258 どうにもならない
頭に何かかぶせられていて、カレンには何も見えなかった。
最初は両手を引っ張られて引きずられるように歩いたが、まともに歩けないことがわかると、結局、誰かに抱えられて運ばれた。
突然どこに向かっているのかがわかった。あの部屋……。
急に立ち止まり扉が開く重々しい音が聞こえた。部屋の中に入ったと思ったところで降ろされる。目隠しを外され壁際の椅子に座らされた。
あたりを見回す。やはり、力覚を試みたあの大きな部屋だ。
しばらくすると廊下のほうからカラカラと何かが転がるような音が聞こえてきた。
心臓がドキドキしてくる。思わず腰を上げると後ろから肩をつかまれ引き戻された。
部屋の中に入ってきた二つの小さな台がカレンの前に並べられた。両方とも毛布が敷かれていてその上に子どもが横たわっていた。
ふたりの女の子。こんなに小さい。かわいそうなくらい痩せ細っている。嗚咽が漏れそうになるのを何とか堪えた。
動きのない子どもたちを見ながら必死に考える。
やはりサイラスの目的はこの子たちを……。何かできることがないだろうか。周りを見回す。やめさせる方法があるはず。
突然エメラインの気配を感じる。
しばらくして廊下から騒がしい音が聞こえたかと思うとサイラスが部屋に現れた。立ち上がろうとする前に腕を押さえつけられる。
彼の後ろからエメラインが引きずられるように入ってきた。その姿を見て激しい怒りが沸き上がる。
「サイラス! これはどういうこと?」
押さえている手を振り払おうとするがビクともしない。
扉が閉められるドシンという音が伝わってくる。反対側の壁の前にエメラインが立たせられた。上半身には金属製の胸当てがじかにつけられていた。そのあせた青色の不気味さになぜか目が離せなくなる。
何のためにこんなことを? 両手が縛られているし、端正な顔に一寸苦痛が浮かんだ。見れば彼女の体全体が薄らと赤くなっている。
「サイラス、彼女に何をしたの? 離しなさい!」
サイラスはこちらに歩いてくると目の前に立った。
「イサベリータを力覚したそうだな」
ああ、やっぱり。この子たちを……。
「おれの子どもたちにはできなかったのに……」
向こうではエメラインの両手にロープが結ばれ天井の梁に回されていた。
「何をするの? サイラス、ほどきなさい!」
エメラインの手がロープに引っ張られて持ち上げられ、両腕がピンと伸びる。かかとが浮いたところでロープが固定された。
「サイラス! いったい何が望みなの?」
「それは知っているはずだ」
向こうからエメラインの声がした。
「だめです、カレン、言いなりになっては……」
「まだ小さな子どもじゃないの。そんなの……」
「十歳だ。もう十分可能だろう」
あらためて子どもたちに目を向ける。十歳? この子たちが? どう見ても五、六歳にしか見えないわ。
調力装具は一つしかない。きっと交互に使ったに違いない。そのようなむちゃなことをすれば……。
「いいか、そもそもおれが欲しいのは男のケタリだ。あんたが女しか宿すことができないとわかるまでずいぶん時間をむだにした。まったくとんだ計算違いだった」
顔を上げ目の前に立つ男を見つめる。
えっ? まさか何度も……。思わず嗚咽が漏れる。何という人でなし……。どっと涙が溢れ、かすんだ目を子どもたちに向ける。酷すぎる……。
「あんたが男を宿せばこんな面倒な事態にはならなかったんだ」
男? ということは……。棒きれのような子どもたちから目を離し、さっとサイラスを見上げる。よもや、この子たちを……。
あらためて幼気な二つの姿を見つめ、何度も頭を振った。ああ、あんまりだ……。激怒に打ち震え歯を食いしばって堪えたものの、代わりに涙がほとばしった。
「必要なのは男を宿せるケタリだ。まずは力覚。それから成人させる。今までは少し急ぎすぎたようだ。体の成長がまるで追いついていない。今後はもっとゆっくりやらねばならんな」
目の前の男に憤怒の目を向ける。何たる人非人……。流れ落ちた涙が次々と首を伝い胸元を濡らした。
「……力覚は無理よ。したくてもできなかったのだから」
そう言い捨てる。
サイラスはため息をついた。
エメラインに装着されているプレートを指さして言う。
「あれが何か興味を持っているだろう」
無言で睨みつける。
「あれは、反作装具だ」
反作装具?
