213 贈り物
すっかり引き込まれているらしいカレンのところに椅子を運んでいく。
「ちなみに、最初のいくつかをくれたのは、いま目の前にいる人なのだけどね」
「ええっ? そ、そうですか……」
「ふたりでお祭りに行ったことがあってね。その時に買ってもらったのがそこにある人形たちなのよ。だから、この箱庭と人形の家はカレンの趣味といってもいいわね」
「ああ、でも、確かにわたしはこういうの、好きですよ」
「おかげさまで森の妖精の国はここまで成長しました」
カレンは中腰になって真ん中にいる妖精たちに顔を近づけた。
「森の妖精の国……それ、どこかで聞いたことがあります。確か緑の妖精には羽があるはず。でも、これにはないですよね……」
思わず笑いが漏れてしまう。
カレンは振り返った。
「わたし、変なこと言いました?」
「いや、全然」
「でも、わたしが読んだ森の妖精のお話には……その物語では……」
いきなりカレンが小刻みに震え始めたのを見て慌てて近寄る。
カレンの体に手を回してぎゅっと押さえる。今はこれしかできないのが実に情けない。
しばらくそのままじっとしていると、長々と息を吐き出すのが伝わってくる。
「ザナ……もう平気です」
「本当に?」
カレンはくるっとこちらを向くと訴えるような目を向けてきた。
「わたし、自分のことがまるでわからなくて……怖いです。ロイスにいたころは記憶がないのを諦めていたと思うし、何とか自分を抑えていられました。でも、最近あちこちに行くようになって、どんどんわからないことが増えて、いろいろな人に……」
さらに早口になる。
「わたしは以前に何をしていたのか。何か酷い間違いを犯したのではないか。初めて会った人でも相手はわたしのことを知っているかもしれない。そうやっていつもびくびくして……」
「ハルマンでカレンのことを知っている人に会ったのね?」
「……イリマーンです」
「イリマーンに行ったの?」
「行きたくて行ったのじゃありません。気がついたら、カムランの館で……」
「カムラン……主家よね?」
「そうですよ、ザナ。それに……目が覚めたとたんに、わたしのことを母親だという人が現れて、それで……」
「えっ? カレンの子どもがカムランに?」
カレンの目は心なしか怒っているように見える。
「そうです。おかしいですよね。急にそのようなことを言われても、わたしは何も知らないし……」
カレンの子がイリマーンに。あり得るだろうか。
当時のことを思い起こす。カレンが眠りについた時、わたしはまだ六歳だった。
「ザナ、何かご存じなら教えてください。わたしは……わたしはこれ以上耐えられそうにないです」
カレンがこちらを見上げる顔は必死だった。
「あまり知らないの。まだ子どもだったのよ。わたしが聞かされたのは、二、三日、行方不明になったあなたを母たちが見つけた時には、すでに眠ってしまったあとだったということ。あなたの中にいた子は……そのままだと死んでしまうので人工子宮に入れたこと。そしてフランクがロイスに連れて帰った」
「……シャーリンは本当にわたしの娘なのですか?」
「そうよ」
「だとしたら余計にわからない……」
「その、イリマーンで会った子はいくつなの?」
聞く前から答えはわかっていた。カレンと一緒にいた母も知らないとしたら、行方不明だった時期に決まっている。
「イサベラはシャーリンと同い年です」
「それで、その娘の父親が誰なのかはわかっているの?」
「それが……イリマーンの王……」
「ああ、ああ……イサベリータ王女。……ということは、つまり、ディランと?」
「はい。どうしてそうなるのかさっぱりわかりません。わたしがその行方不明の間にイリマーンに行けたはずないですよね。それなら……」
すばやく考えを巡らせる。
「……これは、わたしの勝手な想像だけど、十七年前というとディランの姉が王でその子が王子だった。だからディランには行動の自由があった」
「どういう意味ですか?」
「イリマーンでは王はもちろん王子や王女も自国から出ることはない。国を離れると守りが手薄になり襲われる心配があるから」
「襲われ……」
「でも、継承から外れていればウルブに来られたかもしれない。そこで、事情はわからないけどあなたと会った。そして……その、イサベリータが誕生した」
「でも、自分では……」
「ええ、そうね。あなたが発見される前にその子は取り出された……たぶん、シャーリンより前にね……」
「そういえば、イサベラはグレース皇妃が代理母になったと……」
