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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第2章

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218 もっと知りたい

「ラン、カムランでどうしてあんなことになったの?」

「あの日、ディランとイサベラに頼まれて彼女を力覚することになったのよ。別に何の問題もないはずだった。力覚の(たね)を持っている優秀な作用者をそのままにしておくわけにはいかないし。それに、イサベラはあんたの娘でしょ。あたしたちは双子なんだから、あたしでもいいはずだった」


 大きなため息が聞こえた。


「彼女を力覚しようと彼女と手をつなぎ同調力を使ったとたんに、どういうわけか力を制御できなくなった。あんなのは初めての経験よ。作用力を使ったわけでもないのに、彼女の力が自分の意志を持ったみたいに暴走して止められなくなり、それに気づいたみんながわたしたちを引き離そうと駆け寄った。そこまでははっきり覚えている。でも、あたしは、エレインとトーマス、それにイサベラの兄を巻き込んで、気がついたらここに囚われていた」


 イサベラとディランの言ったとおりだ。




「それで、元の体に意識を戻すにはどうすればいいの?」

「それについてはね、レンに頼みがあるの」

「なあに?」

「あたしたちの体はイリマーンにそのまま残っているのでしょ。それを消してほしい」

「消す? 消すってどういうこと?」

「体を消滅させれば、トランサーに囚われているこの意識も消滅する」


 意味がわからず、しばらくケイトの顔をみつめる。


「何でそんなことするの? そうじゃなくて、ここにある意識を自分の体に戻すのよ。そのためにわたしはここに来たのだから」

「それはだめ」

「どうして? わからない」

「それはね……、ねえ、レン、なぜトランサーが生まれたか知ってる?」


 カレンは首を何度も振った。知っているけれど言いたくない。




「トランサーの海の、原初(げんしょ)の核は、作用者たちの意識で構成されているの」


 やはりレイの(おさ)の言うとおりなの?


「ユアンとともに参画した大勢の作用者、それに、協力してくれたたくさんの幻精。もちろん、全員の意識はすでにトランサーの核と一体になっていて、もはやお互いに分けることも話すことも不可能だわ」


 ケイトはこちらに手を伸ばしてきた。


「トランサーができるだけ増えないようにあたしたちが抑えているの。でも、時間がたつにつれて難しくなってきた。もし、ここで、あたしたちが離脱したらその反動でトランサーの力が一気に増大するかもしれない」


 素直にケイトの手を取ることはできなかった。


「でもこれを抑え込んだ状態でわたしたちの意識が消滅したらトランサーの意識も弱まるはず。原初で発生する新たなトランサーもなくなるかもしれない。それが、ここに囚われている意識たちによる結論よ」


 激しく首を振る。


「そんなのいやよ。記憶のないわたしがやっと会えたランをこのまま消し去るなんてそんなこと絶対にやらないわ」




「これはね、ユアンとダイアナが始めた事業の結果なの。だから、わたしとあなたがその間違いを修正しなければならないの。それに、これはエレインとトーマスの強い望みでもある。あたしとつながるあなたのフランクの希望でもある」

「いやよ。そんなこと、絶対にだめ」

「ねえ、レン。お願い」

「どうして事業は失敗したの?」

「何かに妨害されたからよ。少なくともユアンはそう思っていた」

「妨害? 誰かがわざとやったというの?」

「わからないわ。でも、あの儀式に参加した者たちの誰かが、もしくは別の人かもしれないけど、つまり、解き放たれる寸前の同調作用に偏向を加えた。その結果、儀式は緑の生を育む大地を生み出す代わりに、破壊の源がもたらされた。そうとしか思えないの。苦労して聞き出したことはそんなところよ」

「いったい誰が?」

「何のためにそんなことをしたのかは今となっては誰もわからない。どうやって同調力に介入できたのかも」


 ケイトは声を大きくした。


「これでわかったでしょ。今しかトランサーを抑え込む機会はないのよ」


 別の道がすでに提示されている。


「ラン。シルの、レイの(おさ)が別の道を示してくれた。わたしはダイアナの協約を引き継いだの。だから、わたしはそれに従う。わたしたちとレイは原初を解放できる。だから、ランたちは死ぬ必要はないの。ランもお母さんもお父さんも取り戻すわ」

