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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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22 待つのは構わない

 説明を終えたカレンが黙ると、すぐにウィルがこちらを向いた。


「父さんがそこにいるかどうかは、その船に乗り込まないとわかりませんよね? どうします?」

「そうね。仮に、彼らの船がその船着き場にいたとして、近づけば人が中にいるかどうかはわかるけれど、それが誰なのかを知るのは無理。作用者ではない人を()るのは、これまでほとんどやったことがないから、まったく区別がつかないの。少なくとも今は区別の方法がわからない」


 ため息をつく。

 ミアがカレンのほうを振り向くと、興味深げに口を挟んだ。


「あんたは普通の人も感知できるのかい?」

「え? ええ、まあ、ほんのちょっとだけ」


 慌てて答えた。


「そりゃ、すごい。感知者が、作用者だけじゃなくて普通の人も探知できるとは知らなかったよ。へー、これはとてもおもしろい」


 ミアは、がぜん関心を持ったかのように、カレンをしげしげと眺めた。


「それにしても、ネオンまでまだけっこうあるよ。こんな遠くから、その作用者一人ひとりを識別できるのかい? あんたは、とびきり優秀に違いないね」

「そんなことないです。練習すれば誰でもできると思いますけど」


 また余計なことをしゃべってしまった……。

 顔が赤らむのを感じる。本当にわたしはだめだ。シャーリンにいつも言われるのに。




「それで彼らの船はどんなのだい?」


 ミアが聞いた。

 ウィルがカレンを見たので、代わりに答える。


「えーと、客用の川艇で船体はほとんど白一色で青いラインが入っていたと思う。船の名前は見ませんでした」

「なるほど。それで、その船に近づいても、ウィルの父親が監禁されているかはわからないということだね? さっきの話によると」

「ええ。誰かいるのがわかったとしても、乗り込まないと確認は無理です」

「乗り込む? 彼らがいるのに? というか、近づいただけで、向こうのその感知者にわかってしまうだろ、どっちみち」


 あきれたようにミアは首を振った。

 カレンは黙り込むしかなかった。




 しばらくしてミアが沈黙を破った。


「何だね、その連中に近づくときは、あたしが、あんたたちを遮へいしてあげてもいいよ」


 彼女はシャーリンにちらっと目を向けた。


「え? ミアさんは遮へい者なの?」


 ウィルがびっくりしたようにミアを見た。


 カレンはその提案に喜んだ。

 もちろん、ミアが遮へい者であることはとっくに知っていたけれど、彼女から言い出してくれてよかった。

 乗船したときから心が引きつけられた。彼女は信頼できると感じていた。

 思わず顔にうれしさが出てしまったようだ。

 ミアがじっと見ているのに気づき、また顔が火照ってきた。


「カレンにはとっくにわかってると思うけど、あたしは遮へいと攻撃もち。そのあんたたちの敵さんのなんていったっけ、ソフィーだったかい? そいつと同じってことになるな」


 ミアは腕組みをした。

 興奮したウィルの声が聞こえる。


「遮へいしてもらえるってことは、彼らに気取られずにそばまで近づけるってことでしょ? それ、いいですね」




 喉が詰まったような音のあとにあきれ声が続いた。


「おいおい、そんな簡単にはいかないよ。この船でその船の近くまでいって、隣に止めたりなんかしたら、めちゃくちゃ怪しいだろ?」

「そうよ、ウィル、わたしも船では近づかないのがいいと思う。シャーリンの具合が悪いし、できれば彼女を遮へいして、町の手前で停泊してもらえますか? そこから、わたしだけで偵察に行きます」

「でも、感知されるだろ」


 ミアがすかさず言った。


「彼らがどこかに出かけるまで待つわ」

「出かけなかったら?」

「どっちにしても、彼らが船にいる間は中を調べられないでしょう?」

「そうですよね。あの、ぼくも行きます」


 ウィルがきっぱりと宣言した。


 しばらくウィルを見つめながら考えたが、こくりとうなずいた。

 ミアに向けたウィルの顔にはうっとりとした表情が浮かんでいた。


「それにしても、リセンでミアさんに出会えてほんとよかった。絶対、幸運の女神です」

「大げさな」


 ミアはあきれたように目をぐるっと回した。




「それで、お願いできますか? わたしたち、持ち物をすべて船と一緒に失ってしまったので、今は、船賃もほかの手間賃もお支払いできないのですが。あとで必ず費用はお支払いします」


