238 気まずい再会
ようやく港が見えてきた。
シャーリンは操船室から出ると階段を下り船首に向かった。第二川港に入り奥に進む間に、手をかざしてまだ遠い岸壁に目を凝らす。
きっと迎えに来ているはず……。ああ、いた、いた。さかんに手を振っている。こちらも両手を大きく振りまわす。
その向こうにはイオナの空艇が止まっていた。
もっと近づくとカレンから少し離れたところにミアが立っているのを発見した。この目で見るまでは信じられなかったけれど、本当に生きていた。
何ごともなかったかのように元気そうな姿を見て、なぜか目頭が熱くなってくる。
接岸すると真っ先に船から降り、待っていたカレンの背中に手を回す。
しばらく無言で抱き合っていたが、ようやく体が離れると、カレンが両肩に手をかけてこちらを見た。
「よかった、シャルが無事で」
「うん。危ないところだったけど、イオナたちに助けてもらった。……お母さんはちょっとやつれたんじゃないの? 大丈夫?」
「平気、平気。このとおりよ」
くるっと回って見せたが、そのあと少しよろめいた。慌ててカレンの腕をつかむ。
少しばつが悪そうな顔を見せたが、すぐにカレンは手を離した。
「さあ、ミアが待っているわ。話してらっしゃい」
こくんとうなずくと、先ほどから同じ場所でまじめな顔をしているミアのところに歩み寄る。
「ミア、あのー、ミアが生きていて本当によかった。あの時は酷いことを言ってごめんなさい。わたしは、わたしは……」
「シャーリン、あたしのほうこそ謝らないと。あんたに嘘をついた。本当にごめん」
もう何も言えずにミアの背中に手を回した。
しばらくしてから、少し体を離しミアの顔をじっと見る。
「どうかしたか?」
「髪が長いとずいぶん雰囲気が変わるなと思って。背丈のちょっとした違いを除けば、メイとそっくりで見間違えてしまうよ。それに、服もいつもと違って、すごく……おとなって感じ」
「こらっ、言ったな」
ミアは自分の服を点検するように下を見た。
「まあ、この服はカレンのお母さんのを借りてるからな。メイが戻ってくるときに、家に寄って服を取ってきてくれることになってるんだ。それまでは……しょうがない、おとなの魅力っていうやつを演出しておくか」
見回せば、カレンはクリスとディード、それに、フィオナやフェリシアと楽しそうに話をしていた。
向こうから重そうな荷物を引っ張りながら現れた人たちにカレンが近づいていった。
そばに止まっている大型車を指さしているカレンと話しているのはレオンだ。
彼もかなり雰囲気が変わったなと考えていると、こちらに向かって歩いてきた。これまでのことを思い出し、いささか緊張して待ち構える。
レオンはすぐそばまで来るといきなり頭をがばっと下げた。
「シャーリン、本当にすまない。あんなことをして。おれは何度も許されないことをした。本当に申し訳ない。きっと許してはもらえないと思うけど、これからおれは……」
突然、どういうわけか気が抜けたようにホッとした感情に包まれた。
「あのう、レオン。カレンに攻撃を向けさせるなんて、いま思えば酷いことをさせられたけど、本当にものすごい体験だったけど……」
いつの間にかレオンの隣に立って神妙な顔をしているミアのほうをちらっと見る。
「つまり、あなたのことを完全に許したわけではないけど、この話はこれっきりにしたいです。あんな経験はさっさと忘れたいから。それに、あなたがミアの大事な方であるならば、わたしもあなたと……これからは普通にお付き合いしたいですし」
「ありがとう、シャーリン。ミアがあんたのことを気に入っている理由がよくわかったよ」
ミアが慌てたように言う。
「シャーリン、あたしからも謝るよ。レオンがあんなことをしたのは半分はあたしのせいだから」
「もういいですよ。この話はこれっきりでやめましょうよ」
ミアの手を取って見上げる。
「前にも言ったかもしれないけど、わたしはミアのことが好きですから」
「あたしもだよ、シャーリン」
望んでいた答えとともにがしっと抱きしめられた。
ミアの抱擁から何とか逃げ出して言う。