「協約を引き継いだ? ああ、つまり、あたしたちの……」


 こちらを見つめるケイトの顔には迷いが見られる。それでも、これでわかってくれるはず。


 ああ、でも、フランクはもう帰らない。彼には戻る場所がない。どうしよう。彼だけ残すなんてできない……。




 いつの間にかケイトの顔つきが変わっていた。何かを確信したかのような鋭い眼差し。これはまるで、娘たちに叱られたときと同じだ……。


「考えてみて、レン。わたしたちには、みんなそれぞれ役割がある。エレインとわたしは、大変な役割をレンに押しつけてしまった。記憶をどんどん失っているのに、レンは、その役目を簡単に引き受けてくれた。本当に強い感知力を持っているあんたにしか任せられないことだった。レンと子どもたちがそろえばトランサーを消滅させられると思っていた。当時のあたしたちは何も知らない大ばかだったのよ。今ではそんなことは無理だとわかっている。それなのに、ここで一番大変な役目をレンに押しつけてしまってごめん」


 ケイトの顔は今にも泣き出しそうに見えた。


「わたしたちはね、時縮を使っている間は記憶の欠如は止まると思っていたし、もしかすると封じ込められている記憶が戻ることすら思い描いていた。どうしようもないまぬけだわ」




「そんなことない。もちろん、わたしは与えられた役割は果たすつもり。でも、それはあなたたちの示したのとは別の方法でよ。わたしの役目はランを殺すことじゃない」

「あのね、レン。あたしは死ぬわけじゃないわ。もう、すでに死んでいるのだから。あたしもほかのみんなも、フランクも。だから、これ以上何かが変わるわけじゃないの。お願いよ。これ以上時間がたつと意味がなくなる……」


 突然、周囲がぼやけてきた。あたりの世界が崩れていく。体が揺らいでいる。


「待って、ラン! まだ聞きたいことが……」


 自分だけが暗闇の中に取り残されたのがわかった。あたりを見回すが何も見えない。考えても光の点すら現れない。

 その場にしゃがみ込んでしまう。結局、何がわかったの。

 ようやくここまで来たのに、自分たちを消滅させてと依頼されるなんて……。



***



「カル! カル!」


 何度も呼ぶ声がする。

 邪魔しないで。いま考えているのだから。これからどうすればいいかを……。


「カル、起きて、目をあけて。もう時間がないの」


 時間、何の? 時間ならとっくになくなっていた。もっと早く来られれば……。

 わたしが予定より早く眠らなければ……。あの、ディランと出会わなければ……。すべてが、やり直しできるのなら……。


 どうにも揺れると思ったら誰かが体を激しく揺さぶっていることに気づいた。

 しぶしぶ目を開く。目の前にペトラの顔がありびっくりする。


「なに? そんな怖い顔して」

「このままだとメイが倒れるよ。……ねえ、聞いてる?」

「倒れる?」


 しばらくしてやっと理解する。


「……そんなに時間がたった?」

「もう夜になったよ」




 夜? えっ? ケイトに会いに行ったのは夜中だったから……夜……。

 急に頭がすっきりする。慌てて起きようと手を伸ばすと、誰かが引っ張ってくれた。


「ああ、エム、ありがとう。夜って?」


 窓の外は確かに真っ暗だった。


「大変。メイは?」

「薬で頑張ってくれているけど、もう限界だと思う」

「すぐに出発よ。準備して!」


 エメラインとペトラは走って席に滑り込む。すぐにペトラが左手を差し出してきた。


「いつでもいいよ」

「行きましょう。始めて!」


 空艇が上昇を始めるとすぐに、後ろを見る。


「メイ、ごめんなさい。長居しすぎたわ。すぐに休んでちょうだい」

「お帰り……お母さん」


 たちまち寝息が聞こえてきた。




「それで、ちゃんと会えたんだね?」

「うん、会えるには会えたんだけど」


 そう言いながらメイの寝顔を見つめる。

 やはり、このまま、メイがケイトに会えないのは残酷すぎる。何とかしないと……。


「ケイトに言われちゃったの。自分はもう死んでいるのだから、カムランにある体は消してほしいと」

「何それ? 消すって、つまり……」

「まだ、意識はあるけれど、この世から消し去ってほしいということよ」

「どうして?」

「そうすれば、トランサーの原初を抑え込めるんですって」

「ふーん、戻す方法はないの?」

「わからない。教えてくれなかった。ケイトたちが抑えているトランサーの行動が、意識を引き抜くことで活発化するからとしつこく言うのよ。だけど、ここで体を消せばトランサーの主体性も失われるからと」

「そういうものなの?」

「全然わからない。でもね、レイの長からは協約の継続で何とかなると言われているの。だから、ケイトたちを死なせる必要はないの。わたしは何とかしてケイトたちを取り戻すつもりよ」


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