235 真実と向き合う
マレとロイが帰るとすぐに、カレンは自室に向かい内服に着替えた。
やれやれ、これで楽になった。
厨房からふたりの声が聞こえたかと思ったら、ミアが顔を出し晩食の用意ができたと言う。それを聞いたとたんにとても空腹であることに気づいた。
大きなテーブルの片隅で、三人は並んで席につき無言で食事を摂った。それから、居間に戻りソファに座ると後ろに寄りかかる。なんか休憩してばっかりだわ。早くもとに戻さないと。
考え事をしているとミアに話しかけられた。
「ほかの三人の予定はどうなってる?」
「ああ、すみません、言うのが遅くなって。ペトラとエメラインはまだセインにいます。いろいろと仕事を割り当てられているみたい。メイもロメルのお仕事でお父さまと忙しくしていました。明日から会議があるとかで。移住計画に関することらしいです」
「そうか。それなら、もう何日か待たないといけないな……」
「うーん、みんな忙しいのに、わたしだけ暇で帰ってきました。……ああ、それで、留守中に何か変わったことはあった?」
「いいや、平和そのものさ。ステファン以外には来客もなし。食べて運動して寝る毎日」
「それはよかったじゃない。そういう穏やかな日々が一番よ。そうだ、大事なことを忘れていました。明日、みんなが帰ってくるの、ムリンガで」
「そうか、そうか、そいつはいい。久しぶりに違うことができるな。ところで、向こうであったことを聞いてもいいか?」
「ええ、もちろんです。……あそこでケイトと話ができました。それで、いろいろわかりました」
ケイトと話した内容について、そして帰ってからみんなで議論したことを説明する。
それから、あの医療用ベッドに備わっている調力装具について話す。時伸でも時縮でも体の状態を保ち、力髄の機能を維持できることも。
「あとは、ノアの到着を待つだけ。ムリンガが明日帰ってくるのなら、ノアの乗った船も明日中には到着すると思うけれど」
「そのノアっていう子はイオナの弟だっけ? イオナはあそこで……」
ミアが顔を一瞬しかめたのが見えた。
「ミアがイオナによくない感情を持っているのは十分に理解しているつもりです。あんなことが起きて酷い目にあって死にかけたのですから。でも、彼女は悪い人ではないです」
「ああ、カレンの考えはわかっているし、そのノアに何の責任もないのは知っているさ。だけど、あそこで攻撃してきた船に乗っていたんだろ?」
「そうですけど、あれは、トランサーを攻撃したのであって、わたしたちを標的にしたのではないです」
自然に声が大きくなってしまう。
「イオナはそう言っていましたし、わたしもそれを信じます」
「ふーん」
ずっと黙っていたレオンが会話に加わってきた。
「なあ、ミア、おれはそのイオナっていう人のことは知らないけど、あの船の行動はカレンの言うとおりだと思うよ」
「なんで?」
「いいかい? あの白い船は戦闘用のつまり軍艇だろ。大型の戦闘艇が防御フィールドを張れば、普通の作用者が破るのはまず無理だ。穴がない限りね」
「うーん、考えてみればそうだな」
「それをミアとシャーリンで落とした。おれが考えるに、あの船は例の丘の上のトランサーを一掃して、そのすきに着陸しようとしたんだと思う。だからフィールドを切り替えていたんじゃないかな」
レオンはこちらをチラッと見て軽くうなずいた。
「そうか……着陸……。うーん、確かにレオンの言うとおりだな。あたしたちが戦闘空艇を落とすことなんて普通じゃ無理だ」
「だから、イオナはおれたちを助けに来たんだと思う。で、おれたちはその差し伸べられた救助ロープを自ら切り落としたってわけだ」
「ああ、そうなるな……。えーと、カレン、すまん。あたしが間違っていたよ。カレンの言うとおりだ。そのイオナって人には謝らないといけないな」
心からホッとする。