「それより、おふたりはもう……」
慌てたようにミアが否定した。
「いやいや、まだだよ。この前ステファンには話したけどね」
「どうでした? お父さんの反応は?」
「別に見た目は普通だったけど。まあ、内心では驚愕していたかもね。お別れの会までして見送った娘が、連れ合いになるんだという人を伴って、あの世から戻ってきたんだから」
ミアはクックッと笑ったが、そのあとレオンと目を合わせ、ほかの人には見せないような微笑を浮かべた。
まあ、レオンはとんでもない人だったけれど、こうしてミアと見つめ合っているのを目の当たりにすれば、ふたりは愛し合っているのだなと思う。
カレンが近づいてきて今後のことについて説明を始めた。
「すみませんが、フィオナとフェリシアは先に行ってもらって、みんなが泊まれるように準備してもらえますか? 全部で二十人くらいになりそう。ミアには一緒に上に行って鍵をあけてもらいたいの。車の運転はレオンにお願いするわ。道はわかる?」
てきぱきと指示を与えたカレンはこちらを見た。
「あとの人たちは車が戻ってくるまでムリンガで待っていてちょうだい」
シャーリンと一緒に船に乗り込んだカレンはあちこちを珍しそうに見回した。
この船に乗るのは初めてなのだと気づき、船内をぐるっと案内する。
カレンは、第二操船室にすごく興味を持ち、あれこれと質問してきた。わかっている範囲でできるだけ答える。
この船を飛ばしたときのことが知りたいらしいと気づき、エメラインとディードが飛翔術を使った様子を詳しく話して聞かせる。
操船室に行くとリンがいつもの場所で外に顔を向けてじっとしていた。ご主人が戻ってきたというのに、いつもどおりなのには感心してしまう。
カレンが椅子に座ると、リンはくるっと頭を回してこちらを一瞥したあと、慎重な足取りで歩いて机からトンと降りるとカレンの膝の上で丸くなった。
リンの頭の後ろを撫でながらカレンはこちらを見た。
「それで、エンファスでの交戦のあとカイルはどうなったの?」
「それがね、はっきりしないんだよ」
「えっ?」
「あの日……」
カレンたちが森に入ってからのことを話す。
港から離れたところに隠れて、ニコラの遮へいでしばらく時間を稼ぐつもりだったのが、カイルたちは上陸すると大勢でまっすぐこちらに向かってきた。
あれよあれよという間に戦闘になり、こちらは町を抜け森のほうに後退するしかなかった。日が昇って間もなくイオナの空艇が現れ、森の前でカイルたちを攻撃し始めた。
「気がついたら、彼らはあっという間に撤退して船で立ち去っていた。何が起きたのかまるで見当がつかなかった。イオナが現れたからといって、こちらが優勢に立ったわけでもない。もしかすると、カルがいないことに気づいて攻撃をやめたのかとも思ったんだけど、結局何もはっきりしないままに終わってしまった」
「そう。それじゃあ、イリマーンに向かったのかしらね」
「しばらく空から監視していたイオナもそう言っていたよ」
「それから?」
「戻ってきたイオナと少し話をしたあと、船は国都に帰っていった。その日もエンファスに泊まって、翌日お母さんの服を受け取り宿を引き払ってね。借りた車の運転はスタンたちにまかせて、ムリンガは先にワン・オーレンの港まで戻ったんだ」
カレンは笑顔でうなずいた。
わたしだってちゃんと学習する。
「車を返し交易品を積み込みいろいろと面倒な手続きをしたあとは、イオナの船の準備ができるまで待った。結局、出発したのはそれから二日後だった。帰りは普通に海を走ったから五日もかかったよ。けっこう海が荒れてね、大変だったんだ。エムがいてくれれば飛行できたんだけどね……」
「それは悪いことをしたわ。でも、こっちもエムが必要だったのよ。彼女がペトラに飛翔術の訓練をしてくれて、あの格納庫にあった空艇で北まで飛べたんだから」
「あの船を飛ばしたの? ペトラにできたの?」
「ええ、何とか。エムが言うには、ムリンガのような扱いにくい特殊な船とただの小さな偵察艇は全然違うらしいから。まあ、わたしも少し手伝ったけどね……。とにかくエムがいてくれて助かったわ」




