24 何かできるはず
ジャンに続いて船室を出ていったソフィーは、しばらくすると戻ってきて、カレンの前の椅子にこちらを向いて座った。
「さてと、あんたを捕まえておけば、あの国子さまもそのうち現れるだろう。おおかた、少し離れたところにでも隠れているんだろう?」
ソフィーはカレンをじっと見た。
カレンは、ひるむことなくソフィーの目を見つめ返しながらも、一心に考えていた。
どうしよう? ウィルは大丈夫かしら? 感知力を使って探したいところだが、懸命にこらえた。
レンダーなしでも使えることをこの人たちに教えるわけにはいかない。
「だんまりかい? まあ、いいさ。サム、ジャンが戻ってきたら船を出せ。彼らは予定を変更してアッセンの先のミラスで待っている」
「へい、ボス」
彼ら? 誰のこと? 他にも仲間の作用者がいるの? いったい、この人たち、そんなに大勢で何をするつもりなの?
カレンがいろいろ考えていると、かすかな震動とともに船が後退を始め、すぐに回頭して前に進み始める。
立ち上がって首を伸ばし窓から外を見ようとした。
「ちゃんと座ってな」
後ろからマットの声がした。しかたなく、カレンは再び腰を下ろす。
もはや何もできることがなく、考えるのにも疲れ、いつしか居眠りを始めた。
***
誰かの声にビクッと目を覚ますと、カレンは背中を伸ばした。
操舵室から呼ぶ声がする。前方の席でひそひそ話していたソフィーとジャンが立ち上がった。
彼らは前に向かったが、すぐに引き返してきた。
カレンはふたりを訝しげにじっと見つめる。
「マット、この先で国軍が何か調べている。操舵室に行きな。この前のようにうまくやってくれ。あたしたちは、ここでおとなしくしてる」
ソフィーは考え込むような仕草をした。
軍の臨検かしら? カレンは窓から何か見えないかと首を伸ばす。突然、後ろからごわごわした布のようなものが顔に回され、口に食い込んできた。
「変なまねをしないように。念のためだ。動くなよ」
ジャンの声がした。
彼とソフィーがカレンのすぐ後ろの席に座るのを感じる。
「ジャン、力を使うんじゃないよ」
「わかってる」
カレンは懸命に考えた。その船にこちらのことを知らせる手段があれば……。
何か使えるものがないか、左、右と見回す。何かできるはず。考えるのよ。軍の船に助けを求めないと。
急に心臓がばくばくしてきた。息が荒くなる。
突然ひらめいた。
軍船ってことは作用者が乗っているに違いない。受け身でわずかに感知を開いた。すぐにレセシグを感じ、ソフィーが遮へいを張っているのがわかる。
ジャンは本当に何もしていなかった。受け身でなら感知力を使っても、相手には気づかれないはずなのに。
なんで、こんなに静かにしているのかしら?
カレンは、感知力を徐々に遠くまで広げてみた。
すぐにレシグを捉えた。これかしら? 少し力を弱めた。
突然、船が減速して体ががくっと前のめりになり、思わず力を引っ込めてしまった。
見ると、前を行く船も速度を落としてはいるが、それでも止まらずに進み続けている。
左の前方に、こうこうと明かりをつけた船が見えてきた。
体を回したとたん、後ろから肩を掴まれた。
「動くなって、お嬢さん」
あの船の注意を引ければ……。
どうしよう? 考えるのよ。何かできることがあるはず。もっと考えて。
突然、答えがわかった。向こうの感知者の注意を引けば何とかなる。
カレンは、後ろにいるジャンの様子をそっとうかがった。大丈夫、何もしていない。
安心して探り当てた感知者に向かって力を使う。はっきりとわかるように、何度も。
何の変化もない。なんで気づかないの? 緊張で冷や汗が出てきた。
向こうの船が左に見えてきて、通りすぎようとした時だった。
突然、拡声器を通した声が響き渡った。
「エトガル、停船せよ! そちらに乗船する。後続の船は減速してそのまま待機せよ」
カレンは、一瞬で感知力を引っ込めると、体を硬直させた。
この船の名前、エトガルっていうのか。何の関係もないことに感心した。
