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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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245 正装は煩わしい

 衣装部屋に入ると女の子がひとり待っていた。いや、たぶん彼女はもうおとな。

 見ればジェンナと同じ服装をしている。ということはこの子もお目付役なのか……。


「マリアンです。やっとお目にかかれて感激です。姫さまの側事(そくじ)を努めさせていただきます。よろしくお願いします。あのう、マリンとお呼びください」


 ぺこりと頭を下げると首の後ろでまとめられた薄い(あめ)色の髪が流れ、幾重にも巻かれた黒色のスタブが踊った。

 ああ、そういえばジェンナが話していたっけ。


「こ、こちらこそ、よろしくね、マリン」

「はい、頑張ります」


 顔を上げて力強く言うマリアンは、上半身の服と同じ色合いの目をまっすぐに向けてきた。

 ものすごい意気込みに思わず身を引く。


 ジェンナが声をかける。


「マリン、どうだった?」

「はい。用意しましたけど、こんなにどうするんですか?」

「すぐにわかるから」




 カレンは部屋の真ん中で待ち構えている衣装から目が離せないでいた。

 まさか、これを着せられるの?

 正装というからには当然ドレスだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは。


 このようなかさばるドレスを着て普通に歩ける気がしないし、椅子に座ってじっとしているだけで精一杯に思う。それにこの色は……ミアなら間違いなく着こなせそうだけれど……。


 振り向いてマリアンの説明に耳を澄ます。


「本日の姫さまのお召し物はこちらです。これはイオナさまが以前に着用されたものです」


 こちらをちらっと見て続ける。


「前身頃は伸縮性があるので大丈夫だと思いますが、丈はだいぶつめる必要がありそうです。まず、一度着ていただいてから直します。それから、こちらが下衣になります」


 マリアンは広げて見せた二つの下衣をいったん脇に置いた。

 幅広の帯のように見えるなとぼんやり考えていると元気のいい声がした。


「失礼します」


 内服を手早く脱がされたところで、息を呑む音がはっきりと聞こえた。

 マリアンの手は一瞬止まったがすぐに下衣を手渡される。

 確かにこんなものを見せられたらギョッとするわね。

 ペンダントと符環を外し下穿()きを身につける。マリアンはもう一つの下衣を持って後ろに回った。




「手を横に上げてくださいますか」


 変わった形の肌衣を前から当て後ろで合わせるのを鏡越しに見る。

 薄くて非常に柔らかく包み込むような下衣は、肌触りがよく今の状態にはとてもありがたい。

 それにしてもたくさんの小さなボタン。これはひとりで脱ぎ着できるのかしら。


 前に立ったマリアンは肌衣の位置を直したあと緋色のドレスを取り上げる。

 素材はおなじみのものだが、間近で見ると微妙に色が違う透け感のある生地が何枚も重ねられていた。これも後ろ明き。背中で合わせて結ぶようになっていた。


 ホッとしたことに、見た目よりは軽い。マリアンに言われたように、上半身は体にぴっちりと合う。

 細腰から下のさらさらと流れる対照的な作りが、思いのほか美しい。他人が着ているのを見るだけなら、とてもすてきな衣装だと思う。


 ぐるりと施された大きな刺繍(ししゅう)が細腰にくるように服をたくし上げ、余った部分を内側に折り込んだ。裾に手をやり確認したあと、顔を上げて手早くピンで固定する。

 手を離して立ち上がると少し下がってこちらを見る。


「これでよろしいかと」

「そこ以外はね」


 ジェンナのつぶやきが聞こえた。

 まあ、これは不可抗力によるのだからしょうがない。

 しかし……これはかなり格好悪いわね。




 ドレスを脱ぐと、さっそくマリアンはテーブルの上に広げて調整を始めた。

 一方、ジェンナは箱を持って近づいてきた。

 中を(のぞ)くと丸くて薄い謎の物体がたくさん入っていた。


「それはなに?」

「これで……そろえます」


 そう言うとまた肌衣を脱がされた。

 ジェンナが箱からひとつ取り出して右胸にあてがったので、その物体の用途がはっきりした。


「ジン、こっちにちょうだい。自分でやるわ」


 ジェンナが渡してくれるものを何度か当てて、反対側と同じになるように重ねる。

 ふと顔を上げればマリアンが手を休めてこちらをじっと見ていた。

 できあがったまがいものを見下ろして言う。


「これで同じくらいだと思うけれど」

「はい、よさそうですね。そのままこちらにください」


 受け取ったジェンナは代わりに毛布を差し出した。


「ペンダントはお預かりします。符環は指にはめてください」

「えっ、よその国の符環を付けていいの?」

「はい、どちらもカレンさまのお立場を示すものですから。両方とも左にはめるようにとイオナさまに言われました」

「わかりました」




 毛布を肩からかけて椅子に座りマリアンの仕事ぶりを眺める。

 手さばきがとても機敏だ。ロイスを出る前にドニが仕事をしているのを見せてもらったのは覚えている。その彼女より格段に動きが速い。


 肌衣の処置が終わったジェンナが後ろに回り、髪を両側でささっと編み込みさらに後ろで一つにまとめると緋色のスタブを何重にも巻いた。この色以外を使ってはいけないのかしら。ふたりが付けている黒のほうがわたしの好みなのだけれど。


 ドレスもあっという間にできあがり、今度は鏡の近くで着せてもらう。

 満足そうなジェンナの声が聞こえた。


「ああ、ちょうどぴったりです」


 あらためて鏡に映る姿を見れば、自分にはまるでそぐわないと感じた。


「すごく……目立つわね、これ」

「とてもおきれいです」


 マリマンが鏡越しにうなずいた。前に回ってくると両手を襟ぐりに沿って動かし、黒くなった肌を隠すように位置を直しながら言う。


「見目麗しくしかもご立派で姫さまにとても相応(ふさわ)しいですわ」


 それ、どういう意味?


