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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第3章

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241 残骸の調査

「イオナ、このトランのヴィラというのはどこですか?」

「えっ? ああ、それはローエンの主家(しゅけ)、トランの別邸のことよ。北のほうにある」

「それなら、そこにわたしを連れていってください」

「だめ、カレン。そんなことをしたらやつの言いなり……」

「でも、ノアが誘拐されたんです。助けなければ。それに、そこには、わたしが行けば返すと書いてあります。だから……」

「だめだ、カレン。そんなことはできない。わたしが直接行ってやつと……」


 クレアが息を呑んだ。


「イオナ、そんなことをしたら大変な事態に……」

「そうです。これはわたしが行くしかないです。そこに書いてあるとおりに」


 イオナは首を横に振った。


「どうしてイリマーンじゃないんだ。おかしい……」


 クレアが考え込むように口にする。


「イリマーンと違ってローエンにハルマンの空艇は入れないから。たぶん、そういうこと……」

「ああ、そうかもしれない……」

「イオナ、急いで出発……」

「待て、カレン、そう焦るな。まずは、ここにいる人たちの手当てが先。ノアはすぐにどうこうなるわけではない」

「でも、彼の具合が……」

「ノアはあのベッドごとさらわれた。だから、しばらくは大丈夫。ジン、みんなを診てくれる?」

「はい、イオナさま」

「わたしも手伝います」


 ニコラが前に進み出た。




 隣でまだカッカしているカレンの腕をつかみささやく。


「彼女は誰?」

「えっ? ああ、ジェンナよ。わたしの側事(そくじ)らしいわ」

「らしい?」

「えーと、ハルマンでよ」


 カレンはフーッと息を吐き出した。

 ジェンナは床に膝をつきフィオナの手を取ったが、何かに驚いたように一度手を離した。

 ニコラがさっとジェンナのほうを向いた。


 どうしたのだろうと思っていると、すぐにジェンナはもう一度手を取って確認したあと顔を上げた。


「このままベッドに運びたいですが、どこに連れていけばいいですか?」


 ちょうど戻ってきたミアが答えた。


「あっちだ。向こう側の部屋はどこでも使ってもらっていい。ベッドの準備もできている」


 隣でカレンが考え込むように黙っているのに気づいた。


「カル、どうかした?」

「あ、いいえ。何でもないわ」


 カレンは、向こう側でほかの人を診ているクレアにちらっと視線を向けたあと、ニコラとジェンナがフィオナを運ぶのを眺めた。


 ミアと一緒に厨房に倒れていたフェリシアとスタンをベッドまで運んで戻ってきた。


「医薬品のある場所は?」


 ジェンナに聞かれたので、ミアに案内をお願いする。


「目が覚めたときのために、緩和剤を投与しておきます。かなり強く撃たれたようなので、きっと倦怠感と頭痛に悩まされるはずです」

「ああ、そうだな。こっちだ」




 しばらくして、ようやく混乱が収まると、全員が連結間の大きなテーブルの周りに集まった。


「さてと、これからのことだが……」


 イオナが話し始めると、すぐにカレンが口をはさんだ。


「そのトランのヴィラというところに連れていってもらえますよね」


 イオナは少しの間目を閉じて考えていたが、やおらカレンを見た。その顔にはまだ迷いが感じられる。それでも出た言葉はカレンの意向にそうものだった。


「ああ、わかった。すまないが頼むよ。すぐに出発しよう」

「はい」

「うちの医師と衛事のことだけど……」


 カレンはすばやくうなずいた。


「ニコラ、お願いしますね、あの人たちのこと」

「はい、大丈夫です。おまかせください」

「ねえ、カル……」


 カレンはこちらを見て首を横に振った。


「シャル、いい? ほかの人たちは全員ここで、ザナが到着するまで待っていて。メイとペトラとエメラインも来るからそれまで絶対に動いてはだめよ。わかった? ああ、クリス、お願いしますね。シャーリンが先走らないように」


