222 幻精とのきずな
全員が料理と鑑賞を楽しみ、終わったところで、メイがワゴンから大きなカップを次々と取り出して甲板に並べた。続いて見るからに重たそうなポットを持ち上げお茶を入れ始める。
これだけ補給すればたぶん少しくらい動いても大丈夫よね。そうカレンは考えた。
体を起こしてベッドから出ようとしたところで、テーブルの上をエメラインと一緒に片付けていたザナの声が飛んできた。
「まだだめよ、カレン。うかつに動くとまた倒れる」
もういいような気はするけれど、ここはザナの言うことに従っておいたほうがいい。素直に体を戻すとクッションに寄りかかって楽な姿勢を取った。
試食の会が終わってから、ティアたちは隣のベッドの上に移動して、それからずっと何やら話し合っているようだった。
見た目ではただふわりと浮いているだけのように見えるけれど、三体の間で人には聞こえない会話が飛び交っているのは間違いない。食事の内容について意見交換しているのだろうか。
話の内容などわかるはずもないけれど、見たところかなり熱心な様子だ。
時々誰かが飛び回ると、そのまとう淡い光が少しだけ明るくなっている。やはり彼らが身に付けている服を通して放つ光彩は、興奮の度合いを表しているのかしら。
きっとそれなりの収穫を得たに違いない。それに、こうやって三体が一緒にいるのを見れば、この中で誰が優位なのかは見当がついてしまう。
幻精に上下関係があるのかは知らないけれど、人のようにお互いの関係が見えてしまう。それは、彼らがものすごく長い時を人と接して過ごし、その振る舞い方に染まってしまったからだろうか。
「さて、カレン、何があったのか詳しく聞かせてちょうだい」
幻精たちから目を離し、ザナのほうに向き直る。
「はい。えーと……」
メイが渡してくれたお茶の温かさを両手に感じながら考える。どこから説明すればいいだろうか。
「イリマーンのカムランの館で眠っている四人のことは、出かける前に話したと思います」
ザナがうなずくのを確認して続ける。
「ケイトがイサベラを力覚しようとした時に、何か予想外の事故が起きたと聞きました。その結果、ケイト、エレインとトーマス、それに、イサベラの兄グレン、この四人の意識がどういうわけか分離して、北の海の原初に囚われてしまったのだと思います。三年近くたった今でも、彼らは生命維持装置につながれたまま生き続けています」
一息ついてお茶を味わう。
「四人が死んでいないのだから、どこかに行ってしまった意識と体の間の結びつきが、まだ切れていないと思ったのですが、それは原初に降りたって確信しました」
「どうして?」
「あそこでケイトに言われました。カムランに残された体が消滅すれば、自分たちの意識も消えると」
そう答えるとザナはうなずいた。
「カムランで四人を見た時は何もわからず、彼らの意識が原初にあるという考えには至りませんでした。単に昏睡状態になっているだけだと思ったのです。でも、イサベラから、権威ある者による究明のことを聞き、四人の意識が抜け落ちているらしいと教えてもらいました。シルに連れていかれレイの長と話をしたあと、それが正しいと確信するようになりました。それに、ケイトに会いに行くようにと言われたのです」
「レイの長に?」
「はい」
「それはつまりこういうことね。あなたがイサベラと対面し、ケイトたちがどういう状態にあるかを見いだした結果として、レイはあなたたちをシルに招いた」
ザナはまだ議論に熱中しているらしい幻精たちに顔を向けた。
「当然だけど、シルは自分たちの利益にならないことはしない。どうして、呼ばれたの?」
「幻精がシルの意志に従って行動しているのは知っています。シルに連れていかれたのは、わたしが協約を引き継ぐとシアに言ったからです」
ザナは再び幻精たちにちらっと目をやったあと尋ねた。
「その協約について教えてちょうだい。わたしは聞いたことがない」
カレンはこくんと首を動かした。
「そもそもの始まりは、ユアンの立てた計画からです……」
レイの長とシアから聞かされた話を繰り返す。
ユアンが大戦争で荒廃した大陸を蘇らせる壮大な構想を作り上げた。そして、彼の伴侶であったダイアナがシルに助けを求めてやって来たこと。
それまでずっと黙ったままだったペトラが声を出した。
「どうして、ユアンじゃなくてダイアナなの? ユアンの考えた計画なんでしょ?」
自然と頬が緩むのを感じた。誰だってそう思う。つまり、わたしたちには理解の及ばないことが多すぎる。
「わたしは知らなかったのだけれど、男の人は幻精と意志の疎通を図れないらしいの」
「へえっ、そうなんだ。どうしてだろう?」
「わからないわ。とにかく、ユアンの計画を実現するためにダイアナはシルに援助を求めた。大陸全体を蘇らせることなど、ユアンたちメリデマールの作用者の力がいかに強かったとしても、このごろの作用者にはとても無理な話よね。それくらいはわたしにも見当がつくわ。この大陸をこんなにしてしまった、大戦争のころの作用者にはできたかもしれないけれど……」
「そうだね。あの戦争はガムリアの姿を変えた。とても凄まじい力が使われたに違いないよ」
「シルはここ大陸に緑が戻れば、そこから生み出される精気の恩恵によって、この世界全体に満ちる作用も増大し、結果的にシルの力も大昔のように強大になると考えたのだと思う。ユアンたちはメリデマールの作用者を結集し、そして、シルは大勢の幻精を送り込んだ……」
メイが口をはさんだ。
「確かレオンが言っていたわね。ユアンの計画は失敗して……それでトランサーの海が生まれたと……」
「ええ、あの時は信じられないと思ったけれど、レイの長からほとんど同じ話を聞かされたから、レオンの言ったことは間違いではなかったみたい」
ペトラが尋ねる。
「どうして失敗したの?」
「エレインがユアンたちから聞き出してわかったのは、何かが、あるいは、誰かが計画を妨害したらしいこと」
「妨害? 誰かがわざとやったというの? そんなことができるの?」
「ケイトは、強大な作用を解放する時に、その同調力に偏向が加えられたのではないかと言っていた。でも、本当のところははっきりしない」
「ちょっと待って、カル。ユアンから聞き出したと言った? だけど、ユアンたちは北に出かけたあと、帰ってこなかったんでしょ?」
「うん、それはね、レイの長は、えーと、確か、何かに乱された輪術式が間違った方向に突き進んだ結果だと言っていた。大地に緑を復活させる代わりに、大地そのものを破壊する異なる存在が出現したと。そして、その時に儀式に参加していた作用者とそれに大勢の幻精たちはみんなそこに取り込まれた。というより、そのものたちがトランサーの出現核になってしまったと言ったほうが正しいかしら」