 カレンは頭を下げた。


「まあね、あんたたちに出会ったのも何かの縁。ウルブの商人は、商売ではお互い競争に容赦しないけど、必要なときには団結して助け合うのが流儀さ。それに、乗船した時、船賃はあの男の人からもらったよ」

「え? そうだったんですか?」


 カレンは驚いた。

 でも、考えてみたら当然よね。モレアスが商人相手にただで乗せてくれと頼むわけがないわ。

 今度リセンに行ったら彼にちゃんと返さないと。


 ああ、でも、ロイスにやって来たときに所持していた財貨はわたしの符証(ふしょう)だけ。そして今は、サンチャスに積んだ荷物と一緒に川の底。

 ディールをまったく持っていないわたしには、あれ以外で支払う方法がない。


 そもそも、個人相手に符証で払うことなどできるのかしら。やはり、かさばるとしても普通のディールを持ち歩くべきだった。

 それでもモレアスがサンチャスを引き上げてくれれば何とかなる。


「ぼくたち、商人じゃないですけど……ウルブにも属してない」

「おもしろいこと言うね、ウィルは。たとえだよ、たとえ」


 ミアはいたずらっぽく笑うと続けた。


「それじゃ、行くとするか。あたしからあんまり離れるんじゃないよ。近いほど遮へい効果は高いからね」


 すぐに推進機の軽やかな音が聞こえ、小刻みな揺れがおさまると安定して進み始めた。



***



 しばらくすると、ミアは船の推進機を切り、再び川の流れにまかせた。


「あそこ、遠くに見えている岸の、でっぱりの先を左に曲がると町が現れる。それで、敵さんの様子はどうだい?」


 カレンは首を振った。


「まだ、動きはないわ」

「あの、ぼくたち、ここからどうやって岸まで行くんです? また泳ぐんですか?」


 ウィルはほとんど見えない岸を眺めながら不安そうに言った。


「え? それは考えなかったわ」


 ミアはあきれたようにふたりを見た。


「もちろんボートでいくさ。組み立て式の小舟があるよ」

「そうなんですか? すごいですね」


 ウィルが尊敬の眼差しでミアを見た。


「そう言われると何だが、こいつは外洋船だからね。海艇には補助ボートが必ず積んであるよ」

「あ、そうなんですか」


 ウィルは頭をかいた。


「それで、どこにあるんですか?」

「船尾だ、下ろすのを手伝ってくれるかい?」

「もちろんです」




 ミアとウィルは後ろに向かっていき、ふたりで小さいボートを引っ張り出して準備を始めた。


 カレンは、そんなふたりを見ながら少し考えた。

 腕輪と指輪をはずして、ポケットから取り出した小さな袋にしまう。服の内側からペンダントを引っ張り出してちょっとの間眺めたあと、首に手を回すと取り外して袋の中身に加えた。


 シャーリンを起こさないように、そっと彼女の服の内ポケットを探り当てて袋をそこに収める。それから、紐を何本か取り出すと、髪をたぐってまとめた。




 すぐにふたりが戻ってきた。


「ボートの準備はできたよ。そっちはどうだい?」

「動きがあるようです。たぶん移動しています。左の方向」

「ああ、ということは、船を下りて町にでも行くのか」

「船着き場と町は近いんですか?」

「そうだな、ウィル、記憶が確かなら、少し離れてるけど、歩いてはいける距離だ」

「それでは、ここで待っていてください。いろいろありがとうございます。シャーリンのことよろしくお願いします」

「あいよ。ちゃんとここで目立たないように隠れているさ」

「さあ、ウィル、行くわよ」


 ふたりはボートに乗り込み岸に向かった。


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