250 いろいろ考える
マリアンが戻ってきて報告した。
「終わりました」
そうしゃべったとたんに動きが止まる。
そのままの姿勢で、こちらの頭から腰まで何度も目を走らせるのが見えた。
そのあと何ごともなかったかのように話を続けた。
「それではと、まずは着替えが必要ですが……」
部屋を見回すマリアンに言う。
「そこの戸棚にこれと同じものがたくさんあるはずよ」
すぐにマリアンは内服を取ってきた。
「ひとつだけありました」
そうだ、あのベッド……。
「ねえ、マリン、教えてちょうだい」
「はい、何でしょう?」
「昨日の夜に運び出されたベッドのことだけど、どんなのだった?」
マリアンが見たものを詳しく説明するのをじっと聞く。
やはり、あの調力装具に間違いない。
「その時、何か聞かなかった? どこに持っていくとか」
「えーと、確か……眠らせたまま運ぶとか言う声がしました。カムランとかカイルとかしゃべっているのも聞こえました」
「やはり、あのサイラスはイリマーンのカイルと関係あるのね。そうだわ、確かここで何か聞いたような気がする。何だったっけ……」
そうだ、力覚……。たぶん、手を握らされて……。あれは、近しい感覚を受けたのはそういうことだったのか。
マリアンが見たのは小さい子で、とても力覚できるような歳ではないはず。それに、たとえ試みたとしても今のわたしには無理。この前も失敗した。どっちにしてもうまくいかなかったはず……。
「ジン、マリン、あのベッドを取り返す必要があるの。あれがないとノアをもとに戻せない」
「でも、あれはもうすでにどこかに持っていかれて……」
「マリンが聞いたとおりだとすると、きっとカムランに運ばれたんだわ。でもディランがこんなことをやるとは思えない。どうしてカムランなのかしら」
「そのカイルは国王の命で動いていたと聞きましたけど。それなら、カムランに住んでいたとしてもおかしくないかも」
「そうね。なら急いでカムランに行かなければ」
頑張って立ち上がろうとする。
「そんな体では無理です。一年以上も寝たきりだったのなら、すぐに歩けるとは思えません」
レタニカンでの光景を思い出す。ミアが身動きできずに歯がゆい思いをしていたことを。しかし、少し頑張ればたぶん動けるようになるはず。
「何とかするわ。ねえ、ふたりとも協力してね。これはとても大事なことなの、ノアにとって」
ジェンナは何度か首を横に振っていたが諦めたようにつぶやいた。
「帰ったらイオナさまに大目玉を食らいますね……あたしたち」
「わたしがふたりの分も喜んで叱られるわ」
「そうまでおっしゃるのなら……わかりました。では、まず体をきれいにして何かおなかに入れてから、車を探しに行きましょう。マリンの話だと、ここの人たちは空艇か車しか使わないらしいから」
ベッドから降りようとするとジェンナに制止される。
「いいですか、カレンさま。これからはあたしの言うことを聞いてください。あたしはカレンさまの内事ですから。いいですね?」
「はい……わかりました」
「それでは、浴室にはあたしがお連れします」
ジェンナに抱きかかえられて運ばれる。
「確かに軽いです。間違いなく」
「そうかしら。……そうそう、あなたたちも湯浴みしなさい」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないわ。これは命令よ」
「わ、わかりました。ではカレンさまが終わったら」
結局、自分では何ひとつできずに、ふたりがかりでくまなく洗ってもらう。
浴室から出て身支度を済ませるとマリアンにベッドまで運ばれた。
「本当にびっくりするくらい軽いです。早く何か召し上がらないと消えてしまいそう」
「大げさね」
ジェンナとマリアンが浴室に向かい、ほどなくふたりともさっぱりした格好で現れた。
すぐにマリアンは食事の用意をすると言い厨房に消えていった。
両方の膝を立てるとクッションに寄りかかって楽な姿勢をとる。
「ねえ、ジン」
「はい、何でしょう?」
「あなた、お姉さんがいると言っていたわね」
ベッドに座ったジェンナは顔をこちらに向けた。
「はい、姉がひとりいたと聞いたことがあるのですが、それ以上は……」
「この前レタニカンでフィオナに会ったでしょう?」
「フィオナ?」
小首をかしげたが、すぐに思い出したようだった。
「ああ、あの入り口のところに倒れていた?」
「そう、ジンが手当てしてくれたでしょ。彼女がお姉さんかもしれないわ」
「どうしてですか? 髪のことなら……」
「そうじゃないわ。あなたが彼女に触れたときに感じたの」
「そういえば思い出しました。あの人の状態を確かめている間、不思議な感じがしました」
「そうなの? ジンも感じたのならたぶん間違いないと思う。あの瞬間、ジンがフィオナの手を取ったときに、ふたりの間のつながりを感じたの。一瞬だったからどうかなと思っていたんだけど、あの場にクレアもいたでしょ。彼女もあなたたちのことをじっと見ていたわ。あれは、あの顔は、きっと何かわかったのよ」
「そうですか、あの人が……」
「ちょっと視せてもらってもいいかしら」
持ち上げた腕を伸ばす。
「はい」
そう答えたジェンナは、捻った体を傾け手が届くように近づけた。
手のひらを広げて左胸にあてがう。
彼女は作用者ではないが、オベイシャが作用者と同じように力髄を持っているのを知った。小さくて心臓の隣奥では目立たないけれども。
じっとしたまま心許なげな顔を見せるジェンナから、記憶にはない感触が伝わってくる。
彼女の力髄は眠っているはずだが、力が湧き上がるようなこの不思議な感覚は何だろう。
フィオナのときはどのような感じだっただろうか。思い出そうと頑張るがはっきりしない。
「ついでにもう一つ言うと、ニコラもあなたたちのお姉さんかもしれないわ。少なくとも近い関係だと思うの」
「ニコラってどの人でしたっけ?」
「えーと、あなたと一緒に手当てをしていた褐色の髪の人」
「ああ、あの方ですか……あまりはっきりとは覚えていないのですが」
「そうね、あのときは慌ただしかったし」
手を引っ込めしばし考え込む。
「……でも、ふたりも姉がいるとは聞いていませんけど」
体を起こして背筋をピンと伸ばしたジェンナの眉間にしわが刻まれた。
「あのね、ニコラには姉がいるの。パメラはオリエノールの国主の伴侶だった人よ」
「ええっ? 三人も姉がいるとは言われてないし、さすがにそれは信じられないです」
「今度、二人に会ったら確かめてみましょう。お互いに手を取ってわたしに視せてくれればすぐにわかることだから」
「そうですか……。も、もしもですよ、もしも、三人姉妹だとしたら、そうだとしたらとてもすごいことだと思います。何かうれしくなってきます」
「うん。そうね」
「それでは、少し足を動かしてみますか?」
「はい、頑張る」
それからしばらく部屋の中をゆっくりと歩いた。
といっても、体はジェンナが支えてくれて、単に足を交互に動かそうとしただけ。それでも、最後にはテーブルの前の椅子にたどり着き、何とかひとりで座れた。




