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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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23 潜入してみれば

 カレンは、ウィルの隣で、船着き場が見渡せる建物のかげにうずくまっていた。

 問題の船はもっとも下流寄りの桟橋、ここからは一番遠い位置に停泊している。


「何かわかりました?」


 カレンはささやき声で答える。


「少なくともあのふたりは、近くにはいないわ。今は遮へいしている。船の中にはほかに誰もいないと思うけど、ここからじゃ遠すぎて確かなことはわからない。そばまで行って確かめないと」

「ここからは真っ暗で何も見えないですね。船灯りもつけてないのかな?」

「そうみたいね」

「そういえば、彼らはどうして遮へいしてなかったんですか?」

「自分の船で移動中は必要ないと考えていたんだと思う。それに、四六時中、作用を使っていたら疲れてしまうのよ」

「そうなんですか」

「うん。さあ、行きましょ。急いだほうがいいわ。彼らが戻ってくる前に中を調べないと」




 ふたりは、小走りで船着き場の端っこに向かった。

 突き出た桟橋に走りこむと、立ち止まって舷側を背中にしてうずくまり、船の中の気配をうかがう。

 カレンはすぐに立ち上がった。


「誰もいないわ。中に入りましょ」


 この船は川艇だから、ムリンガと違って船の高さは低い。すんなり船べりをまたぐと甲板にとんと降り立った。

 さて、どこから調べるべきかしら?


「まずは、操舵室ですよね」


 ウィルは右を向くと船首に向かった。


「それじゃ、わたしは後ろを見てくる」


 ランタンを最小の明るさに絞って途中の窓から中を(のぞ)くと、暗くてよくは見えないものの、普通の座席がたくさん並んでいた。かなりの人が乗れる船のようだ。

 荷物を運搬するためのものじゃない本当の客船。


 さらに後ろに向かうともう一つ部屋があった。

 扉をあけるととても小さい船室で、中はがらんとしている。もの入れか倉庫かしら。

 ぐるりと見回すがそこには何もなかった。


 カレンは扉をそっと閉めると、ともを回って反対側に進み船首に向かった。やはり何か手がかりがあるとしたら操舵室しかないわね、きっと。




 操舵室にたどり着くと、ほのかなランタンの(あか)りに照らされたウィルの顔を発見した。


「何かあった?」

「いえ、カレンさん、今のところめぼしいものは何も。地図がたくさんありました。ミン・オリエノールの案内図に執政館の見取り図も。でも父さんの手がかりはないです。それに、ここ、鍵もかかってなかったですよ」

「後ろの船室の中は見た?」

「まだです」

「じゃ、調べてくるわね」


 操舵室を通って後ろの扉から船室に入ると、先ほど外から見えたように、座席が八列ほどと、作り付けの戸棚があった。

 先には、調理器具が備わった厨房がある。


 戸棚をいくつか開け閉めしたあと、カレンはため息をついた。何も収穫がない。これでは忍び込んでもむだだった。

 その時、すぐ後ろでウィルのささやき声がして、飛び上がった。


「カレンさん、灯りを消して。誰か来ます」


 カレンは慌ててランタンを消すと、顔を上げて感知力を解放した。

 作用者ではなかった。ああ、油断していた。


 この船の乗員が戻ってきたに違いない。

 当然よね。あのふたりはこの船を動かしてはいなかった。他に乗員がいるのはあたりまえなのに。


 必死に出口を探すと、厨房の向こう側にも扉があるのに気づいた。カレンはその扉を指差す。

 ウィルはうなずくと、かがんだまま出口に向かって移動した。カレンもあとに続く。


 ウィルはランタンを下に置くと、扉をちょっとだけ開いてすき間から外をうかがった。すぐに通れるほどに扉をあけて外に滑り出る。

 カレンも続こうとした時、男の声がした。


「おい! ここで何してる!」




 カレンが慌てて扉からするりと体を出して立ち上がると、ウィルの向こう側に男がひとり立っているのが見えた。

 ウィルがその男に向かって飛びかかるのと、男が左手に持っていた何かを持ち上げてウィルに向けるのが、ほとんど同時だった。


 バンという大きな音がしたあと、男が足をさっと出して右手をひと振りするのが見えた。

 その腕がウィルの背中を抱えて後ろに投げつける。ウィルは手を肩に当てたまま声もなく、手すりを越えて川に落ちていった。


 水しぶきが上がるのを見て、カレンは船べりに向かって走った。

 しかし、すぐに後ろから誰かに腕を(つか)まれてぐいっと引き戻された。その勢いで体がくるっと回り、船室の壁に叩きつけられて息が詰まった。咳き込みながら壁に両手を押し当てる。

