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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第2章

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232 掘り出しもの

「さてと、マックスの店に行ってみる?」

「別に今日じゃなくていいよ。(ひど)怪我(けが)をしたんだし、疲れているから……」

「平気、平気。少しは動かないと……」

「本当に大丈夫?」


 ペトラは疑わしげな顔をしていたが、カレンが足をパッパッと動かしてみせると渋々うなずいた。


「それじゃあ、ここで待っていてくれる? カイに話してこないと」

「カイに?」

「ふたりだけで出かけたりしたら大騒ぎになるから」

「確かにそうね。衛府(えいふ)の方々に迷惑をかけるわけにはいかないわ」


 急いで部屋から出ていったペトラはなかなか戻ってこなかった。

 通路の椅子でぼんやりと待っていると、彼女がようやく現れた。なぜか、その後ろにぞろぞろとたくさんの人が従っている。

 視線を戻し不満そうなペトラの顔を眺める。


「どうしたの?」

「こんなに大勢になっちゃった……」


 えっ、この人たちみんな付いてくるの?




「どうして?」


 ペトラの後ろにいたカイが説明した。


「カレンさん、ちょうどいいタイミングでした。実はこちらも同じ店に用事がありまして」

「ああ、そうなのですか。びっくりしました。こんなに大勢とは、買い物がたくさんあるのですね」

「ああ、まあ……いや、実を言えば、ソラが注文していた品物を受け取りに行くので」


 そう説明されて視線を動かせば、ソラがかばんを持って立っているのが見えた。

 モリーを初めとする武装した兵士たち、それに今まで会ったことがない二人の作用者を眺めた。


「それでは、あとの人たちは……」

「もちろん、護衛です。今はクリスもディードもいませんから」

「エムもアリーにつかまっているしね。参謀部に引っ張られてなんか大変みたい。あれはきっとクリスの身代わりだな」

「そういうわけでお供させていただきます。すぐに車が来ますから」

「はあ、わかりました。でも、少し歩きたいです。体慣らしのために。天気は悪くないですし」

「承知しました。それでは徒歩で参りましょう。こちらです」




 こんな一団でマックスの店に押しかけて大丈夫かしら。

 外に出れば空気は相変わらず冷えていたが、風はおさまっていて、先ほどより寒さを感じない。

 歩きながらカイが説明を始めた。


「この前ここでカレンさんを襲った連中のことですが……」

「わたしもお聞きしたいと思っていました。何か判明したのですか?」

「はい、少しだけですが。どうやら彼らはハイネンの者たちのようです」

「ハイネン……というと、西の果ての?」

「そうです」


 ペトラが疑問を口にした。


「どうして、そんな遠い国から……。何が目的なの?」

「そこまでは不明です。彼らはすでに死んでいるので。これ以上調べようがありませんでした。でも、ハイネンはインペカールと非常に関係が深いので、もしかするとかの国が関わっている可能性もあります」




「結局、何もわからなかったということ?」

「そうじゃないわ、ペトラ。ありがとうございます、カイ。これからは十分に気をつけますので」

「それにしても、インペカールだとしたら……」

「まだ、そうと決まったわけじゃないわ、ペトラ」

「だって、ハルマンでも襲われたんでしょ。その時もセインの時と同じように作用者じゃない人たちだったんでしょ。だとしたら……」

「そこまでよ、ペトラ。そっちはイオナが調べてくれているから、そのうち何かわかると思うわ。それまでは……とにかく気をつけます」

「そのハルマンでの事件について何か判明したらこちらにも教えていただけますか?」

「はい、もちろんです」


 ハイネン……。遠すぎてどのような国なのか何も知らない。それに、目的は何だろう? ペトラにはああ言ったのに、自分でも考えがぐるぐるしている。これはもうやめないと。頭を何度も振って邪念を追い払う。



***



「着いたよ、カル」


 幸いにも、カイとソラ以外の全員が店の外で待機することにしたようだ。

 中に入るとすぐに主人が近づいてきた。


「これは、ペトラさま、カレンさん、ようこそお越しくださいました」


 あれ? 前に来たときに名乗ったっけ?


