表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

267/358

256 呼び戻すには

 着替えが終わり、手首のレンダーを袖の中に押し込んでいるエメラインを眺める。

 視線に気づいたのか、彼女がこちらを見た。


「何かおかしいところがありますか?」


 エメラインが体を捻って自分の服装を点検している。


「いえ、いえ、大丈夫よ。ただ、何というか……」


 メイジーが後ろから口をはさんだ。


「そんな服を着ると、かえってあんたの可憐さが際立ってしまうな……。どう間違っても下働きには見えない」

「それだわ。わたしもそう言おうとしたの」


 メイジーはこちらをじろりと見た。


「先に断っておくけど、カレンも自覚がなさすぎるよ……」

「えっ、何が?」


 メイジーはため息をつき何度も首を振った。

 エメラインからためらいがちな声がする。


「やはり、別の服……」

「ああ、気にしないで。誰かがあんたにちょっかいを出そうとしたら、あたしが痛い目に遭わせてやるから……」


 ねえ、問題はそこではないから……。


「おいおい、メイジー……」


 振り返ってチャックを見上げたメイジーは面倒くさそうに肩をすくめた


「わかってるよ。騒ぎを起こすつもりはないから。そんなに心配そうな顔をするなって」

「それならいい」


 チャックはため息をついた。

 カレンはペンダントと符環、それにレンダーを外して巾着とともにジェンナに預けた。いざというときのためにカムランの符環だけは腰に隠す。

 ぐるりと見回してひとつうなずいたメイジーは宣言した。


「それじゃあ、行くか……」



***



 三人はカムランの館の地下にいた。

 メイジーが断言したとおり、この階に続く通用門からすんなり中に入れた。


「それで、どこを探す?」

「実は、心当たりがないわけではないの。一つ上の階に秘密の一画があって、あそこをまず調べたいの。でも、そこに入るには詰め所にいる人たちを何とかしないと」


 メイジーは首を縦に動かした。


「まずは、その詰め所とやらの様子が()えるところで、どんな人がいるのか教えて。それからどうするかを考える。あたしから離れないでよ。どこに感知者がいるかわからないから用心しないと」


