239 移動と準備
「お母さんたちのほうは何があったの? 神秘の森を訪れたんでしょ?」
「正確には……連れていかれたの」
「シアの話を聞いても、今ひとつわからなかったんだよね」
「それはいつものことだから……」
「だいたい、エンファスからどうやって移動したの?」
「転移というらしいわ。あの時は、シアとニアとリアが現れて、わたしたち四人を囲んで、未知の作用力によって、森の奥からシルまであっという間に運ばれた。そこで、レイの長から話を聞き、ミアとレオンが生きているのを知ったの」
シア以外の幻精は見たことがないけれど、ミアとメイにも親しい幻精が存在するとは思っていた。けれど、エメラインにもいるとは考えもしなかった。
そういえば、彼女の祖母はメリデマールの今はなき主家の出だと聞いたような気がする。だとしたら、シルと強い結びつきがあっても不思議ではない。
カレンはふたりを見たときの驚きと引き継いだ協約について話した。
ミアたちがニアによって助け出されたのにもびっくりだけれど、それよりも自分の祖父がユアンだという事実のほうが衝撃だった。
ユアンの連れ合い、ダイアナの娘であるお母さんが、両親の残した未完の協約を引き継ぐことになったのは、正直、非常に複雑な思いがある。
それは過去の失敗の尻拭いをさせられるという意味だし、カレンは何でもないような顔を見せてはいるけれど、きっとこれから大変な苦労が待っている予感がしてならない。
それでも、作用者たちが始めたことは、作用者たちで決着をつけなければならないのは理解しているつもり。
「わたしも、お母さんと一緒にその協約とやらを終わらせるのに頑張るよ」
「ありがとう、シャル。あなたをいつも頼りにしているから。……あとは、イサベラにも協力してもらわなければならないの。ノアのことが解決したら、イリマーンに行って話をしなければ」
「ならその時にイサベラに会えるね。ちょっと不思議な感じがするけど、彼女はわたしの姉妹なんだよね」
「ええ。そして、彼女がこの輪術式でのもう一つの要らしいの」
「要って何をするの?」
「はっきりしないけれど、わたしとイサベラにはシルの使いがつくと言われた」
「使いって?」
首を横に振るのが見えた。
「シアたちとは何が違うのかな。うーん、要を引き受けるのだから普通の幻精より力がある存在なのかな?」
「わたしはね、幻精のことをシルの使い手だと思い込んでいたけど、本当は、幻精には使いと手がいて、きっと役割が異なるのよね。でも、それ以上はわからない。ライアともユアラともまだ会っていないし……。まあ、近いうちに現れて、わたしがしなければならないことを教えてくれるでしょ」
ニコラが階段を上ってくるのが見え、中に入るとカレンに近づいた。
「カレンさん、少しよろしいですか?」
「カレン……よ。わたしもあなたとお話ししたかったのよ。エンファスでは声をかける機会もなく、あっという間にお別れしちゃいましたから」
カレンはニコラに椅子に座るように促した。
「はい、そうでした」
「そのう、わたしはあなたのことを覚えていないのだけれど、ひょっとして小さいころにお会いしたかしら……」
「はい、ディオナから聞いています。カレンさ……が眠られたとき、わたしはウルブ5の学校にいました。あの前の年に、二つ年上だったザナがあなたと一緒にウルブ6に移ってしまいました。そのあと、わたしの姉、それから一つ上のアリシアまでもが一緒に行ってしまって、すごく寂しくなったのは記憶に残っています」
「ごめんなさい、ニコラ。たぶん、学校で教えるのが下手なので、やめたのじゃないかと考えているのだけど……」
「別にそんなことないと思いますけど。ああ、ディオナから聞いた話だと、レタニカンができたときに引っ越したようです」
「ああ、そうですか」
「姉から聞きました、カレンの妹になったのよ、と。だから、あなたはわたしの一番上の姉でもある。そうなりますよね」
カレンは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。それも記憶になくて……」
「そんな、何度も謝らないでください」
「変なことを聞きますけど、あなたにはパメラさんの他にも姉妹がいらっしゃいますか?」
ニコラは驚いたようにカレンを見たが、口から出た答えは、「いいえ」の一言だった。
「あ、そうですか……」
そうつぶやいたカレンは考え込んでしまった。
クリスの顔が扉の向こうに見えた。
「カレン、イオナから船が来たと伝言を頼まれました」
「わかりました。すぐ参ります」
カレンに続いて船を降り、イオナとクレアが待っているところに行く。
まもなくこちらに向かってくる川艇を見つけた。
心配そうな顔のイオナにクレアが話しかける。
