223 引き継ぐ条件
カレンは腕を組んで考え込むペトラを見ながら、これからすべきことに思いを馳せていた。
「つまり、紫黒、今ある月白の海の核は、その儀式に加わった大勢の作用者と幻精だというの?」
「ええ、正確には、彼らの意識だと思う」
「ああ、そうか。そうすると、その強大な意識の塊に引っ張られて、カムランで眠ってしまった四人の意識も引き込まれたの?」
「たぶん……ね」
「それじゃあ、同じことをカルが実行すれば、カルもあそこに囚われてしまうの?」
「それはないと思うけど。ほら、イサベラを力覚しようとしてケイトと同じことを試みたと話したでしょ。それは結果的にはうまくいかなかったけれど、その時は何も起こらなかった」
あの部屋だからという可能性はあるが、何となくそうではないと感じていた。あれにはきっと別の原因が存在するはず。
ペトラはまた考え込んでしまったが、代わりにザナが口を開いた。
「前からそれについて聞きたかったんだけど、どうして力覚しなかったのか、心当たりはあるの?」
「それはきっと、わたしが変だからです。みんな、わたしがケタリだと言うけど、わたしは違うのじゃないかという気がして……」
「そんなことはないよ。カレンは間違いなくケタリだ。でも、力覚しないのはそれとは全然関係ないと思う」
「どうしてですか?」
「別にケタリだから力覚できるわけじゃない。ケタリになる素質のある者の親だからできるんだよ」
「あのー、ザナ。わたしには理解できていないのですけど、どうやってケタリになるのですか?」
「それは難しい質問だね。わたしはケタリじゃないからね。それに、ケタリになる仕組みはきちんと解明されているわけじゃないんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「どうして同性の親でなければならないのか。普通の作用者が突然ケタリになることがあるのはなぜなのか? ケタリの子どもでも、ケタリとならないことがある理由は? どれも定かでないことばかり」
「どうやってケタリになるかは、決まっていないという意味ですか?」
「そう。親が子を力覚しているというのすら違うかもしれない」
思わずザナの顔を見つめる。
「えっ?」
「よく考えてみて。素質があるのは子どものほうなのだから、子どもから何かアクションが発生すると考えるのが自然でしょ」
「それは、つまり、ケタリの種を持つ子どもが、その同性の親とつながることで何かが起きる。そういう意味ですか?」
「ただの仮説だけどね。だから、そのイサベラのほうに何か問題があったのかもしれないよ」
突如思い出した。イサベラには深刻な病がある……。
「でも、それなら、シャーリンやメイはどうなるの? 全員に問題があるとはとても思えないのですけど」
「うーん、そう言われるとそうなんだけど。まあ、こればかりは、何かのきっかけで物事は進むかもしれないとしか言えない。単に今はその時じゃないのかもしれない……。待つしかないと思う」
「はい。まだモヤモヤしてはいますけど、ちょっぴり気が楽になりました」
ザナはため息をつくと続けた。
「だいぶ話がそれたけど、その協約に従って儀式とやらが行われたの?」
「はい、シルが幻精たちを送り込んで、作用者たちと大地を復活させるための輪術式を執り行なったのだと思います」
「それで、その協約をカレンが引き継いだというのはどういうこと? 儀式は失敗したのだから、協約はそこで終わったんじゃないの?」
「協約は成就するか停廃するかのどちらかで終了するのだと言われました。でも輪術式の途中でみんなが、ダイアナ自身も相方の幻精も消滅してしまったから、儀式はまだ進行中らしいの。少なくともレイの長はそう話していたと思う」
ペトラが仰天したような声を上げた。
「進行中? つまり、そのねじ曲がった儀式が今なお行われているというの? 誰も残っていないのに? どうやって?」
「そんなの、わたしに説明できるわけないじゃない。だって、その輪術式がどういう儀式なのかも知らないのだから。とにかく、はっきりしているのは、輪術式なるものが進行中で、この大陸から力を吸収し続けていること。それがもとになってトランサーが無限に生み出されている。そして作用力はシルからもどんどん放出されている。輪術式のために大きな力を使用した上に、その後も流出が止まらないので、シルの力は弱まっていると言っていた。だから、それを止めたいのよ。それにはこの協約をどうにかする必要があるらしいの」
「ええっ? そんな、何も知らないまま、進行中の協約を果たすことを引き受けたの?」
ペトラは何度も首を振った。
「会ったときから思ってはいたけど、カルは、相当のお人好しだね。というか、はっきり言えば……世間知らず」
「すごい言われようだわ。……そうかもしれない。でも、協約を引き継ぐ資格があるのはおまえだけだと言われたら……それを断ることなどできないでしょ」
「断れるよ。ん? カルにだけ資格があるって言った? それ、どういう意味?」
「確か、レイの長から聞いたのは……ダイアナの血を継ぐものでなければ……」
そこで、ハッと気がついて続けようとした言葉を飲み込んだ。
どうして、わたしはいつもいつも大事なことを見落としてしまうのだろう?
上を向いてぎゅっと目を瞑った。もっと早く気づくべきだった。あの話し方、ケイトはもちろん知っていたに違いない……。そうだとしたら……。
「ねえ、カレン……」
メイがポツリと口にした。
「そのダイアナはユアンの連れ合いだったわね。わたしのおばあちゃんはユアンの妹でしょ。つまり……」
ペトラがこくりとうなずいて、メイの言おうとした続きを口にする。
「ダイアナの血を継いでいるのはレオンであって、ケイトとカレンではない。でも、カルがレイの長にそう言われたのなら、もしそれが正しいのなら……カルもダイアナの娘ということになる」
カレンはペトラをぼんやりと見たまま何も言えずにいた。
「カル? 大丈夫?」
「えっ? もちろん大丈夫よ。わたしは間抜けだわ。つまり、ペトの言うとおりね。シアはともかくレイの長が、シルが間違えるとは思えない。どうしてそういうことになるのかしら。もう、誰が誰だかわからなくなってきちゃった。ねえ、ザナは何か知っているの?」
そう問われたザナは首を横に振った。
きっとザナのお母さんは、ディオナなら知っているに違いない。今度、会いに行ってみなければ……。
ペトラが厳かに話をまとめた。
「まあ、ひとつだけ確かなのは、カレンとケイトは双子であって、そして、ダイアナの娘。エレインじゃなくて」
「そんなこと、お母さんは何も教えてくれなかった……」
つぶやくメイが聞いてくる。
「でも、どうしてそうなるの?」
「今度、ケイトに会ったときに聞いてみる。たぶんあなたのお母さんはわかっていたはず……このことを。まったく……ちゃんと教えてくれればいいのに……。まあ、わたしも記憶をなくす前は知っていたのかもしれないけどね……」




