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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第2章

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208 長の手

 カレンがボーッとしているとシアがやって来た。

 目の前に浮かんでこちらを見下ろしている。


「ねえ、シア。シアがレイの(おさ)の手ということは、つまり、たった今お話した方の代理という意味よね?」

「そうだけど」

「うーん、確かシアは幻精の中で一番若いのよね」

「そう、最も新しい」

「どうして、シアが長の代わりなの?」

「レイの長の手はエアだった。あたしと根源を等しくするエアは先だっての輪術式(りんじゅつしき)でダイアナとともにあった。なので、あたしはエアの役割を引き継いで長の手になった」

「そうなの? ほかにも大勢が……その消えたのよね。ニアも……」


 シアは首をたてに振った。


「ニアはエレイン、それから、ケイト、そして、ミアとメイとともにあった。でも、エレインとケイトは失われた。残されたのは……」

「メイだけなのね」


 シアはこちらを見て言う。


「ついて来て。見せたいものがある」




 小ぶりの木に囲まれて丈の短い緑に覆われた空間に入った。

 思わず声を上げそうになって口を押さえる。緑の絨毯(じゅうたん)の上に横たわっているのはふたりの人だった。シルに人がいるとは思わなかった。

 ひとりは髪の長い女性、もうひとりは男性だ。こちらも髪は短くない。


 女性の着ている黄色い服には見覚えがあった。

 もう一度見て、ミアだという確信が湧き上がってくる。髪が長くて別人のようだが、間違いない。この人はミアだ。


 ということは、もうひとりはレオンに違いない。でも、この変わり様はどういうことだろう。もっとそばに寄る。胸の動きがやたらに活発なことに気がついた。

 手を伸ばしてミアの腕に触れてみる。とても速い。これですぐに理解した。彼らは時伸の影響下にある。でも、どうして?


 シアを振り返る。今回は何も言わなくてもすぐに説明があった。


「このふたりはニアが助け出した。あの崖下のトランサーの中から。でも、その命は消えようとしていた。ニアは(おきて)を無視して彼らをシルに連れて来た。あたしも協力せざるを得なかった。いろいろ議論はあったが最終的に彼らを迎え入れ癒やすことになった。あたしは頑張ったけど、時間がたちすぎていた」




「シアが治療してくれたの?」

「あたしは水を(おさ)む癒やし手だから。でも、この人たちに新たな生を与えるには時を加速させるしか道はなかった」

「どれくらい?」

「あれからそろそろひと月だけど、このふたりにとっては二年近くが過ぎている」

「メイに教えてあげないと。あっ、知らせてもいいのよね?」

「ミアは協約の実行に欠かせない存在。癒やしは正当な対価だから、カレンと一緒に旅立てる。加速はすぐに止める。普通の状態に戻るには少し時間がかかると思う」


 シアはふたりの上に順に降り立つと小さな手をしばらく当てていた。


「協約と言った? でもニアがふたりを助けた時は、わたしが協約を引き継ぐと決まっていたわけではないわ」

「あたしは、そうすると思っていたけどね。あたしが付いてきたカレンなら」


 カレンはシアをじっと見つめた。わたしがあんなに悩んだことをすでに決まっていたみたいに言うなんて……。

 思わずため息が出た。顔を上げるとニアがいるのに気づいた。


「早くメイに知らせてあげたら? あたしは感動の再会をニアとこっそり観察しているから。これはとても貴重な体験になる」

「いじわるね、シアもニアも」


 そう言い残すと、みんながいるところに走っていった。




 急いで三人を連れて戻る。まずはメイだけをミアが目覚めつつある部屋に押し込むと、カレンは一息ついて座り込んだ。

 今度は浮かんでいるシアに向かって声を出さずに話す。


「幻精が人の生死に介入するのは御法度じゃなかったの?」

「光を(つかさど)るレイの恵み手として、あの行動は決してあってはならないこと。あたしたちが好き勝手したら、この世界のバランスが崩れてしまう。あたしたちは観測者に徹しなければならない。もちろん影響のない範囲で少しだけ干渉するのは許されている。そうでないと何も体験できないから」


 シアは少し近づき頭を振った。


「でも、一方でレイはシルを守らなければならない。ミアの代わりを見つけるのは難しいことにレイの長は同意した」

「ニアにとっては、エレインとケイトが消え、さらにミアがいなくなったら残るはメイだけになってしまうものね」

「実を言えば、レイの長としては、シルの規範に外れる行動は忌避すべきことだけど、シルが受けるだろう恩恵と比べれば簡単に見過ごせる。長は伝えることはできないけど、ニアの行動には満足していると思う」

「何を救い、何を捨てるかは難しい決断よね」




「カレンもよく決断したと思う。たぶん、これから大変だし、命の保証もない。カレンがどうかなってもあたしにはもう救いの手を差し伸べることはできない……」


 ちょっと悲しそうな目をしたシアに向かって言う。


「シアがそういう目に遭わないように十分に気をつけるわ」

「世界のバランスは些細(ささい)なことで崩れる。人の命もしかり」

「そうね。前の人たちのように失敗して消える可能性がある」


 シアは首をたてに動かした。


「シアはどうするの?」

「先だっては、エアがダイアナに付いた。今回は、たぶんライアがカレンに付くと思う」

「ライア?」

「ライアはエアの役割を引き継いだ」

「それって新しい長の手?」

「いいや、長の手はあたし、あたしが消えるまでは……。エアは長の手であってしかもシルの風使いだった」




「風使い?」

「シルを守護するのは、空を守りし風使いと地を統べる(ずい)使い。ライアは次の術式の担い手、カレンとともに。あたしは、たぶんペトラに付くことになる」

「シャーリンは?」

「シャーリンには、気を制す導き手たるティアが付くことになる。そして、最も新しき者が(つい)の使いユアラと組む。それはイサベリータの役目」

「最も若いって、ペトラじゃないの?」


 シアは首を横に動かした。


「そう……いろいろな役割があるのね」

「以前は、もっと大勢がいて、それ以上の……。いや、それをカレンと共有する意味はなかった。いま、次なる術式に臨めるのは、長が話したように、森を(ささ)うレイの守り手リアも含めて六体だけ」

「本当にたったそれだけで行うの?」

「そう。あたしたちで何とかしなければならない。でも、カレンには多くの娘がいるから大丈夫。そうシルは考えている」


 多く……。何となくザワッとしたものを感じる。本当にそろうのだろうか。

 メイが姿を見せたがその顔は涙で濡れていた。呼ばれるのを待っていたかのようにペトラとエメラインが奥に入っていった。


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