26 早く見つけなければ
モニターを見つめていたウィルが尋ねた。
「どの船も停止しませんね。何をしてるんでしょ?」
「おおかた、特定の船でも探してるってとこか」
「密輸品とかを調べてるんでしょうか?」
「そんなのは国境でやるよ。こんなところではしない」
突然、外からまた叫び声が聞こえてきたが、何を言っているのか、シャーリンにはさっぱりわからない。
「何でしょう? あ、左の船が動き出しました」
「どれかの船に向かってるのかな?」
「これって、やつらの船の速度が上がったんですか? ミアさん」
「そうみたいだな。追尾している船はどうやら軍のだな。公安じゃない」
「どういうことですか?」
ミアは肩をすくめると船の推進機を動かして、再び前進を始めた。
「ミア、船が行っちゃうよ」
「わかっている、シャーリン。こいつらを追い越すとしよう」
ミアは少し進路を変えると、相変わらず這うように進んでいる前の二艘を追い抜いた。カレンの乗った船はすでに速度を上げていて、軍船も追走している。ミアは先をいく船を見ながらさらに速度を増した。
突然、前方に黄色い線が走ったかと思うと、その直後に生じたまぶしい光に一瞬目を閉じた。
いったい何だ? 次の瞬間、前方で橙色の炎がどっと立ち昇るのが見えた。続いて破裂音のようなものが耳に届く。
作用者による攻撃? やつらは軍の船を襲ったの?
ミアは、首を伸ばし目を細めて前を見ると、船足を落とした。
すぐ先では船が盛大に燃え上がり、火がついたままの小片が至るところに浮いている。その中に人影も見えたような気がする。
やたら激しく燃えているのは、きっと何か可燃性のものに引火したに違いない。
「なんてことをするんだ、あいつら」
思わず手を握りしめる。
さらにもう一度光が見え、燃える船の前方で水柱が激しく吹き上がると、照らし出された光の中に白い壁を形作った。
一瞬後には、壁がどっと崩れると水しぶきが襲ってきた。
操舵室の出口に向かって走りながら叫んだ。
「ミア、あの船の前に! わたしが防ぐ」
外に出るなり階段の手すりを跳び越え、ドンと甲板に降り立った。
船の速度が上がり燃えさかる船の横を通り抜ける。
シャーリンは操舵室の真下で壁を背にして寄りかかった。前方に白い船が見える。船尾に人が立っているのもかすかに確認できた。
腰を落として身構えた。膝を甲板につけて安定させると左手を前に出す。
次の瞬間、再び黄色い光がこちらに向かって伸びてきた。船の前方で光の洪水がはじけると、大気が青白く光り輝いた。今度は安定してできた。
それにしても、まだ、攻撃が足りないっていうの? もう後ろの船は沈みかけているのに。
横を見ると、遠くに人が浮いているのが見えた。動きがあるところから無事らしい。他にも泳ぐ何人かを確認できた。
ミアが後ろで大声を出している。
「こっちだ!」
気がつくと、敵船は攻撃をやめ、遠ざかっていた。
こっちからも攻撃をお見舞いしたいところだけど、あの船にはカレンが乗っている。シャーリンは力の抜けた腕を下ろすと、繰り返し手をきつく握りしめた。
遠くに行っちゃう……。
すぐに立ち上がり後ろに走って戻ると、船に向かって泳いでくる人、抱きかかえられて近づいてくる大勢が見えた。
急いで、ミアとウィルのところに行く。
ミアが縄ばしごを下ろし、手を差し伸べて最初のひとりを引っ張り上げた。
今度は、その人が大声を出して、ほかの人たちを次々に引き上げる。足に怪我をした者、頭から血を流す人もいた。
シャーリンはきつく唇をかんだ。振り返って、もうほとんど見えなくなったあの船を探す。
最後に上がってきた男が声を上げた。
「モリー、全員いるか?」
「はい、隊長、少なくとも全員生きています。幸運でした、直撃を受けなくて。まともに食らっていたら、今頃、川の底でした」
隊長と呼ばれた男はうなずくと、ミアに向かって話した。
「船長、おかげさまで助かりました。カイです。迅速な救助に感謝します。恐れ入りますが、けが人をどこかで手当てしたいので、場所を貸していただけますか?」
「後ろに船倉がある。ほとんど荷物は入ってないから自由に使ってくれ」
「ありがとうございます。モリー、ソラ、一緒に来い」
後ろで聞いていたシャーリンはミアに話しかけた。
「ミア、あの船を追いかけないと。カルを見失っちゃう」
ミアはすばやくうなずくとカイの背中に向かって声をかけた。
「他に拾うものがなければ、さっきの船を追いかけたいのだが」
カイはピタッと立ち止まってくるっと振り返るなり声を上げた。
「我々が追尾していた船をですか? あの船をご存じで?」
ほかの人たちも一斉にミアを見た。
「あの船に、こちらの方の連れが捕まっている。で、助け出したいと思っているのだが」
そこで、カイが暗がりにいたシャーリンに初めて気がついたそぶりを見せた。すぐに驚きが顔に広がる。
「シャーリン国子ですね。気がつかず大変失礼しました。アッセンの第四指揮官カイです。先ほどは助けていただきありがとうございます。おかげで全員無事です」
モリーと呼ばれていた女性が進み出ると早口で話し始めた。
「あの船には、こっちを攻撃してきたやつの他にも人がいました。その人とあの攻撃してきたやつが争っているようにも見えました。それで、我々直撃を免れたんだと思います」
「それで、その人はどうなった?」
シャーリンはモリーに詰め寄るように言った。自分の心臓がばくばくしているのがわかる。
「よくは見えなかったのですが、川に飛び込んだようでした」
シャーリンはさっとミアを見るなり声を上げた。
「ミア、船を」
「わかってるって。前で見張りを頼む」
シャーリンは船首に向かって走り出した。後ろでカイの声が聞こえる。
「モリー、おまえも行け。その人を見つけるんだ」
すぐに船が進み始めた。いきなりすべての前照灯がつき昼間のように明るくなる。シャーリンはモリーと並んで目を皿のようにして水面を探した。
気がつくと自分の手が船の手すりを固く握りしめていた。
モリーが後ろに腕を向け上下に振って合図する。
「おそらく、このあたりかもう少し先です」
シャーリンは必死に周囲を見回した。
お願い、カレン、どこにいるの?
