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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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263 自分がわからない

 終わった時には、一緒にかなりの毒素も吸収できていた。自分の体内に引き込んだものを抑え込むことにも何とか成功した。


 今のところ影響は受けていないようで安心し力を抜いた。まだ心臓がバクバクしている。急に胸が圧迫され息が押し出された。とにかく小刻みに呼吸しながら心を落ち着ける。

 操り人形の糸が切れたように突然静かになった男はやたら重い。この人、少し食べすぎではないの。


 ようやく息が落ち着くと、自由を取り戻した腕を男の下に入れ持ち上げようとした。手に力がまったく入らないが、何とか男の下から這い出ようと頑張る。本当に、意識を失った体はどうしようもないわ。




 突然、誰かが脇の下に手を回した。腕が力いっぱい引っ張られ、勢いよく引きずり出される。やっと重しから脱出したが、そのまま動くこともできず、目を閉じて何度も大きく息をつくだけだった。


 ようやくしゃべれるようになる。


「ありがとう、パム」


 目をあければ、こちらを見下ろすパメラの、透き通った緑の目が大きくなりたちまち潤んでくる。


「お姉さま、お姉さま……」


 ポタポタと落ちる涙を胸に感じた時には、パタンと座り込み(せき)を切ったように大声で泣き出した。


「わたしのせいで……わたしのために……お姉さまがこんな……」


 両手を伸ばしパメラの首に回して引き寄せる。突っ伏す彼女の震える頭を、くしゃくしゃになった褐色の髪をしっかりと抱え込む。彼女から嗚咽(おえつ)とともに意味をなさない言葉が絞り出された。


「大丈夫よ、パム。もう、その人は何もしないわ。毒がこの人の理性を失わせたのよ」


 パメラが泣き止み体の震えが治まるまで、動かずにただぎゅっと抱きしめていた。




「これからどうするの?」


 わたしは何をやっているのだろう。そして、なぜこの人を気にするのだろう。

 自分でもわからないけれど、ここまで来たからには、最後まで責任を持たなければ……。


「その人を何とかしないと。このままだと死んでしまう」


 パメラは顔を起こして男をちらっと見て震えたが何も言わなかった。


「この人があなたにしたことは絶対に許されない。でも、目の前に助けられる命がある限り救わなければ。わかる?」


 パメラはプルプルと震えながらもうなずいた。


「はい」

「パムは偉いわ」




 意識のない男をふたりがかりで仰向けにする。男の手を取り調べると、まさに死と隣り合わせであることがわかる。

 脈はかぼそく神経はボロボロになっている。心臓に負担がかかりすぎたのだろう。おまけに力髄がほとんど機能していない。

 力髄がだめになれば心停止につながる。このまま放置したらあっという間に命の火が消えてしまう。


 とりあえず力髄に少しだけ癒やしの力を注ぎながら考える。


「もしこの人が誰かに毒を摂取させられたのだとすると、その人がまだこの人を探しているかもしれない。誰かがここに来るのはまずいわ。遮へいを張ってくれる?」


 パメラがうなずく。


「この人は重体だから、ここから動かすのはとても無理だし。すぐに医術を施さないと死んでしまう。しばらく付き合ってもらえる? 不本意なのはわかっているけど」

「お姉さまのほうがずっとずっと(ひど)いことをされたんです。わたしは、わたしは……たぶん平気」


 両手で目を拭いながら何度も首を振った。


「絶対にこの人のためなんかじゃない。お姉さまのために……お手伝いします」




「ありがとう、パム。それじゃあ、まずは、服を……」


 言いかけたところで、首を伸ばしてパメラの服を探す。だめになっていなければいいけれど……。

 消え入りそうな声が聞こえた。


「あの人の力で……つまり、いつの間にか自分で……」


 やはり強制を受けたのか……。

 ごそごそと動き回る音がしていたが、まもなく戻ってきたパメラに言う。


「紐か何か持っていない?」


 パメラはあたりを見回し、離れたところに落ちていた自分の小さなかばんを見つけると、中から巻かれた細い帯を取り出した。

 上服の打ち合わせを引っ張り寄せて結んだ。裂けてしまったスカートを拾い上げ腰に巻き付ける。何とか帯で縛って体裁を取り繕った。


「さて、毛布とタオルがいるわ。それに、水とか食べ物があるといいのだけど」

「探してきます」

「あんまり遠くに行かないでね」

「はい、大丈夫です」




 男の胸に両手を当て、損傷した神経、組織に力を注ぐ。それから力髄に回復力を回す。しばらく続けているとくたびれてしまう。わたしの医術もヒライシャとしての力もごく弱いものだ。姉のようにはいかない。

