254 くつろぎの時間
案内された部屋は広くて明るく、しかも本物の暖炉があった。
ロイスのお城にも暖炉は据え付けられていたけれど、使われているのを見た記憶はない。
「珍しいですね、暖炉……」
マリアンが真っ赤に燃える炎に目をやって感想を述べた。
ようやくジェンナが降ろしてくれたので、近くのソファにストンと座り寄りかかる。足だけでなく腰も痛い。それに背中はギシギシと嫌な音を立てている。
しばらくすると、大きなワゴンを押した家事とともにサリーが現れた。お茶と聞いていたけれど、さまざまなお菓子がテーブルに並べられた。全員の大きなカップになみなみとお茶を入れ終わると、ワゴンをテーブルの脇に置いたまま、ふたりは部屋を出ていった。
さっそくお茶を一口いただき、目の前のお菓子をつまむ。
「ああ、一年半ぶりのお茶会だわ。とってもしあわせ……。おいしい」
「一年半……」
エメラインがつぶやいた。
ジェンナが何度もうなずく。
「本当ですね。とてもおいしいです。つい食べすぎてしまいそうです」
しばらく無言で、目の前のお菓子をいろいろと味見する。
マリアンがお茶のおかわりを入れてくれた。このお茶もなかなかだわ。まあ、少し甘ったるいけれど。
突然エメラインが口を開いた。
「ところで、彼女とはどういうご関係ですか? もしかして、カレンの娘……」
思わぬ言葉にゴホゴホと咳き込んでしまう。
顔を上げれば、ジェンナとマリアンの手が止まり、こちらを凝視しているのに気がつく。
「な、何を言い出すの、エム? もう、ふたりが誤解するようなことを言わないでね」
「でも、さっき彼女は……」
「イジーはああいう人よ。それに、話してなかったかしら。彼女はグウェンタのエスタメイジー。イリマーンの準……」
「えっ、いまグウェンタと言いました?」
「そうだけど。ひょっとしてエムは知っているの?」
「知っているも何も……」
扉が開く音がして振り向けば、メイジーに続いてチャックが入ってきた。
みんなが立ち上がると、チャックは手を振った。
「どうぞ、座ってくだ……」
チャックはこちらを見て全身に目を走らせ息を呑んだ。それから、エメラインに顔を向けたあと、口をあんぐりとあけたまま固まった。
少しして小さな声が聞こえた。
「エムなのか?」
見ればエメラインも驚いたようにチャックを見つめていた。
「べっぴんになったな。母親にそっくりだ……」
かすかなつぶやきが耳に届いた。
「それにしても、こんなところで会うとは奇遇だな……」
「おじさまこそ。わたし、知りませんでした。てっきりミルドガにいらっしゃるとばかり」
「ああ、最近、いろいろあってね」
「あのう、おふたりは……ご親戚ですか?」
チャックが即座に否定した。
「いいや」
「おじさまは母の友人で……」
すぐにメイジーがいつもの調子で言う。
「なあ、チャック、あんた、この子の母親に手を出したんじゃないだろうな」
「そんなことするか、メイジー。だいたい、エムの母親はだいぶ前に亡くなっている」
メイジーがさっと唇をかむのが見えた。すぐにエメラインに向かって大きく頭を下げた。そのままの姿勢で言葉が流れ出る。
「ごめんなさい、エメライン。あたし、本当に酷いことを……」
エメラインはさっとメイジーの手を取った。
「いいんですよ、イジー。それに、母があなたのお父さまと一緒になったとしても、わたしはちっともかまいませんでしたし」
メイジーはパッと顔を上げた。
「あなた、とても優しいのね。あたし、ひとりだから……つい……。ああ、あなたのような人が姉さんだとよかったな……」
「なあ、メイジー。おまえ、姉さんが欲しかったのか?」
「ん? まあね。妹でもいいけど。でも、あんただけじゃ無理だねー」
「まあ、そりゃそうだ。しかし……」
「それより、カレン、どうしてここに来たのか聞きたいよ」
「待て、待て、メイジー。みんな、今日はここに泊まっていくんだろう? おまえはせっかちだが、ここはお客さまに急がせるもんじゃない。カレンは見るからに具合悪そうだし、どんな目に遭ったのか知らないが、みんなものすごい格好だぞ。まずは湯浴みをして着替えてもらうのがいいと思うがな……」
「ねえ、チャック、あんた、たまにはいいことを言うよ。そのとおりだね」
「イジー、ついでにお願いしてもいいかしら。わたしたち、着替えもなくて」
「そんなのわかっているよ。手ぶらなんだからさ。まあ、驚かないよ。この前も着の身着のままだったしね」
「悪いわね。この埋め合わせはいつかきっと……」
「ああ、気にしないで。服はたくさんあるから……。合うのがあればいいけど」
メイジーが部屋を出ていき大声でサリーを呼ぶのが聞こえた。
「チャック、ハルマンのアデルに連絡をしたいのだけど、通信室をお借りできますか?」
「もちろん。今すぐか?」
「はい、お願いします」
ジェンナに顔を向けて説明した。
「わたしたちの居場所を知らせておかないと、コリンとエミールが心配で……」
「確かに。今日で十一日目ですからとても気がかりです。あたしが居場所を知らせておきますので、カレンさまは先に湯浴みをなさってください。マリン、お願いね」
「おまかせください」
「でも、イオナにどうしてここにいるかを説明しないと……」
「大丈夫です。あたしはカレンさまの内事ですよ。連絡はあたしの仕事です」
「あ、そうだったわね。それじゃあお願いするわ」
***
豪勢な食事が終わりおなかいっぱいになると居間に移動する。この部屋にも暖炉があった。
ソファに腰を落ちつけたところでチャックが身を乗り出して聞いてきた。
「そちらの符環を拝見してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「今後も近くで見る機会はないと思うので。これがハルマンの炎ですか……」
「ハルマンの炎?」
「ハルマンの主家オハンと準家アデルは、共通の符環を持つ。それがハルマンの炎。ほかの国ではあり得ないことだ」
「こうして三つそろうと、あとはローエンか……」
メイジーがつぶやいた。こちらをちらっと見て言う。
「ローエンでは何か……」
ギクリとし、思わずジェンナと目が合ってしまう。
ああ、メイジーは勘が鋭いのか、実は知っているのか……。
「あれっ? ひょっとして……」
メイジーが言いかけたが、チャックが手を振って遮る。
「なあ、メイジー、そうやたら聞くもんじゃない」
メイジーはこくんとうなずいた。
「そうだね。ごめんなさい、カレン。次に現れたときの楽しみに取っておくよ」
ホッとしたのもつかの間、大きなため息をついた。
「それでは、お話をうかがえますか?」
「はい。実はカムランの館に入りたいんです。その……こっそりと」
メイジーが即座に声を出す。
「何で? 皇女だし符環もあるんだから、表門から堂々と入ればいいじゃない」
「それが、話が長くなるのですが、あるものがカムランに運ばれたんじゃないかと思って……」
レタニカンからノアと一緒に盗まれた、調力装具のついたベッドを取り戻そうと考えている話をした。
三人がノアを引き取りにトランのヴィラに赴き、ノアは返してもらったもののベッドが戻らなかったが、ノアにそのベッドが必要な理由。
それがカムランの館に運び込まれたのではないかと疑っていること。
そして、この一件にはトランのサイラスとおそらくイリマーンのカイルが関わっていると思っている。だから、こっそり入り調べたい。




