228 力髄と精華
カレンは迷っていた。
小さな子どもが理解できるように説明するのは難易度が高すぎる。どうしたらいいかしら。
マヤの力髄はまだ眠っている。まだないものを感じなさいと言っても所詮無理だわ。
普通ならたぶん、まず力絡を目覚めさせて流れを作る。ほかの人の作用を捉えてそれを力絡の流れに乗せる。それが力髄に伝わり活性化を促す。そして、活性した力髄は作用者自身を支配し能力を引き出す。
真剣な顔でこちらを見上げるマヤの青い目を覗き込む。
少なくとも抽象的な話はだめよ、カレン。もっと具体的でないと。
うーん、それなら……。
「力髄からの一番太い力絡、つまり、作用の通り道は……」
いったん手を離して左腕を伸ばす。右手でマヤの指をつかんで、力絡の通っている場所をなぞるように動かした。力髄から脇の下を回り腕の下側に沿って手首まで進める。
「……そして、端っこは手首から手のひら全体に広がっているの。マヤの中にもよ」
手のひらを握り直してマヤと目を合わせる。
「……だから一番敏感なここ、手のひらを使うのよ」
首を縦に動かすのが見えたので、マヤの手を力髄の真上に戻した。
「手のひらは作用の通り道だけど、同時に力髄の目であり耳でもあるの。こうやって力髄の上に手を当てると、わたしの力髄からの声を聞いたり、作用が発動するのを視たりできるようになるわ。でもそれにはまずマヤの力髄と手のひらをつなぐ力絡を目覚めさせて、そこを行き来する力の流れを作らないといけないの」
「うん」
見上げてうなずくマヤはにじり寄ってきた。腰にずしりとくる。
「その練習をするには……」
しばしマヤにもできそうなことを考える。
彼女を抱えたまま腰を回して横向きになる。手を押さえたままマヤの腕がまっすぐに伸びるように上体を倒し、頭をクッションに落ちつける。
若干前屈みになった彼女の手のひらが、ちょうどいい具合に力髄の真上に密着した。
「これで、マヤの力髄が力絡を通ってわたしの力髄とつながったわ。こうやって腕をまっすぐにすると作用が通過しやすく、そして強くなるのよ。だから、わたしたちが全力を出すときは腕を、普通は力髄に近い左腕をピーンと伸ばすの」
うなずくのを確認する。さて、問題はここからだ……。
両手をマヤの力髄に近づける。
「まず、ここ、マヤの力髄の中にお水がたくさん入っていると思い浮かべてみて」
「お水?」
「そう。そのいっぱいの水をちょっとずつ手に向かって注ぐのよ」
両手を力絡に沿って左右に動かし、ついで腕の裏側を辿って手の甲までずらす。
「お水がマヤの腕の中をまっすぐに流れ落ちていって、そして、手のひらからじわっと出ていく感じ……」
「……手から水を出しちゃうの?」
「うっ……そうよ」
気を取り直す。
「手から出たお水がわたしの力髄の中にしみ込むと、マヤの力がわたしに届くのよ」
マヤはきちんと理解してるかのように、じっと聞いている。
「次は反対方向ね。わたしの力髄の声を聞き取れるようになれば、その声が手のひらから温かい流れとして入ってくるわ。その流れが今度は腕の中をどんどん上っていって、最後にはマヤの力髄の中に注がれるの。そうやってわたしの力髄とお話しするの。どう? 想像できたかしら?」
「……、……」
やはりわかっていなかった……。
いつも自然にやっていることをいざ言葉で説明しようとすると難しい。
とりあえずマヤが飽きる前に本番に進んでしまおう。
「最初の練習は腕の中を通る力絡に流れを作ることよ。力髄と手のひらの間をぐるぐると何度も繰り返し流れるの」
「ぐるぐる……うん」
わたし自身はこのような練習を本当にしたのだろうか。記憶は残っているはずもなくまったくわからない。
養成所でマヤくらいの歳の子どもたちに教えたことがあると聞いたけれど、実際どうやったのだろう? このようなやり方でいいのだろうか。
手の位置がずれないように押さえたまま言う。
「さて、始めようか。最初に、手のひらにぐっと意識を集中して。しっかり集中してー。いい? じゃあ、まずは、お水をゆっくりと流してみようか……」
少し首を傾げていたマヤはこくんとうなずいた。
しばらくすると、どういうわけか手のひらをちょっと丸めて力を入れてきた。
あらら、そうではないのだけれど……まあいいか。
「この場所は手の感覚としてしっかり覚えるのよ。そして繰り返し練習するのが大事」
マヤは両手を少し広げると、すぐにまたすぼめた。
そのかわいらしい動作を見ながら考える。思っていたのとは全然違うけれど、これはただの遊びだし、とりあえず好きなようにさせようかしら。
何度かきゅっ、きゅっと繰り返したあと、突然両方の腕を突っ張るのが見えた。ねえ、マヤ、力の入れすぎよ。こんな子どもでも握る力は強いことを初めて知った。
「上手にできるようになれば、力髄だけじゃなくて、ありとあらゆる生き物の根源がマヤに話しかけてくれるようになるわ。今はできなくてもいいの。それが普通だから。マヤがもっと大きくなったら、いつかある日突然、パッと何かが変わる瞬間がやって来るわ」
神妙な顔から答えが返ってきた。