 急ぎすぎてはだめ。ゆっくりやらなければ。


 男の中には毒の残り、得体の知れないものの残骸がまだ多数あった。それらを少しずつ取り除く。全身に散らばった毒素を除去するには相当の時間がかかることを知った。


 しばらくするといろいろなものを前に抱えたパメラが帰ってきた。再び遮へいの傘の下に入ったのを感じる。

 床に毛布を敷き、苦労して男を移動させる。上にもう一枚かけ一息つく。

 そのあと、パメラが見つけてきたカチカチのパンと水で晩食にする。すでに真夜中を過ぎていた。


 自分の中にある得体の知れないものはまだ動いていた。

 破壊作用で取り除けないかとやってみたが自分では無理だとわかる。もう、わたしの一部になってしまったのかしら。

 そう考えているうちに眠ってしまう。



***



 目が覚めたときには明るくなっていた。

 男の様子を見るがまだ危険な状態だった。昨晩と同じ食事を()り処置を再開する。

 パメラが床を探しまわりボタンを拾い集めてきた。服を全部脱ぐようにと言われる。


「お姉さま、下衣はどうなったのですか?」


 オロオロするさまに思わず苦笑する。


「この人が消してしまったわ。あんな状態でよ。びっくりでしょ。この体が持って行かれなくてよかった……」


 パメラが立ち上がった。


「どこかに……」

「今はいいわ。どこにも行かないでちょうだい。パムがいないと遮へいが……。特に昼間は用心しないと」


 パメラはうなずいて再び座った。渡された服を手に自分のかばんを引き寄せた。

 ややあって直してもらった上服を着込みスカートを身につける。破れたところもすべて丁寧に縫われていた。


「ありがとう」


 パメラから思いがけない言葉が出た。


「お姉さま、少し替わりましょうか。わたしにも半分はお手伝いできますから」


 あのようなことをされた相手の治療を行うのは勇気がいると思う。


「パム、あなたはとても頼もしいわ。でも、大丈夫。こっちはわたしがやるから、パムは遮へいをお願い」




 夕方になり男に水を飲ませようとしたが何も反応がなかった。まだ無理かしら。

 再び男の前に座る。男の手を取り力を注ぐ。もう夜更けだった。パメラはすでに最小限の遮へいを張ったまま眠っていた。


 しばらく彼女の寝顔を眺めていたが、隣に横になる。

 自分の中の異物を調べる。少し広がっているかしら。

 その時、別のものに気がついた。どうして、今まで気づかなかったのだろう。

 自分の中の三つに増えたものを視ているうちに睡魔に襲われる。



***



 寝覚めた時はまだ薄暗かった。

 男の様子を見れば少し熱が下がっていた。戦いがピークを越えたらしい。いい兆候だわ。


 パメラとまた同じものを食べて、終わりなき処置を再開する。

 そして三回目の夜を迎えた。明日にはこの人を動かせるはず。トーマスに知らせて迎えに来てもらおう。



***



 翌朝、パメラの声で目が覚める。

 体がぐったりしているのを感じる。疲れが抜けないのかしら。


「先ほどから少し苦しそうでした。具合が悪いのではないですか?」


 そういえば、何となく熱っぽいような気がする。

 パメラは遮へいを消して、こちらに手を伸ばしてきた。すぐに生成の活動を感じる。

 突然、押し殺した悲鳴が聞こえた。


「お姉さま、これ……」

「ええ、その人から吸い上げたものよ。最初はちゃんと抑え込めていたのだけどね。ちょっと無理だったみたい。疲れたせいかしら。広がっちゃった」


 異物は閉じ込めたと思っていたけれど、いま見れば大きくなりつつある。新しい命のすぐそばにいるのがわかる。これは時間がないかもしれない。

 パメラはしばらく手を当てていた。

 力が流れ込むのを感じる。おなかがピリピリと震えてきた。


「まるで……小さなトランサーみたいです。行く手のものを(おか)しながら動いている……」


 確かにこの塊からは紫黒の海で体験した底知れぬ不気味さを感じる。

 このような未知の生き物を体内に取り込んだのは、完全に失敗だった。しかし、自分の浅はかな考えを後悔してもいまさら遅い。


「これを取り除くのは、わたしには無理です。別の方法を……」


 彼女は、得体の知れない毒素と戦い()き止めることができる細胞を増産し始めた。しだいに体が火照ってくる。


「お姉さま、このままだと……」

「そうね。たぶん……この子たちが失われてしまう。あるいはわたしも……」


 まぶたを閉じ唇をぎゅっと結んだままのパメラから作用がどんどん注ぎ込まれ、()だるような暑さに頭がボーッとしてくる。早朝で寒いにもかかわらず汗が吹き出てきた。

 突然パメラがさっと立ち上がった。


「すぐに、トーマスさまを呼んできます」

「それしかないわね」


 大きく息をついたところで、人が近づいてくるのを感じる。


「パム、誰か来るわ」


 さっと顔色を変えたパメラがすばやく遮へいを張った。


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