そういえば、彼女が泳ぐところを今まで一度も見たことがなかった。記憶をなくしても泳ぎは忘れないよね。まさか、泳げないなんてことないよね?
さらに兵士が三人加わって前方と左右の水面を探した。
突然、水面に漂う木切れのようなものが視界に入ってきた。いや、あれは、木切れじゃない。
「あそこ!」
モリーはシャーリンの指差した方向を見るなり後ろを向いて叫んだ。
「30!」
手で方向を指し示す。
船はわずかに向きを変えて進んだ。モリーは手を上に突き上げて合図すると、後ろに向かって走った。すぐにシャーリンも続く。
船が横滑りで近づくにつれて、人がうつぶせに浮いているのが見えてきた。
あれがカレンなの? そんな……あれからどれくらい時間がたった? お願い、もっと急いで。お願い、カレン、無事でいて。
隣のモリーが川に飛び込むのが見えた。すぐにぷかぷかと漂っている人のところにたどり着くと、仰向けにした。
抱え込むように手を回し船に向かって泳いでくる。兵士たちが一斉に手を伸ばしてその人を甲板に引き上げた。
さるぐつわをされている。それに、後ろで縛られた両手が見えた。
なんてことなの? シャーリンは両手を口に押し当てて叫び声を押し殺した。
兵士のひとりが口から布をはずし、ナイフでロープをさっと切ってほどいた。
シャーリンはカレンのそばにべったり座ると、ぐったりとしてまったく動かない、彼女の真っ白い顔を見て泣き叫んだ。
「カル、カル! どうしてこんなことに」
カレンの両腕をつかんで揺さぶるが、反応がない。
「まだまだ、いろいろ話したいことが、やりたいことがあったのに」
カレンの上に突っ伏した。
彼女の体をつかんで何度も揺する。
「それに、力の使い方をもっと教えてくれるって約束したじゃない!」
誰かがそばに来て、シャーリンを押しのけた。
その女性はカレンの隣に膝をつくと医療キットを広げた。カレンの頭を倒して口元を確認してから上服を開く。下衣に医療鋏を入れ左右に引き裂いた。
診断器を胸に押し当て、首もとには左手を伸ばす。長い間そのままの姿勢でじっとしていたが、急に頭を起こした。
まばたきもせずに、しばらく診断器の表示を凝視する。ようやく発せられた言葉は聞き取りにくかった。
「……脈がある。ものすごく遅い。水も入っていない……」
「生きているってことか?」
カイが驚きの声を上げた。
その女性は当惑した様子でうなずくとつぶやいた。
「まるで冬眠……」
甲板にべったりと座り、放心状態で軍医のすることを見ていたシャーリンは、カイの声を聞くなり、カレンに飛びついた。動きのない青白い顔を手で挟んで叫ぶ。
「カル、ねえ、カル! 目を覚ましてちょうだい。お願い、戻ってきて!」
動かないカレンの体を揺り動かす。
「それにしても、あいつら、カルを縛って川に放り込むなんて絶対許さない。今度会ったら、ただじゃ置かない!!」
とてつもない怒りが沸き上がり、体が火照ってブルブル震えた。
突然、弱々しい声が下から聞こえた。
「川に落ちたの。放り込まれたんじゃなくて」
シャーリンは下を向くと、しばらくカレンの顔を放心状態で見つめた。
それから、カレンの上半身を抱きかかえるように、がばっと起こして両手を背中に回すと、しっかりと抱きしめた。カレンの頭を自分の胸に抱え込むと安堵の言葉がほとばしる。
「ああ、よかった、カル。てっきり死んでしまったと思った……」
涙が止めどなく溢れるのを感じた。
「シャル、苦しいよ」
反射的に手を緩めた。
「ごめん」
ミアの静かな声が聞こえる。
「向こうに船室がある。ベッドに運んでもらえるかな」
「モリー、お嬢さんを船室に。ソラ、手当てを頼む。それから、ついでに、シャーリン国子のその手も何とかしたほうがよさそうだ」
カイにそう言われて、シャーリンは自分の手首を見下ろした。
また、出血して包帯が真っ赤になっていた。突如、激しい痛みがぶり返してきて顔をしかめる。またも、涙が溢れてきた。これは絶対、腕の痛みのせいだよね。
顔を上げると向こうではウィルも泣いているように見えた。