 横から別の男の怒鳴り声が聞こえる。


「マット、なんでやつを撃ったんだ。機械式銃は作用者以外には使うなと言われてただろ?」

「てっきり、あいつが作用者だと思ったんで」

「作用者が人に飛びかかったりするもんか。しかし、こいつはあそこで見たやつだな」


 その男はカレンを壁に押さえつけていた手を離すと、彼女の両手首をつかんで持ち上げた。

 それから、袖を引き下げて相棒に見せた。


「こいつは何もつけてねえよ。作用者じゃない、ほら。おまえが川にたたき込んだもう一人も同じだ」

「で、どうします? やつは川に落ちたっきり浮いてこないですぜ。胸のど真ん中には命中しなかったんだがな。こいつは反動がきつくてうまく狙えねえ」


 カレンは息ができなかった。

 ウィルが撃たれた。でも、当たったのは胸ではなかったように見えた。


「たぶん、沈んだんだろうよ。浮いてくるかもしれねえから、もう少しそこで見張ってろ」


 男は腰から長いナイフをするりと取り出してカレンに振って命令した。


「そこから中に入って椅子に座れ」


 ウィルは大丈夫かしら? 死んでないわよね。

 感知力を広げてみるがすぐには何もわからない。代わりに、あのふたりの作用者が近づいてくるのが()えた。

 ああ、もうだめだ。


 感知力を急いで引っ込めて、気づかれないようにするのがやっとだった。

 カレンが椅子に座ると、男はナイフを腰に戻してカレンの両手を乱暴につかむと後ろで縛った。



***



 ソフィーとジャンが船室に入ってきた。

 カレンはゆっくりと顔を上げる。


「おやおや、またあんたかい。あいつら、またも逃がしたんかい。まったく使えねえやつらだ」


 ジャンがあきれたように首を振るのが見えた。


「もうひとりはどこだ?」


 ソフィーがカレンをまっすぐ見て言い放った。

 カレンを縛った男が代わりに答える。


「川の中に沈みましたぜ。マットが撃ちやがった」

「殺しちまったのかい?」


 ソフィーは気色ばんで睨みつけた。


「だめでしたか? ボス」

「台なしだよ。まったく余計なことを……」

「でも、あのぼうずが飛びかかってきたんで、しょうがなく撃ったんでさ」


 マットと呼ばれた男が言い訳をした。

 ジャンが驚いたように聞き返す。


「ぼうずって、女じゃないのか?」

「へい、こいつと男の子のふたりでさ」




 ソフィーはカレンに詰め寄った。


「もうひとりはどこにいる?」

「あなたたちが怪我をさせたから、村に置いてきたわ。とても具合が悪いのよ」


 カレンは顔を上げるとソフィーを睨んだ。


「怪我はおれたちのせいじゃないぜ」


 ジャンはカレンの後ろに回った。両手を持ち上げて調べられる。


「こいつ、レンダーを持ってない」

「ははあ、それを探しにあたしの船に忍び込んだんかい?」


 ソフィーは首を振るとあきれたように笑った。


「はるばるやって来たのにお気の毒だが、この船にはあんたたちの探し物はないよ」


 彼女は向きを変えた。


「ジャン、もうひとりも近くにいるに違いない。わかるかい?」


 ジャンは、ちょっとの間、考えるような仕草を見せたが、すぐに答えた。


「このあたりにはいない」

「絶対近くにいるって。新しく来た船がないか見てきてくれ」


 ソフィーはカレンをじっと見つめながら考えているようだった。


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