 メイジーの顔はすでに真剣そのものだった。ここまで来たらもう遊びではない。

 それでも、もし誰かとことをかまえることになったらこれを使うしかない。腰に手をやり感触を確かめる。


 カレンはうなずいて歩き出す。地下は初めてだけれど、上の階と同じなら向こうのほうに違いない。確か詰め所の近くに階段があった。

 廊下をいくらも進まないうちに足が重くなってきた。




 ふたりにささやく。


「ここから上に行くと詰め所に近いところに出られるはず。誰もいないといいけど」


 手すりにつかまり何とか階段を上り一息つく。壁づたいに廊下をゆっくりと進み曲がり角からそっと顔を出す。

 誰か来る。ああ、よりによって……。


「イジー、下がって」


 エメラインの肩につかまりながら急いだつもりだが、もう限界。

 階段まではたどり着いたが、そこでエメラインに抱き上げられる。

 階段を下りようとしたところで気づく。


「下にも誰かいるわ」


 廊下に戻って反対方向に向かうが行き止まりだった。

 エメラインの手から滑り降りたところで、後ろから声がした。


「やっと帰っていらしたのね」


 振り向くと通路の真ん中でイサベラが両手を後ろに組んで立っていた。

 逆光で顔が暗くて、この帰還を喜んでいるのかどうか定かではない。


「お母さまが戻ってくるとしたら、きっとあそこに入りたがるだろうと思って。よくここを見に来ていたのよ」


 なぜかイサベラが微笑んだように見えた。そう確信した。

 カレンは黙って彼女の顔を見つめるだけだった。


「そんな格好をしてこっそり入らなくても、表門まで迎えに行ったのに……」

「あなた以外の人で誰が信用できるか、わたしにはわからなくて……」

「ああ、それはつまり、ここにいる誰かがお母さまに危害を加えようとしているのね。まあ、それは十分にあり得るわね」


 少し考えるそぶりを見せたあと言った。


「こんなところに立っていると、その誰かに見られるかもしれないわ。話を聞かせてもらえる? じゃあ、そこの部屋に入って。お連れの方もどうぞ」




 部屋の中に移動し椅子に座るなり大きく息を吐き出した。

 イサベラが目を細めてこちらをじっと見ている。開口一番に言われた。


「やはり髪が長いほうが似合っているわ。わたしは好きよ」


 それ以上追求はしてこなかった。

 ここに来た理由と探しているものについて説明する。


「わかったわ。でもそういうものが運び込まれた話は聞いてないけれど。一応確かめてみましょう」


 イサベラは部屋を出ていったが、すぐに戻ってきた。


「いま調べさせているわ。でも、わたしはてっきり、あの部屋に用事があるんだと思っていたのだけれど。もとに戻すための手がかりが得られたのかと」

「ああ、もちろん、そっちのほうも目的ではあるけど。第一にベッド、第二にあの四人よ」


 すぐに誰かが扉をノックするのが聞こえた。

 イサベラは扉を少し開き何ごとか話したあと再び閉めた。こちらを向いて首を横に振った。

 失望が湧き上がる。ここではないのかしら。




 メイジーが口を開いた。


「王女さま、こっそり運び入れた可能性はありませんでしょうか?」

「そうね、イジー。それはあり得るけど、いったい誰が……」

「ねえ、イサベラ。ここに子どもが運び込まれなかった? たぶん五、六歳くらいだと思うけど」

「子ども?」

「ええ、ふたりよ」


 イサベラはしばらくこちらをうかがうように見つめたあと首を横に動かした。

 子どももいないとしたら、やはりわたしたちは間違っていたのかしら。しかし、どこかに運び込まれたはず。

 そう考えているといやに穏やかな声が聞こえた。


「それは、お母さまの髪が伸びたことと関係あるのかしら」

「えっ?」

「ああ、今のは独り言よ」


 エメラインとメイジーの視線がキリキリと突き刺さってくる。

 ふたりとも髪についてしつこく問い詰めはしなかったけれど、今のやりとりで三人とも察してしまったのがわかる。やはり質問の仕方が性急すぎた……。



 三人の視線を避けるように入り口に目を向けて話す。


「……ねえ、イサベラ。カイルっていう人をご存じ?」

「えっ? アザランのカイルのこと?」

「たぶん。その方はどちらに?」

「彼ならここにいるわ。旅で留守にすることが多いけれど、今は戻っていると思う。彼に用事があるの? そうなら……」

「いえ、いいです。ちょっと確かめたいことがあるけど、また今度にするわ」

「そう……」


 さて、どうしよう。行き詰まった。


「お母さま、あの部屋に行く? もし、何か手がかりがあったのならぜひ聞きたいわ」

「ええ、そうね。ベッドの件はひとまず置いて、そっちを先に考えたほうがよさそうね」




 メイジーが声を出した。


「カレンさま」

「えっ、あ、はい?」

「もしよろしければ、そのベッドの捜索はあたしにおまかせください。ひとりで調べてみますので。その間、カレンさまは……王女さまともうひとつの事案のほうにお取り組みください」

