224 臨む人になるには
「話を戻すけど、その進行中の儀式はどうなるわけ?」
カレンはペトラに目を向けて肩をすくめた。わたしにも理解できていないことをきちんと説明できるわけがない。
「この世界から、そしてシルの森からも作用を吸収し続けている。だから、トランサーは無限に生み出される。わたしたちの世界から力が枯渇するまで……」
「うん、それはもうわかったよ。それでカルはその協約とやらを引き継いで大地を蘇らせるの? そんなことが本当にできるの?」
「もちろんできっこないわ。わたしたちにはとても無理。レイの長もそう言っていた。今は以前と違い作用者も減っているし幻精はもっと少ないからと」
「それじゃあ……」
「ユアンの計画はもう無理だけれど、まだ続いている術式を終わらせることはできる。……というか、終了させるのがわたしの役目だと言われたわ。それに、わたしの親が失敗してこの大陸をこんなにしてしまったのなら、わたしにそれを何とかする責任があると思うの」
「それはわかったけど、悪いのはその儀式に介入したやつだよね。そいつを見つけて……」
「見つけられたとしてどうするの? その人を探し当てて糾弾して責任を押しつけても何も解決しないわ。もう何十年もたっているのよ。その人が生きているかどうかも定かでない」
「うん、でもね、わたしなら……」
「わかっている。ペトラが許せないと思うのは……。わたしだって同じよ。でもね、この世界の状況を何とかするのが先よ」
「……うん、そうだね。結局、大勢の作用者が目指していた計画が失敗したのだから、作用者たちで何とかするべきだよね。カルがひとり頑張ることじゃない」
ザナはパタパタと手を振った。
「それで、その協約を終わらせるには何をすればいいの?」
「それは、シルがお膳立てすると聞いた。シアもたぶんそれで留守なのだと思う。わたしがするべきなのは……輪術式に臨む人たちを集めること。長にはそう言われたの。まだ……そろっていないと」
「わたしにはカルみたいな力は全然ないけど、それでも、そのカルのやろうとしていることを手伝わせて」
「ありがとう、ペトラ。でも、輪術式を執り行えたとしても、ユアンたちのように失敗するかもしれない。これはとても危険な儀式なの。それにあなたを……」
「ねえ、カル、わたしはカルに会った時から、お母さんのことを信頼しているし最後まで付いていく。別にお母さんじゃなくてもね」
「そのそろえる人の中にわたしは入っているんだろうね?」
そうザナが言えば、メイも声を上げた。
「わたしもお母さんと一緒させてね。お役に立てるかどうか、自信はないけど」
「もちろん、わたしのことも忘れないでください」
エメラインが言葉を結んだ。
「ありがとう、みんな。でも……」
ペトラがすばやく口にした。
「具体的にはどう言われたの?」
目を閉じ記憶を掘り起こしてそのまま声にする。
「根源が結ばれた六人の長けた術者と、この者たちと組む二界四素の使い手がいる。この六人とつながるさらに六人の術者も要する。それは、未だ完全な形でそろってはいない」
「つまり全部で十二人? 大勢いるんだね」
「あのね、ペト、ユアンの計画の時はもっとずっと多かった。何十人どころか数百人だったかもしれない……」
沈黙を破るようにザナがひっそりと口にした。
「メリデマールをからっぽにしてインペカールの侵攻を許したくらいだから、きっと当時のメリデマールにいた作用者のほとんどかもしれない」
「それで?」
「みんな、勝手にわたしがやることに巻き込んでしまってごめんなさい。いつも……」
「あのね、カル、水くさいこと言わないで。誰もそんなこと思っていないよ。少なくともここにいる人たちは」
突然エメラインが口を開いた。
「カレンさまはわたしたちの寄る辺、いわば屋台骨なのです。わたしたちに安寧を授けてくれるのだから、わたしたちはそれに全力で答え倒れないように支えるのが役割です。だから、カレンさまは自分の思ったとおりに行動してください。わたしたちも足手まといにならないように付いていきますから……」
ペトラがエメラインをまじまじと見ていた。
「ねえ、エムはすごくいいことを言うよ。そのとおりだよ」
「……からかわないでください、ペトラさま。そのう、ここに居づらくなるじゃないですか……」
「ありがとう、エム。とてもうれしいわ。でも、その、さまって言うのはもうやめてね」
「こっちもだよ、エム」
「は、はい、わかりました、カレン、それに、ペトラ」
「うん、それでいい。もちろんわたしたちはその協約とやらに従ってカルと一緒に行動するよ。根源が結ばれた、というのはきっと、シャルとミアとメイとわたしのことね。それと……おそらくイサベラもだね?」
口をつぐんだままうなずいた。
「長けたっていうのがちょいと引っかかるけど……まあ、いいや。それで最初の六人ははっきりした。あとの六人もカルとつながりがなければならないの?」
「ええ、たぶん。力を結集するには結びつきが強いほどいいはず。今回は限られた人数なのだからなおさら。それに、一緒に戦ってくれる幻精との組み合わせで決まるのだと思う。ニアとシア、ティアとリアは手として参加するの。それからわたしの知らない二体の使い。記憶が正しければ、ライアとユアラ」
そう話しながらザナとエメラインの顔色をうかがう。ふたりはそろってうなずいた。
ザナはティアから何か聞かされているのかしら。
エメラインの口調は静かだが強い決意が感じられる。
「わたしには資格があると思いますよ。今ではカレンがわたしにとって一番……大事な方ですから」
ペトラがそっと口にした。
「うん、エムはカルを母親と見なしているから大丈夫」
「ペ、ペトラさま、そのようなことを皆さんの前で言わないでください……」
ペトラはエメラインの申し立てを無視して続けた。
「ザナにはお母さんがいるけど、それ以外の全員はカルをお母さんと思っているから、結びつきなら問題なし」
「ペトラ、いったい何を言い出すの? エムが困っているじゃない」
「大丈夫です、カレン。わたしの母はもうこの世にいないのです。それで、ペトラにはうっかり話してしまったのですが、シルを出てから……不思議な感じがしていて。うまく言えないのですが、レタニカンに滞在していた時も……あなたのことを……」
エメラインの顔つきが急に変わったように見えた。いつもよりずっと幼い子どものような表情に。