 それだけ言うと、カレンは立ち上がり、イオナとクレアに続いて部屋を出ていった。ジェンナはこちらを向いて挨拶すると、三人を追うように走っていった。


 残された人たちもぞろぞろと外に出て空艇の出発を見送る。

 船が南の空に見えなくなった時には、あたりはすでに暗くなり始めていた。



***



 ベッドに寝たままの人たちの様子はニコラが時々見てくれている。戻ってきた彼女は異常ないと報告した。たぶん明日には目を覚ますだろう。

 セインの司令部と連絡を取っていたクリスが現れた。


「あっちは大丈夫だ。こちらの事情を話したら、しばらく来なくていいと言われた」


 こくんとうなずく。といってもここにいても何もできることはない。ほかの人たちが来るまで待つと約束したからには。

 しばらく考えていたクリスが口を開いた。


「カイルはイリマーンのものだ。それが、どうして、ローエンのトランにカレンを呼び出したのかな。クレアはああ言っていたけど、何か引っかかるんだよな」

「うん、わたしも。そもそもカイルがトランとつながりがあるか、もしくは、トランが今回の首謀者なのか、そのどちらかだと思うけど」

「そうだな。ほかにも可能性は考えられるが……。とりあえず、外にある船を調べようかと思う」

「あれは、カイルによって爆破されたから何も残ってないよ」

「そうかもしれないが、燃えずに残っている手がかりがきっとある。今回の一件の背景を探るには、何かはっきりしたものをつかまないと……」

「ああ、そうだね。どっちみち、みんなが来るまで何もすることがないし。わたしも手伝うよ」

「よし。そしたら、明日から始めよう」



***



 翌朝には全員が目覚めた。

 ニコラがみんなを診て回ったがしばらく休んでいれば問題ないとのことだった。

 アデルから来た人たちが国に帰ると言うので、レオンに港まで送ってもらう手はずを整える。

 朝食(あさしょく)後に手の空いている者全員で船の残骸を調査し片付ける作業を始めた。


 残っているのはほとんどが黒焦げのねじ曲がった物体ばかりで、ひとつずつ順番に運んで調べてから、別のところに積むという地道な作業が続いた。

 二日目の夕方になってディードが何かを持って近づいてきた。


「クリス、これは何だと思う?」


 渡されたものを手に取ったクリスはしばらく表面をこすって汚れを落としていたが、何度も首を傾げた。


「ここ。この印ははっきりしないが、たぶんインペカールのものだ。それに、さっき見つけたこっちのを見てみろ」

「それは……」

「ああ、おそらく、ローエンの医療器具だと思う」

「ローエン、とすると……」


 シャーリンは地面に置かれた二つの物体を手に取って眺めた。


「どうして、インペカールやローエンのものがカイルの船に?」

「さあ。でも、イリマーンはローエンやインペカールとも交易をしているわけだし、ほかの国の物品が船に積まれていても別に不思議ではないよ」

「ああ、そうだよね」

「それより、気になるのはこっちの器具についている印だ。これは地章に見える」

「どこのですか?」

「はっきりしないが、おそらく主家のものだ」

「うーん、つまりどういうこと?」

「この船にトランの者が乗っていたのかもしれない。単なる可能性にすぎないけどね」


 ディードと顔を見合わせる。やはり、カイルはローエンとつながりがあるのか……。

 それからも調査は続いたが決定的な証拠は発見できなかった。


 その日は久しぶりに大勢で晩食を取る。

 クリスの隣に座って無言で食べているフィオナが気になるが、特に具合が悪いようではなく安心する。


 夜にはシアが現れたが、カレンに関する情報は何もなかった。しばらく会っていないらしい。

 少し心配になってきた。しかし、アデルの人たちが一緒なのだから大丈夫のはず。そう自分に言い聞かせて眠りについた。


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