「納得してもらえてよかったです、ミア」
レオンの口添えにも礼を言う。
「まあ、どっちにしても、あたしたちに命をくれたのはカレンだから」
うなずき合うふたりを見て思い出す。レオンがわたしの甥で、ミアは彼の従妹になることを。
「だから、それはわたしではなくて……」
「ああ、わかっている。でも、カレンが協約とやらを引き受けてくれたから、あたしたちは救い出されたんだよ。つまり、カレンがいなければ助からなかった……」
そこが違うのよね。わたしが決める前のことだもの……。
「はあ。では、そういうことにしておきます。本当は全然違いますけどね」
「よし、よし。……それじゃあ、そのノアについて教えてくれるかい?」
「はい。ノアは、ハルマンはアデルの男の子で、歳はたぶんメイと同じはずなのだけど、約四年間時縮状態にあるから、見た目は十四か十五だと思う」
それから彼について知っていることを話した。
***
早く寝るようにとミアがうるさいので、ノアの受け入れ準備は翌日の朝に行うことにした。さっそくベッドに入ったものの、目が冴えてしまってなかなか眠れない。ついには諦めてベッドから滑り出ると隣の部屋に向かう。
戸棚を開いてエレインの残した帳面を引っ張り出した。パラパラッとページをめくる。どこを読めばいいのかしら。
確か裏と言っていたっけ。
帳面を閉じて裏返す。いろいろな角度から見るが特に変わった感じはない。手を当ててみても反応はなかった。
もう一度、最初からページを送る。帳面の最後のほうにも白いページが続いているだけだった。
帳面を膝の上に置いてしばらく考える。裏、裏……。
もしかして……。帳面を回転させて逆さまに持ち、ついで裏表紙が表になるようにひっくり返す。それから手のひらを押し当てる。一瞬だけ光った。やはり……。
それから、ゆっくり帳面を開くと、白紙だったページに手書きの文字が並んでいた。
出だしにはこう書かれていた。
カレン、あなたがこれを読んでいるということは、あなたの目覚めに立ち会えなかったということです。
あなたが永い眠りから帰ってきたとき、あなたの記憶がまだ保たれているのかどうかわからないけれど、万一に備えてこれを残します。
その懸念はどちらも当たりです。お母さんはここにはいないし、わたしの記憶は全部なくなってしまいました。
帳面をストンと膝の上に下ろすと、しばらく天井をボーッと眺めていた。
それからパタンと閉じた帳面を持って部屋をあとにし、居間を通り抜けて厨房に向かう。誰もいない。ミアとレオンは自室に引き上げたみたい。
お湯を沸かし時間をかけてお茶を入れる。それを持って自室まで行き扉を閉める。新しく入れてもらった机に向かって座り、ひとつ深呼吸して気を落ち着けた。
お茶を一口味わってからもう一度帳面を開く。
最初に、あなたには謝らないといけない。このような事態になってごめんなさい。
わたしがうっかり話した計画にあなたを巻き込んでしまって。兄たちの失敗のツケを押しつけてしまった。
あなたにばかり負担をかけることになってしまい、とても心苦しく思っています。
これは、わたしが娘たちと海に向かう計画のことね。
まず、あなたの素性について話しておかなければなりません。
まだ記憶が残っているといいのだけれど、ケイトとあなたはわたしの姉ダイアナの娘です。しかし、間違いなくわたしの娘でもあるのです。
やはり……。けれども、両方の娘とはどういう意味だろう?
レムルのダイアナは小さいときからわたしの唯一無二の親友でした。
姉妹の契りを交わしたのは当然のことです。
子どものころは、兄を交えて三人で遊び、訓練をしたりいろいろと学んだりしました。そして、彼女が兄の伴侶になったのは、それはもう自明のことでした。
ダイアナが兄と一緒になってからは、わたしは南の地に引っ越し、新たな居を構えカダルを名乗りました。