「大丈夫ですよ。時間どおりだし何も問題ありません」
船が接岸するとすぐに、イオナとクレアは船内に消えた。
しばらくして、イオナが戻ってきたのでカレンが尋ねる。
「ノアの具合はどうですか?」
「とりあえず空艇での移動は問題ないと言われたので、準備ができしだい運ぼうと思う。医師とほかの者も一緒に連れていくけどいい?」
「はい」
カレンはこちらを見た。
「シャルたちはミアとレオンが戻るまで待っていてね。わたしは一緒に行って機械の説明をしてくるから」
「わかった」
しばらくすると担架に乗せられた人が運ばれてきた。
毛布でしっかりと包まれていてよく見えなかったが、視界にちらっと入った頭はかなり白っぽい金髪だった。
エメラインの髪の色に近いなと思って見ていると、担架はそのまま空艇に収容され、すぐに飛び立っていった。
船が小さくなるのを見届けると、クリスに話しかける。
「それじゃあ、わたしたちの荷物を降ろして運べるようにしようか」
あたりを見回して人数を確かめる。あの車は大きいけれど一度に全員は無理だな。荷物もいっぱいあるし。
「クリスとディードはすぐにオリエノールに戻らないといけないの?」
「まだわからない。レタニカンに着いたら司令部に連絡してみます。カレンの話だと、エムが代わりにセインで仕事をしてくれているみたいなので、すぐに行かなくてもいいような気はしますが……」
クリスは肩をすくめると言い足した。
「とにかく、今日は揺れないテーブルで晩食にありつけるかと思うとホッとしますよ」
「確かに、帰りの海はかなり荒れていたからね。やっと外海に慣れたと思ったのに、あれでだいなし。今度はエムも必ず連れていかないと。やっぱり空のほうが快適だよ」
***
車が戻ってくる音が聞こえ、ミアが船に上がってきた。
「どうでした?」
「ああ、ノアは無事に医務室に入った。フィオナがいろいろ準備していてくれたよ。カレンたちは少し様子を見てから戻ると言っていた」
「それでは、ロメルの人たちと荷物を運んでもらえますか?」
「よし、わかった。まず荷物を積み込んじゃおう」
すぐにレオンの運転で第二陣が出発する。
入れ代わりに空艇が戻ってきた。
船から降りてきたカレンが言う。
「念のために、ノアと一緒に運んできた医療器具も上に持っていくことになったの。装置を解体するのに時間がかかるみたいなので少し待つわ。それが終わったらイオナと一緒に上がるから、あなたたちは先に車で行ってちょうだい」
「わかった。レオンが戻ったら出発するよ」
***
レオンが帰ってきたので、船に鍵をかけ残った全員が車に乗り込む。
「この車、妙にきれいだね」
隣のミアが体を近づけると声をひそめた。
「今日、買ったばかりだからね」
「えっ、今日? 誰が?」
「もちろん、あんたのお母さんに決まってるさ。今朝になって、レタニカンに車がないことに気づいたんだよね。そしたらポンと買ってしまった」
「ま、まさか、ひとりで買いに行ったのじゃないですよね?」
「安心しな。あたしが一緒に行って段取りしたから」
そう聞いて思わず胸をなで下ろした。変な車を買わせられなくて本当によかった。
「ありがとう、ミア、助かりました。カレンと一緒に買い物に行ったことがあるけど、何でも店員がお勧めするままに買ってしまうんだよね」
ミアはクスクスと笑った。
「まあ、大方予想はつくさ。あんたのお母さんはいたっておおらかだから、細かいことはこれっぽっちも気にしない。ありゃ絶対に商売人にはなれないな」
「同感です。そういえば向こうで……」
「なあ、あんまり噂をすると、あとでとばっちりが来るぞー」
まじめな顔で言うミアをしばらく見つめる。
「……まさか、会話までは」
「それはわからないよ。何たってあんたのお母さんはすご腕だからね」
ミアにそう言われると思わず信じそうになるが、いくらカレンでもそんなことはないだろう。
絶対ミアにからかわれているに違いないとこっそり見るが、先ほどからいやにご機嫌な様子。何かいいことでもあったのかな……。
いや、待てよ。そうか、シアがいたっけ。もしかして、シアに聞かれているかもしれない。あたりをそっと見回す。
幻精は、人の行為に干渉はしないし、ましてや告げ口などするはずもない。それでも何か的を射た質問をされれば素直に答えてしまうかもしれない。
やはり、気をつけるに越したことはない……。
「なあ、シャーリン、お母さんのことだけど、どう思った?」
「どうって?」
「ほら、しばらく会っていなかっただろ?」
「えっ? ああ、そういえば少し雰囲気が違ったような気がするけど、それはミアも一緒で……。あれ? でも、髪ならこの前と同じだし……」
「そうかい……」
「えっ、何か気になることがあるんですか? それなら……」
「いや、いいんだ……」