ジャンは、カレンの肩を押さえていた手に力をこめながらつぶやいた。
「どういうことだ?」
「わからない」
振り返ると、ソフィーは左後方から近づく船を見ていた。
銃を構えている人がかすかに見えたような気がする。
突然、ソフィーが叫んだ。
「サム、止まるんじゃないよ」
再び、拡声器による声が聞こえた。
「繰り返す! エトガル、停船せよ!」
「ジャンはここで見張ってて!」
ソフィーは立ち上がると前に向かって声を張り上げた。
「サム、合図をしたら全速。振り切るよ」
「何をする気だ? ソフィー」
ジャンは反対の手でカレンの肩を押さえ直した。
ソフィーは右舷の扉をあけると、そのままにして船尾に向かう。
カレンはかすかなアシグを捉えた。
まさか、軍の船を攻撃するつもり? でも向こうには防御者がいるはずよね、軍船だし。
カレンは、ジャンの様子を確かめながらも、すばやく感知力を働かせ、アセシグを探した。
うそ、感知者しか乗っていないの? これじゃ、ソフィーの攻撃力の前では無力だ。船が速度を上げて近づいてくるのが見えた。
こっちにも感知者だけが乗っていると勘違いしたのかもしれない。
さっと血の気が引くのを感じた。次の瞬間、逆に体が火照り、思わず唇をかみしめた。
どうしよう?
そっと振り向くと、ジャンは相変わらずカレンの背中を椅子に押さえつけてはいたが、完全に振り返ってソフィーの動きを追っている。
カレンは開いたままの扉を横目で見て、間合いをはかった。
ソフィーの大声が聞こえた。
「いまだ! 全速!」
ちょっと間があって、船が突然がくんと速度を上げた。
ジャンの手が一瞬緩んだのを感じたとたん、カレンは肩を捻って彼の手から逃れるなり、開いていた扉に突進して外に飛び出た。
振り向きざまに扉を蹴って叩きつけるように閉める。
すぐ船尾に向かって走り、追ってくる船に向けて手を伸ばしているソフィーの背中目がけて、無我夢中で体当たりした。
ソフィーが攻撃を発するのとほとんど同時に、カレンはソフィーにぶつかり、もつれ合うようにふたりとも倒れた。
カレンは甲板でくるりと一回転したあと、必死に起き上がって後ろに目をやる。
間に合わなかった。
追っ手の船から炎が噴き出るのが見え、絶望感に襲われる。
すぐそばの船尾柵が大破して煙を上げているのが目に入った。
カレンは何とか立ち上がって振り向いた。再び攻撃しようとするソフィーに向かって走る。
とっくに態勢を整えていたソフィーは、カレンの後ろに向けて手をひと振りした。
カレンはそのままソフィーに飛びついたが、突然、左肩に激痛が走り、たたらをふんだ。
射線に触れた?
そんな考えが浮かんだ瞬間、ジャンが目の前に現れて、したたかに蹴り飛ばされた。
カレンは後ろ向きに倒れ、甲板をごろんごろんと転がる。手すりに背中を激しく打ちつけ息が止まった。
もう一度、立ち上がろうとした時、さらに速度を上げた船が跳ねるように大きく揺れ、またも背中から倒れていった。
縛られた手を伸ばしたが、手すりには届かなくて甲板に転がる。
そのままずるっと滑って、壊れた柵の間から落ちていくのを感じた。
体が回転して、カレンの目には、遠くに燃え上がる火の手が映りこみ、耳には爆発音が鳴り響いた。
船から怒鳴り声が聞こえたと思った次の瞬間、背中が水面に叩きつけられ、そのまま、水中に沈みこむ。
衝撃で息が吐き出されると、あっという間に水が顔を覆い、満天のきらめきが揺らめく水に閉ざされた。
体がゆっくり回転していき、あたりが暗くなるのを感じる。
頑張っても背中の手のいましめが解けない。体を起こすこともできない。息がもう続かない。
ウィルはムリンガまでたどり着けたかしら?
ごめんね、シャーリン。また失敗しちゃった。
もうだめ。
やがて、周りの川の流れがわからなくなり、代わりに水の温かさだけを感じる。
そういえば、二回目だ、今日、川に飲み込まれるのは。カレンの頭をそんな考えがよぎるとともに意識が遠のいていった。