「ああ、そういうこと……。もしそうなら、ディランと一緒にグレースもこちらに来ていた可能性がある……。母はその時に何があったのか言わないけど、もっと何か知っている可能性はあるわね」
「もうひとつできました」
そう言うカレンの顔にはいつの間にか強い決意が表れていた。
「壁の向こうに行く理由が」
「どうしても行くつもりなのね?」
「ええ、遮へいがあれば今度は楽に原初まで行けるはずです。この前の場所ではなくてもっと先にいるんです」
「いるって何が?」
「ケイトたちです。まだ死んではいない。カムランで見ました、エレインとケイトたちが眠っているのを」
「えっ?」
「そうです。ケイトたちの意識はトランサーのところにあると……」
「なぜわかるの?」
「話しかけてきたことがあるのです。この前、あの壁の向こうに行った時です。あれは絶対にケイトでした。あの眠る四人を見たときにそう確信しました」
ケイトたちの意識がトランサーの中に? カレンに話しかけてきた? 本当かしら。そんなことが起こり得るだろうか。
「……わたしは幼いころに、ケイトとあなたの守り手になるのだと母から聞かされた。あなたの目覚めに立ち会いあなたの記憶がすべてなくなったのを知った母は……。あんなに取り乱したのはあの時だけだった。わたしは時間が解決するか、何かのきっかけで記憶が戻ると楽観していた。でも、それは間違いだった。ごめんなさい。あの時に……」
カレンは何度も首を横に振った。
「ザナが謝ることではありません。わたしは……きっと自分で決めたことですから」
かすかな笑顔で答えるカレンは落ち着いたように見えた。少なくとも一時的には。
***
カレンは元気に振る舞っていた。目的をはっきりさせたことが影響しているのだろうか。
「そうそう、忘れるところでした。実はこれなんですけど」
そう言いながらカレンは巾着の中から細長い包みを取り出しこちらに差し出した。
「気に入ってもらえるかどうかわからないですけど」
「わたしに?」
カレンから贈り物をもらうのはあの時以来。本当に驚いた。
渡された包みを広げるとスティングが現れた。それも、とても手の込んだ細かい飾りが施された逸品。手に取ってその繊細な工芸品をうっとりと眺めていると、心配そうなカレンの声が耳に入った。
「あのー、好みではなかったですか?」
「そんなことないわ。とってもすばらしい。ありがとう」
「もうひとつあるのですけど」
カレンは言いながら別の包みを取り出した。
現れたのは珍しい一本挿しだった。手に取ってよく見ると形状が少し変わっているのに気づく。これはもしかすると……。
「先ほどのと合わせて使うといいかなと思って。お店の人も両側から……」
「……ディステイン」
「えっ?」
壁の灯りにかざす。この鈍い銀色。間違いない。
「これはメデュラムで作られているわ。つまり作用者のための……武器」
「そういえば、お店の方もこれは女性用の護身具だとか、そのような意味のことを言ってました。わたしはレンダーとして使うのかと思ったのですが……」
「お店の人が言ったのは、単に身を守るためにも使えるという意味だと思うけど……。それにしても、この緑と紅葉した葉っぱがとてもかわいいわ。ありがとう」
「それでですね、どっちの飾りも自分で好きなように組み換えられるんですよ」
そう言いながら小さな瓶を手渡された。
受け取った瓶の蓋を開いて覗き込む。体にゾクゾクッと震えが走った。
「うーっ、これはすごい。……やっぱりあなたはカレンだわ」
「そ、そうですか。喜んでもらえてうれしい……」
「カレンからまた贈り物をもらうなんて思ってもいなかった……」
「ザナはわたしの大切な……守り手なのだから当然のことです」
思わずカレンをぐっと引き寄せ抱きしめると耳元でささやく。
「今のあなたは、わたしが知っている十七年前のカレンそのものよ。あなたの優しさや伝わってくる思い、それにあなたの行動力も昔と何ら変わっていないわ。たとえ覚えがなくても自分の過去を恐れることはない。わたしはいつでもカレンを信じているから」
もう一度しっかりと抱きしめる。
これは早いところ区切りをつけなければ。ナタリアたちも明日には到着する。すぐに計画を立てよう。
手を離すとカレンの顔を覗き込む。
「それに、近いうちに軍を辞めることにしたの。その後はあなたのそばにいるつもりだから」
「本当ですか? ……とってもうれしいです。待っています」