「作用を使おうとする力髄に反応してその力が自分に跳ね返る。インペカールの傑作品だよ。すでに試みてあいつもその効果を知っている」
インペカール? どういうことなの。サイラスの顔を見るが答えは得られない。
それなら作用を使用しなければいい。しかし、彼女の顔はすでに試みたことを物語っている。作用を使ってサイラスを攻撃しようとして、それで自分を傷つけたの?
何がどうなっているのか理解できなくて、ただサイラスの顔を見つめる。
作用の封じ込め……使おうとすると抑え込まれる。そういえば……。
「安心しろ。これによって引き出される作用は小さいから、一撃で死ぬようなことはない」
一撃で死ぬ? 自分で自分を殺すかもしれないというの?
「さて、どうする? あんたが義務を果たせばあいつが苦しむことはない」
義務ですって? 怒りにわなわなと身が震え、サイラスの顔を睨みつける。
「だめです、カレン。わたしは平気……」
気丈に振る舞うエメラインの顔に目を向ける。
彼女を助けなければ。どうすればいい?
「おれは気が長いほうだと思っているが、それにも限度がある」
「できなかったのよ。わたしは半人前で誰も力覚できない」
「イサベリータにはできた」
「あれは偶然よ。知らなかったのよ、彼女がケタリになったなんて」
イサベラを力覚しようとしたわけではない。いつの間にかそうなっていた……。
「この世に偶然など存在しない。どんなことにも必ず因果関係がある。そういうもんだ。さあ、やり方を思い出せ」
カレンは何度も首を振った。どうすればいい? どうしてイサベラが力覚したのだろうか。単にケイトを引き戻そうとしただけだ……。そう、ケイトを。
「しかたがない。あんたが思い出す手助けをしよう」
突然、サイラスから強制力の高まりを感じる。思わず身構えるが何も起きない。
代わりにうめき声が聞こえた。さっと顔を上げると、エメラインの全身が一瞬黄色く光り、スカートからパチパチと爆ぜるような音がした。
焦げ臭いにおいが漂ってくる。体をよじるエメラインの顔がゆがんだ。
「サイラス、何てことを。やめなさい! 彼女を離しなさい!」
「思い出したか?」
「すぐに思い出すから、彼女を自由にして」
「それはあんたしだいだ」
イサベラをいつ力覚したのか身に覚えがない。あの時は、ずっとケイトに集中していた。イサベラのほうには注意を向けていなかったから、何がきっかけでそうなったのか心当たりがない。
もう一度よく考えるの。思い出すのよ……。
再び強制力の発動を感じ、声を上げる。
「だめ、サイラス、やめて!」
またうめき声が聞こえた。もやが部屋に充満する。力なくもがくエメラインを見ながら必死に考える。
だめよ、だめ。どうしたらいい? 何をすればいいの。記憶はわたしの中に残っているはず。力覚したのにはちゃんと理由がある……。
また強制力が急速に高まる。
「待って!!」
今度は悲鳴が聞こえた。
全身が光に包まれたかのように見え、すぐに灰色の煙に変わった。漂ってきた臭いに激しく咳き込む。
もやが消えて見えたものは、ボロボロになりほとんど原形を留めていないスカート。きれいな白金髪はほどけ煤がついたように黒く変色していた。
床にはちぎれたスタブが散乱している。
「やりすぎたか……」