「そうね。貫禄十分です」


 ジェンナもうなずいた。

 やれやれ、ものは言いようね。


 鏡を見ている間にようやくわかった。細腰の刺繍(ししゅう)の柄に見覚えがあると思ったら、この館のホールの天井と同じじゃない。つまり、これはアデルの地章だわ。

 もう一度胸元を整えていたマリアンは、下がって首を少し傾げたあと満足そうにうなずいた。


「はい。これならオハンの姫さま方に決して負けませんわ」


 何を張り合うのよ。


「マリン、ここは片付けておくから先にオリビアさまに知らせてくれる?」

「はい」




 服はふわっとしていたが足さばきに問題はなく、想像していたより歩きやすいことがわかった。しかし、途中ですれ違った鏡に映った姿を見てぞっとする。

 実に派手な衣装。これが正装だとしたら、ハルマンは普通とは違う感性の国だわ。それとも、ただ目立たせることが目的なのかしら。


「ねえ、ジン、アデルの方々はこういう服をよく着るの?」

「いいえ、ほとんどありません。今回はカレンさまがハルマンの皇女(こうじょ)になることを内外に認識させるためですから」


 ピタッと足を止める。


「いま、皇女と聞こえたけど?」

「えっ? お聞きになっていませんか。イオナさまとご姉妹になるのですから必然的にそうなります。それに、これはハルマンの正装の色ですから、皇子と皇女以外にお召しになることはありません」

「それでは、あなたたちの着ている服は……」

「はい。皇子、皇女の付き人であることを示すものです」


 カレンは何も付けていない右手をちらっと見下ろした。

 ……もう一つ増えるの? せっかく邪魔なレンダーをひとつだけにしたのに、符環を増やしたら意味がないわ。



***



 入り口ホールにはすでに全員がそろっていた。

 イオナが自分と同じ格好をしているのが目に入る。彼女はトランには行かないはずだから、姉妹結びの儀式のためにわざわざおそろいの服を着たことになる。

 

 皆のほうに歩いていくと、振り向いた全員の視線を浴びた。

 オリビアはとととっと近づいてきて全身をくまなく点検したあとひとつうなずいた。


「とてもいいわ、カレン。あなたは信じられないほどほっそりしているから、イオナのが合うかどうか少し心配だったけれどぴったりね。本当にすてきよ。それに……あなた、着痩せするたちだったのね」

「えっ? それはどういう……」


 すでにオリビアは後ろにいたジェンナとマリアンのほうを見ていた。さっとふたりに近寄るとぐるっと回ってから言った。


「あなたたちもとってもきれいよ」

「ありがとうございます、オリビアさま」


 オリビアはただ突っ立っているだけの男たちのほうを向いて両手をパンパンと打ち鳴らした。


「さあ、行きましょう。時間がないわ」


 こちらを振り向いてうなずいた。


「出発よ、カレン」




 外に出ると大型の空艇が待っていた。思わず立ち止まってしまう。鮮やかな緋色の船体。ああ、この服と同じ色だわ。

 後ろにいるジンに小声で聞く。


「この空艇だけどイオナの船と違い……」

「ああ、色のことですね。イオナさまの船は特別なんです。ハルマンの軍艇は国外では目立ってしまいますから、自由に活動できるように変えているそうですよ」

「空艇で行くのは、主家のところまでは遠いからなの?」

「いいえ、ほんの二、三分で着きます。普段ですと車で行くのですが、この訪問が特別な行事であることを示すためです」

「あ、そう……」


 イオナが手招きしたので隣に座る。


「いやー、久しぶりにこれを着た。姉妹結びでは同じ服装をする決まりらしいから。わたしはこういう格好が苦手。でも、ひとりじゃないのがこんなに気楽だとは思わなかった」


 確かに燎火の色をまとったイオナはまるで別人のように見える。

 しかし、わたしと違って漆黒の髪が緋色にとても映えることに気づいた。

 どう表現すればいいのか。そう、力強さと気品を同時に見せつけられている。これでもっと髪が長ければ完璧な炎の化身になりそう。

 ハルマンのセンスは彼女を基準にするならとても全うなように思えてきた。




「主家のことを教えてもらえますか?」

「オハンの当主、つまり、ハルマンの国王は、父ロバートの長姉でロザリーというの。厳しい人よ。でも、まあ公平な方ではある。あなたを連れて戻ったときには散々叱られたわ。立場をわきまえなさいって」


 苦笑しながらイオナは続けた。


「もう子どものようにただ聞いているしかなかった。まあ、最終的にはどうにか納得してもらえたけどね」

「うわっ、厳しそう。ますます気が滅入(めい)ってきたわ」


 続いて、イオナから儀式の内容について聞く。


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