対抗と感知。知っている人?」


 男は頭を振りながらしばらく目を閉じていた。喉がヒクヒクするのが見えた。


「パム、水」


 頭を支えて手渡されたコップを男の口に当てる。大部分はこぼれてしまったが、喉がかすかに動くのが見えた。もう一度コップを近づけたが、手が弱々しく振られた。




「……グレースとアレンかも……。おれを探しているはず……」

「ええと……」

「ディラン」

「ディラン、わたしは……ケイトよ」


 いつものように名乗る。ディランは顔を動かしてパメラを見てから目を閉じた。


「すまない。おれは君たちに……」

「もしかして覚えているの?」


 ディランはうなずいた。その顔が苦痛にゆがむ。


「どうして、おれを助けた? おれは死ぬべきだった……」

「どうしてですって? 毒のせいで誤った人をただ見殺しにしろと言うの?」


 怒りが立ち上ってくる。

 なぜ自分の命をそう簡単に考えるのかしら。




 外のふたりは建物のすぐそばで動かずにいた。車は降りたに違いない。つまり、ここにディランがいるのが知られている。やがて建物に入ってきた。

 横たわる男をちらっと見る。ひょっとすると、どちらかはこの人と……。

 ふたりが部屋の入り口にたどり着いた。まず扉だけが開いたが、誰も入ってこない。


 パメラの耳に口を近づける。


「遮へいはもういいわ」


 これでこちらの意図は伝わるはず。

 しばらくして、ようやく男の人が扉のところに現れた。まっすぐこちらに歩いてくる。


 座ったままで男を待つ。最後は走るように近寄ってきた。

 目の前に立った男はまずディランを見下ろした。それから、こちらを、そして、パメラに目を向けた。ディランの前にしゃがむと初めて口を開いた。


「ディラン……探しましたよ……」

「すまん、アレン。この方たちに助けられた。おれは……」

「待て、ディラン」


 その男は立ち上がると扉のほうを向いて手を上げた。

 すぐに女性が現れ転がるように走ってくる。




 パメラにささやく。


朝食(あさしょく)がまだだったわ。向こうで食べましょ」


 うなずいたパメラは残っていた水とパンを持って立ち上がった。

 少し離れたところに座ると、無言で食事を摂った。


 おなかに手を当てる。まだ大丈夫。しかしあまり時間がない。この三番目の命は少しの間あれと一緒だった。影響を受けたかもしれない。

 どっちにしても、全員を育てることは不可能だ。どうしたらいいだろう?


「お姉さま、あの人たちは……」

「見たところ、ディランの連れ合いと友人といったところかしら」

「あの人が……」




 残った食べ物がすべておなかの中に消えた時、女性がこちらにやってきた。


「グレースと申します、ケイトさん。ディランの連れ合いです」


 丁寧な挨拶を受ける。

 対するふたりも同じ挨拶を行う。


「本当に申し訳ありませんでした。ディランのしでかしたことは、人としてとても許されるものではありません。おふたりには何とお()びしたらいいのかわかりません」

「あの方に毒を盛った人がいるかもしれません」

「毒……どうやって……」


 振り返ってアレンと話すディランに目を向けたグレースからつぶやきが漏れた。


「どうしてディランに? そんなことをしても意味ないのに……」


 少し間があったあと息を()むような仕草が見えた。向き直った顔から血の気が失せている。


「注意は怠らないようにしていたのですが、敵のほうが上手でした……」


 敵……。この人たちは……。




「わたくしたちはイリマーンのカムランのものです。所用があってこちらに滞在していたのですが、このようなことになってしまって、本当に……」


 イリマーンの主家。国王に近い人たちかもしれない。あの国の事情を考えれば敵が多いのは当然かもしれない。


「少なくともあなたに責任はありません。あの人に取り付いた毒のかなりを除去したつもりですが、すぐに医術者に診てもらったほうがよろしいかと思います」

「はい。……わたくしにはとてもあなた方のような勇気はありません。暴行を加えた相手の命を助けるなど到底考えられません」

「あなたはとても正直な方です。わたしも、一時はあの人の命を力で奪うつもりでした……」

「それでもディランを救ってくださいました。どうして、そのようなことができるのですか」

「わたしにもよくわかりません。あの時、なぜ助けなければならないと思ったのか」

「わたくしたちはあなた方のなさった恩義に対して、何をもって報いればいいのでしょうか」




「その前に……お話ししなければならないことがあります」


 グレースはこちらを見てすぐに察したのかさっと青ざめた。手を伸ばしたものの慌てて引っ込める。


「ええ、あなたのご想像のとおりです」

「ああ、何てこと……」


 グレースはその場にぺたりと座り込んだ。

 彼女のそばに膝をつき、だらんとなった手を取った。その瞬間、わずかな衝撃を感じ、手がピクピクと震えた。

 彼女の指にはめられた緑色の指輪が明るく輝くのを見る。思わずグレースの顔を見れば、驚いたようにこちらに向ける薄紫色の瞳を(のぞ)き込んでしまう。


 ああ、この人とならどうにかなる……。たちまち決心が固まった。

 グレースの手を引き寄せると、スカートを下げておなかに押し当てる。彼女はすぐに目を閉じた。しばらくして、大きなあえぎが聞こえた。


「大丈夫です。これは何とか抑えていますから。でも、あまり猶予がありません。それに、ご覧になったようにわたしはすでにふたりの子を宿しており、この子までは成長させられません」


 放心したようにこちらを見るグレースの顔は血の気がなく真っ白だった。


「この子はあなたに託すのが一番よいのではないかと思います」




 しばらく反応がなかったが、その間にグレースの顔には血色が戻ってきた。


「あっ、つまり、人工子宮に……」

「先ほども言ったようにほとんど時間がないのです。ここで、直接、あなたに託したい……あなたなら受け入れてもらえると感じました」

「でも、そのようなことが可能なのでしょうか」

「わたしたちにおまかせください」

「わかりました。わたくしも先ほどあなたに触れたときに感じました。あなたにすべてを委ねるのが正しいのだと。それに、ディランの子とあらば、わたくしは責任を持って育てる所存です」




「この子は三日目に入ったばかりです。あなたの中に入り根を下ろせば、あなたの力を存分に受け、あなたの子として育つはずです」

「ありがとうございます。ディランがこのような許されないことをしでかしたのに、あなたはとてもお優しいのね」

「……それは少し違います。意図せず誕生した生であっても、その命は何にも代えがたいものです。ましてや、あなたとわたしで救うことができるのならなおさらです」

「はい。それで、わたくしはどうすれば?」

「まず、あなたの周期を早めてこの子を受け入れられるようにします。それからあとのことは……」


 座っているパメラを指さす。


「彼女がやります。彼女は若いですけど、とても優秀ですから心配は要りません」

「わかりました。先にディランに話をしてきてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです。よく話し合ってください」


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