「あ、そうね。……でも気をつけてね」

「はい」


 メイジーはすぐに立ち上がった。

 エメラインも続こうとしたので急いで制する。


「エムにはこっちを手伝ってほしいの。つまりね、力を分けてほしいの」

「わたしも協力するわ、お母さま」

「あたしもいたほうがいいですか?」

「いいえ。わたし以外にあとふたりいれば十分」

「わかりました。ではさっそく始めます」

「本当に気をつけてね。手がかりがなかったら先に帰ってちょうだい。わたしたちもこっちが終わりしだい戻るから」


 イサベラがメイジーに目を向けた。


「イジー、あなたのその格好、とてもさまになっているわよ。でも、何かあったらすぐにわたしを呼ぶのよ」

「あっ、はい、イサベラさま」




 メイジーが部屋をあとにするなりイサベラが身を乗り出した。


「同調力で引き戻すつもりなのね?」

「ええ。いろいろ考えたのだけれど、結局それしか考えつかなくて。やってみて損はないと思うの。たとえうまくいかなくても、今より悪くなることはないだろうし」


 イサベラはすばやくうなずくと椅子を引いた。


「それでは、行きましょうか」


 カレンも立ち上がりエメラインに肩を借りて歩いた。悔しいことに、ここまで来るのにすべての体力を使い果たしてしまったようだ。

 しばらく見ていたイサベラはため息をつくとエメラインのほうを向いた。


「抱いて運んだほうが早いと思うわ」


 こくんとうなずいたエメラインにさっと抱き上げられる。

 前を歩くイサベラの背中で揺れる髪は、以前にも見た白木のスライダで結ばれていた。いつものように白い服を着た彼女にはよく似合っている。

 警備室の脇を通り抜ければ薄暗い通路が待っていた。



***



 相変わらず不思議な感覚に囚われる。エメラインも落ち着きをなくしているようだった。

 まっすぐケイトの眠っているところに運んでもらう。前とまったく同じ。何も変化がない。

 あえぐような声が聞こえた。


「これは、本当に……」


 振り返ればエメラインの顔が真っ青になっていた。

 目の前に横たわっている人には表情というものが欠けている。これが、意識というか魂が抜けていることを意味しているのだろうか。まるで、自分と同じ姿をした人形と対面しているような感じに襲われ、部屋が暖かいにも関わらず寒気を感じ体が震えた。

 指に戻した符環も暗い光を放っていた。


「さてと、長居は禁物ね。すぐに始めましょう」


 イサベラがベッドの蓋を開いた。エメラインが運んできた椅子をケイトの頭側に置いてもらいその一つに腰掛ける。


「わたしがあなたたちの手を取るわ。ふたりは両側に座ってケイトの手を握っていてちょうだい。ええ、そんな感じ。これから同調力を使うので、ふたりともわたしの力を受け入れてほしいの」


 ふたりがうなずいたのを確認する。

 さて、これ以上の方法は思いつかない。やってみるしかない。




 目を閉じ、まずはゆっくりと力をイサベラに注ぎ込む。

 これは、この前と同じ。力覚に失敗したときと。今回は前より強く行き渡らせ、彼女の精華をも理解する。

 どちらの力もしっかりとしていた。彼女の周囲に精気が渦巻いている。どんどん引き寄せられているのを知り少し驚いた。


 次に、エメラインのほうにも力を流し、彼女の二つの力を視る。ついで、包み込むように覆い同じ作用をゆっくりと流し込む。彼女の力と同調すると、ふたりとの間で作用が往復するようになる。


 あとはケイトのほうだ。イサベラの反対側からケイトに入り中を探る。今度はエメラインの中からケイトにつなげる。ケイトからはまだ何も感じないがそのまま続行する。四人が輪になって結ばれたところで作用を巡回させる。


 感知力を増大させケイトの中を探しまわる。きっとどこかで向こうとつながっているはず。しかし何もない。まったくの空虚な世界。さらに力を行き渡らせる。

 もっと遠くまで、さらに強く。もっとよ。


 イサベラが取り込んだ膨大な精気を糧として力を注ぎ込む。さらに多くの精分を流し込み、ふたりから一層の力を引き出す。エメラインのうめき声が聞こえた。

 もう少し、もう少し我慢してね。




 突然、漆黒の世界が訪れた。

 ああ、これは覚えがある。しかし今日はこちらから飛んでいる気分だ。ものすごい速度で移動している感じ。すぐに見えてきた、いつもの場所が。


「ラン! ラン! どこなの?」

「レンなの?」

「そうよ。迎えに来たわ」

「本当に来てくれたの?」


 見覚えのある景色に木のベンチ。今回はケイトの姿も表情もはっきりとしている。


「ほかの人たちはいる?」

「ごめん。あたしが手を伸ばしてももう届かない。時間がたちすぎた……」


 一瞬だけ迷ったが心に決める。

 まずはケイトを取り戻す。あとのことはそれから考える……。


「さあ、手を出して。つかまって」


 首を横に振るのが見えた。


「ラン、一緒に帰るのよ」

「だめよ、レン、皆を置いてはいけない」

「お願い、ラン、今しかない。どうかお願い、わたしを助けて」


 かすかにうなずいたケイトの腕が伸びてくると、彼女の手をしっかりと握る。

 本当に実体があるかのように柔らかく温かい手だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