「わかった」
マヤは大きく息を吸い込んでからつぶやく。
「手にぐっと……」
目はぎゅっと閉じられ、力を入れては緩める……。
流れを作るだけなのにどうして手に力が入ってしまうのかしら。
わたしの教え方に問題があったのは明らか。
繰り返すほどにどんどん力強くなってくる。直感に従って始めた方法はとんでもない方向に進み始めていた。どこでやり方を間違えたのだろう。この方法はもうやめたほうがいいわね。
その時、頭の中に言の葉が浮かんできた。
一見何の意味もない行為にも一つの真実がある。
これは誰だったかしら。……生き物が営む行為にはすべて因果関係があり、そして、あらゆる行いには代償が伴う……。
今のところ、ほかの方法は思いつかないし、これがマヤにとって力髄を活性化させるまでの近道の可能性はある。よし、直感を信じてもう少しだけ続けよう。
彼女の中に変化が現れないかと注視していると、突然かすかな流れを感じた。
我ながら驚く。マヤはただ闇雲に手を動かしているのではなかった。
最初はわずかだった振動が、繰り返すにつれてまだ糸のように細い力絡に沿って動くはっきりした流れに変わった。
何度もすぼめては広げる。マヤの息づかいがしだいに大きくなってきたが、それに比例するように力絡の流れも強く速くなる。
これはすごい……。たぶん……正解に通じる道だわ。
力髄の場所のことなどとっくに忘れ去られ、今や全体をつかんでいた。
あらっ? 目の前のものをしばし見つめる。反対側をちらっと見たあと目を閉じる。これはどういうことかしら。
いずれにしても、力絡が活性化してしまえば手の場所などもはや関係ない。
方法もその結果もすべては予想外の展開を辿っている。
突然、力絡が前より太くなっているのに気づく。
ああ、そうだったのか。わたしは、精華が果たす役割についてまるで理解していなかった……。
一心不乱に反復するマヤは目を閉じたまま。もろ手で力を入れるのを間近で見れば、息を止めて待ち受けてしまう。
先ほどから、何かチリチリとしたものを手から感じるようになった。いったいこれは何かしら。
初動するずっと前に基礎訓練を行う意味をようやく理解した。それは優れた精華を形成するため。命を授かった瞬間から定められている精媒とは違い、精華は努力を積み重ねて形作るものなのだわ。
ピンと伸ばした腕の指先に力を込めることでまっすぐで太い力絡が発達する。しかも、お互いが結ばれているため、手から流入する力がその成長を助けている。
少し前から気になっていた疑いがまた首をもたげる。このチクチクは……もしかして……わたしの作用と同調しているの? 力髄から吸い上げたわたしの力を放出している? いや、いや、それはあり得ないわ。自分の中にそんな感じはない。
それにマヤはケタリではないし、第一まだ子どもよ。
力が入る前に身構えてはみたものの、手が緩んだあとにはしびれを感じる。
今ではマヤの手から出た流れがはっきりと伝わってくる。こちらの呼びかけもちゃんと届き手から取り込めている。つながることで互いの力髄が共鳴し合い同じような精華を形作ろうとするみたい。
わたしの力が後押ししているとしても、すごいわ……まったく信じられない。
力髄から伸びる力絡はどんどん厚みを増し、手のひらに行き渡る枝線がみるみる増え密になっていく。体内で成長する木、それが力絡の本質であり精華の正体。太くまっすぐな幹と大きく広がる無数の細枝。
この樹木こそが各人の作用の強さ、効力、そして緻密さ、器用さを決定づけるものになるのだわ。
マヤの中の力はどんどん膨れ上がっていた。活性が進む早さには驚嘆するばかり。そして、事態は最初の意図とは全然違う目的地に向かってつき進んでいる。
たまに刺すような痛みを感じるようになった。おなかに力を入れて我慢する。
それにしてもなぜこんなことをするのか腑に落ちない。ほかの力髄のすぐ近くに手を置きつながったために、活性が急速に進むのは理解できる。しかし、この動作が精華を写し取る理由がまるで解せない。
でも、こうなったら、とことんおやりなさい。あなたの一心一意にはわたしも本気で応え全力を尽くすから……。
それにしてもすごい頑張り屋さん。ただの遊びのはずがこんなに真剣に、そして長続きするとは想像すらできなかった。
突っ張った両腕が固くなったかと思うと、手に力が入る。
「うっ……」
まるでトゲのある手で触られているかのよう。涙が滲んでくる。
しかし、樹形が広がり作られた精華の風姿を目の当たりにすれば、ズキズキを堪え時間の経過を忘れることだってできる。マヤの成長のためなら頑張れる。
それにしても、別の作用が加わらないとこうならないはず。他からの力といえばやはり接触しているわたしが原因としか考えられない。どうすればこの逆流を修正できるのかしら。
思いあぐねている間にも習練は続いた。
気づけば、マヤの中の力絡はほぼ完成し、まるで鏡を通して見ているようにきれいな樹形が広がっていた。ああ、もう十分だわ。
しびれを伴うようになってからどれくらいたっただろうか。とっくに我慢の限度を超えていた。




