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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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243 再びハルマンへ

「どうしてハルマンに戻るのですか? トランはローエンの……」

「カレン、いい? あなたをローエンに行かせる前にいろいろ準備が必要。それに、この船でトランには降りられない。というかローエンに入ることはできない」

「でも、急がないとノアが……」

「それは大丈夫。ノアはあの医療ベッドごと運ばれたから、しばらくは心配ないと言ったでしょ。向こうだってノアを殺してしまったら意味がない」

「それはわかりますけど……」

「ねえ、よく聞いて。何よりも大事なのはあなたの身の安全を確保することよ。第一、あなただけを行かせるわけにはいかない」

「でも、ひとりで来るようにと……」

「それは、作用者とか護衛の同伴はだめという意味よ。だから、そうじゃない人なら問題ない。ただの側事(そくじ)とか……」

「ああ、なるほど。実を言うと、あの指定された場所にどうやって行くのか知らなくて……」

「カレンは何も心配しなくていい。アデルの川艇でその場所まで連れていくから」

「ああ、助かりました」

「とにかく、まずアデルに戻って万全の体制を整えてからよ。わかった?」


 そうまで言われればうなずくしかなかった。


 空艇はウルブ3に降りることなく直接西に向かう。夜通し飛行すれば何時間か早く着くと聞かされた。当然、飛翔を(つかさど)る作用者たちの負担は増えるはず。


 あまり眠れなかった。少し寝てはしばらく目が覚めてしまうのを繰り返しているうちに外が明るくなってきた。



***



 人が通る気配を感じ、顔を上げると、イオナが前のほうで誰かに話しかけている。


「暗号通信」という言葉と「了解」という返答がかすかに聞き取れた。


 イオナが通信担当らしき人と場所を変わった。

 首を伸ばして見ていると、彼女は誰かと話を始めたようだが、こちらには何も聞こえてこない。声が遮断されているように静かだ。

 彼女はずいぶん長いこと話をしていた。


 同じように目を覚ましたらしいジェンナが温かい飲み物を持って現れた。

 隣に座るように促す。


「カレンさま、眠れましたか?」

「あまり……」

「そうですよね。普通だと夜は降りて仮眠を取るんですけど、今回はしょうがないですね」

「飛行は予定どおりなの?」

「もう少しでニーランが見えてくるはずです。お昼過ぎにはアデルに着くと聞いています」


 イオナが戻ってきた。


「カレン、目が覚めているなら、少し話しておきたいことがあるんだけど」

「はい」


 ジェンナはさっと立ち上がって後ろに戻ろうとした。


「ジンも聞いておいたほうがいい。カレンの内事(ないじ)になるつもりなら」


 うなずいたジェンナはイオナの隣に腰を降ろした。




 イオナは小声で話し始めた。


「問題はね、どうやってカレンの身の安全を確保するかなの」

「安全?」

「そう。あなたを無防備のままトランに行かせるわけにはいかないから」

「でも危ない目に遭うとは……」

「だめよ。いい? こういうときは、あらゆる不測の事態を考えておかなければいけないの。それに、忘れた? ワン・オーレンで襲われたでしょ。今度だって何が起きるかわからない」


 ああ、わたしが常日頃思っていることだ。

 それなのに自分のことになるとつい考えなしになってしまう。


「そういえば、あの人たちは……」

「まだ言っていなかったね。やつらはハイネンから来た者たちだが、わたしたちはインペカールの手先にすぎないと思っている」


 やはり、ハイネンとインペカールが絡んでいるのか……。


「でもどうして?」

「あの国もローエンと同じで一枚岩ではない。何年か前に首長一族が事故に遭って以来、さらに複雑な状況になっている。あんな偶然などあり得ない……。どっちにしても、誰が後ろで糸を引いているのかはまだはっきりしない」

「そうですか」


 アレックスの家族の事故は仕組まれた事件なのかもしれない。イオナはそう示唆しているのかしら。

 ペトラの話では、アレックスの父親が首長になって一年もたたないころだったらしい。

 イオナにそう指摘されれば確かに怪しい感じがする。そして、今回のことはそれと何か関係あるのだろうか。




「さっき母と話をしてね、やはりカレンをアデルに迎えるのが一番いいとなった。不本意だとは思うけど、わたしと姉妹の契りを交わしてほしい。そうすれば、カレンはアデルの一員として、つまり、ハルマンの外事(がいじ)としてトランに行くことができるし、ローエンもあなたに手出しはしない」

「そういえば、オリビアさまがこの前そのようなことをおっしゃっていました……」


 イオナは苦笑いを漏らした。


「あれは、母が勢いで言っただけだと思うけど、今度は本気だから。……受けてもらえる?」

「はい、何でも言うとおりにします。それで、皆さまが納得されるのなら」

「よし。それではと……アデルでいろいろと準備をしなければならないから、トランに行ってもらうのは明日になる」

「わかりました」

「ジンにも仕事がある」

「かしこまりました」



***



 いつの間にか、空艇は海上を離れ、クンネ河に沿って北上していた。

 下を見ればたくさんの船が浮かび動いていた。やはり昼間は交通量が多いようだ。


 じれったいほどの時間が経過してようやく河から離れ内陸に向かった。ほどなく着陸態勢を取る。

 到着後すぐにアデルの館に入ったが、以前よりさらに閑散としているように感じた。


「カレン、今日はこのまま部屋で休養を取ること。明日の朝から忙しくなるから」

「その準備でわたしに何か手伝える作業が……」

「いや、それはこっちでやることだから、カレンは何も心配しなくていい。明日はローエンに行くのだから、よく寝て体調を万全にする。それが今のあなたの務め。どうせ眠れなかったでしょ?」

「あ、はい、わかりました」

「じゃあ、ジン、あとは頼む」

「おまかせください、イオナさま」


 足早に去るイオナを見送ったあとこちらを向いた。


「それではこのままカレンさまのお部屋に行きますね」


 ジェンナは別棟に通じる通路に向かってすたすたと歩き出し、カレンも遅れないように付いていく。


「そうそう、破壊された扉と壁の修理はもう終わっているはずです。テーブルと椅子も新しいものと交換しました」


 階段を上がりすぐの扉から部屋に入る。ここに初めて来た日のことを思い出した。


「そういえば、ここにはほんの数時間しかいなかった。今日がここで夜を越す初めての日だわ」

「ああ、そうでしたね。初日にいきなり大変な目に遭わせてしまって、すみません」

「どうしてジンが謝るの? それはともかく今夜はぐっすりと眠れそうだわ」


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