「ペトラはここで買い物をしたことがあるの?」

「一度だけ、フィンと一緒に」


 ああ、なるほど……。


「本日は何をお探しでしょうか?」


 店の中をぐるりと見回す。以前に来たときとまったく変わっていない。

 向こうではすでにソラが店員と話をしている。カイは離れたところをぶらぶらと歩いていた。


「この前、購入した色ペンのセットを一つ……」


 少し考え訂正する。


「二つにします。画帳を四冊、それから、替えの芯柱も一そろい……いいえ、三セットいただくわ」

「かしこまりました」


 マックスは後ろに控えていた店員に目で合図した。




 あとは……どうしようかな。


「以前に買った単眼鏡を覚えていますか?」

「はい、もちろんです。特注品のことですね」

「あれと同じものは手に入るかしら?」

「そうですね。あのような作用者向けの品はなかなか出てこないのですが、ご希望でしたら入手できるように当たってみることは可能です」

「ぜひお願いします」

「でも、必ず手に入るとお約束はできないのですが」

「ええ、もちろん、かまわないわ」


 ほかには何かないかしら。キョロキョロしながら店の中をぐるっと一回りする。ペトラとマックスはひそひそと話を交わしながら後ろを付いてきた。

 立ち止まって考えていると、うっかり思考が口に出てしまう。


「何か作用者向けの掘り出しものはないかしら……」




 少しの間、こちらを見ていたマックスは思案顔になった。


「……これはまた難しいご依頼ですな……」


 ごめんなさいね、考えなしで。

 しばらく黙っていたマックスは軽く手を打った。


「そういえば、倉庫に眠ったままの……一品がありました。何かの書物ですが」


 後ろからペトラが声を上げた。


「本? 作用者向けの?」

「あ、はい、おそらくは。わたくしにはとても中身を確認できませんが……」


 ペトラの声が一段高くなった。


「ぜひ、見せてください!」

「わ、わかりました。あちらの椅子におかけになって少々お待ちください。さて、どこにしまったか……ちょいと探す必要がありますので」


 ペトラのらんらんと輝く目を見ながら言う。


「お願いします」


 マックスが頭をかきながら奥に引っ込むと、すぐにペトラに向かって話した。


「あまり期待してはだめよ。ミンには立派な図書室があるのでしょう? そこにない本がここで売られているとはとても思えないわ」

「そ、そうだよね。うん、たぶんね。もちろん、期待しないで待つことにするよ」




 かなり待たされてからようやく戻ってきたマックスは、何かを大事そうに抱えていた。本と言っていたけれど持っているのは金属でできた箱に見えた。

 そばまで来ると、その箱をテーブルの上に静かに置いた。


「こちらです」


 そう言いながらくるっと向きを変えて滑らせてきた。

 それは本当に金属の箱だったが一面だけ透明になっている。中には確かに濃い緑色をした本らしきものが収められていた。


「ずいぶん厳重ですね?」

「買い付けた時からこのように箱に入っていたらしいです。どうぞ開いてお手にとってご覧ください」


 確認するようにペトラがこちらを見たので軽くうなずく。

 彼女は箱を引き寄せると、羽目子になっている透明の蓋を引き上げた。深緑の表紙が姿を現し、箱に入った状態のまま慎重に表紙を開く。さらにページをめくって確認を始めた。

 とても分厚い表紙で紙も板のようにしっかりしている。よく見れば、本が厚い割にはページ数が少ないように感じる。




「どう?」

「少なくとも見たことはない。これは、メリデマール語で書かれているけど、文体が古くて難解だな」

「読めるの?」

「まあね。作用者向けの本はたいてい古いものだし、メリデマールで書かれた教えが多いから、だいぶ勉強はしたよ。それでも、全体が古メリデマール語となると……一読では内容がさっぱり入ってこない……」


 ページをめくる静かな音だけが聞こえていたが、すぐにペトラがこちらを見た。


「全然読めないところがたくさんある。きっとこの引用されている部分は……」


 ペトラが指さした箇所には二重の波線で囲まれた長い文章が見えた。


「……たぶんもっと古い言葉だと思う。……この見慣れない文字、そうだ……イスのかもしれない」

「イス……」


 つまり、大戦争より前、イスかあるいは二大帝国の書物からの引用がされているの? あの戦争では知識も記録も記憶すら大部分が失われたと聞いた。どうしてそのようなものがここにあるのかしら。

 さらにページをめくる音が何度かしたあと、本の最後にたどり着いた。そこでペトラは凍り付いたように動かなくなった。




 しばらくすると、最後のページの下を指さしたペトラが顔を上げた。


「ねえ、カル。ここ、見て」


 (のぞ)き込む。ペトラが示した箇所には四角に囲まれた複雑な模様が描かれていた。はて? これはもちろん記憶にない。首を横に振る。


「歴史の本だけはまじめに読んだからね。これはメリデマールの最初の国章だよ」

「えっ? それが国章?」

「メリデマールは確か途中で国章を変えたんだよ。いつだったか正確には覚えてないけど。だからこれはかなり古い本に違いない」


 それからそばに立っているマックスを見上げた。


「これ、どうやって手に入れたんですか?」

「えーとですね、記録では、先代がウルブの商人から買い上げたものです。……確か、メリデマールがインペカールに併合された年に、ウルブで持ち込まれた書物が次々と転売されて、わたくしのところにたどり着いたようです」

「つまり、あの混乱時にメリデマールの文館か図書室から持ち出された本の一冊なのか……」




「最初に入手された時からこのように箱に入っていたのですか?」

「そのようです、カレンさん。中に小さな容器が収められているのが見えると思いますが、それが書を損なうのを防ぐ効果があるようでして。このようなものはきわめて珍しいです。これまでに数点しか見たことがありません。それが長い間、本の状態を良好にしているのだと」

「すごいよ、カル。これ……ほしい」

「そうね。ペトラが見たことがないものなら、きっととても貴重な本よね」


 それからマックスのほうを向いて尋ねる。


「これはいかほどですか?」


 マックスはなぜか申し訳なさそうな顔を見せた。


「本の裏に表示されていますが、その一番下が現在の額でして……」


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