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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第2章

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204 符環

「どうして、こんなに大勢で来るわけ? これは遠足じゃないのよ。こっちは危険がいっぱいなんだから。わかっている?」


 ペトラが身を乗り出した。


「つまり、もう、危ない目にあったということだよね? 何があったの?」


 全員がペトラをじろりと見た。

 そんなことにお構いなしのペトラの好奇心に輝く目を見て、いつもながらシャーリンは少し身を引いた。


「カルがこうやって元気にしているということは、全部、うまく乗り切ったんでしょ?」

「はあ、まあね。とても運がよかったというだけなの……」


 メイがしみじみとした声を出した。


「運かあ……。運はとても大事にしないと。ところで、とてもすてきな服を着ていたわね。あれはハルマンで買ったのですか?」


 今度はほかの三人がじろりとメイを見た。


「みんなだってずっと気になっていたじゃない。カレンが戻ってくるのを待っている間。あのものすごく豪華な服はどこで手に入れたのだろうって……。それにスタブはこっちでよく見るけど、そのすごく手の込んだ編み込み。とても華やかで若く見えるわ」


 確かに気になってはいた。服にあまり興味がないわたしでも、あれがすごく高価な服であることくらいはわかる。それに印象が変わったのは髪をまとめているスタブとかいう布のせいか。


「それでか……。ほら、食事の間中、ほかの客がみんなしてカレンをじろじろ見ていたよね。あれは、カレンの服装が気になっていたんだね」


 三人そろってうなずくとカレンの顔を見て答えを待った。




「あれはね……イリマーンで手に入れたというか、無理やりあてがわれたというべきか。つまり、実際には自分のものではないし……」

「ええっ? なにそれ。自分で買ったんじゃないの?」

「いいえ、違うのよ、シャル。そうそう、買ったと言えば、ハルマンでいいものを見つけたので、あとであげるわね。メイとシャーリンによ」


 ペトラがカレンをじっと見ると彼女は慌てたように付け加えた。


「あっ、ペトラにもちゃんと買ったから心配しないで」

「ほえー、ありがとう、お母さま。わたし、とってもうれしい」

「それは、やめなさい。ペトラ」

「はーい」

「エムにはスタブをいくつか買ってきたのだけど……もし、嫌いじゃなかったら……」

「えっ? わたしにもですか? それはありがとうございます。スタブというのはこちらで初めて見ましたが、印象が変わりますね。わたしに似合うかどうか」

「大丈夫よ。エムはとってもかわいらしくて若いから……」

「そ、そうですか?」


 ペトラはまじめな顔に戻ると全員の顔を見回した。


「……さてと、そろそろ本題に入ってもいいんじゃないの?」

「それじゃあ、お茶を入れ替えるわね。今度はこっちのを試してみようかしら」


 メイはごそごそと別の容器の蓋をあけて鼻に近づけた。

 それを見ながらカレンがうなずいた。


「そうね。まず、わたしから今までのことを話すわね」




 メイから新しいお茶を受け取るとカレンはしゃべり始めた。


「あの夜、シャーリンの部屋からみんなが出ていって、ひとり取り残されたあとのことよ」


 部屋にひとりでいる時、イオナからの呼び出しを受けたところから順を追って話し始めた。


 カレンが語り始めると、その記憶力のせいか、むだに詳しくなってしまうのだが、今回ばかりは異国とそこから来た人たちの話ということもあって、誰も邪魔せずにおとなしく聞いていた。少なくとも最初のうちは。


 ロイスから川艇でレラ川を遡る途中でカイルの三艘を相手に戦闘を交えた話になると、メイが口に手を当てて目を丸くした。

 シャーリンは何度も首を振った。いきなり、そんな危ない橋を渡っていたとは知らなかった。


 どうやらイオナは戦いの方法を心得ているらしい。彼女に強制力を使われてしまったことは悔しいけれど、彼女はとても有能な作用者らしいのはわかった。

 少し興味が湧いてきた。対抗者がいれば彼女にいろいろ尋ねてみたいことがある。




 ハルマンの館にある浴室の話を聞いたエメラインが目を丸くして、そんなので日々の疲れが取れるのかと尋ねる。

 全身が溶きほぐされるようだという話を聞かされると浴室の仕組みについて知りたがった。


 わたし自身は、自動扉に興味を持った。

 みんなは先の話を聞きたがったが、もう一度詳しく話してもらう。便利そうだな、不審者の対策にもよさそうだ。

 メイに頼めばハルマンから取り寄せてもらえるかな? 具体的なところはなにもわからないからフェリシアにやってもらおう。たぶん、こちらにいるうちに手に入れる機会があるかもしれない。


 ペトラはといえば、ジェンナに興味津々で、彼女の姿や言ったことを逐一聞きたがった。ペトラに長く仕えているフィオナと共通するものを感じているのかもしれない。


 車で拉致され強引に救出されたことを聞くとエメラインが怒り出すし、かといえば、イリマーン国都の街の様子にはことさら驚いていた。

 あの服の手入れがとても大変だという話にメイはしたり顔でうなずき、シャーリンは自分にはまったく向いていないと断言した。




 イリマーンの主家の館で目覚めたくだりを聞くなり、言いようもない怒りが湧き上がる。


「やっぱり、カイルはイリマーンの手先としてカレンを捕まえに来たわけか」

「シャル、カイルにはまだ遭っていないわよ」

「だとしても、イリマーンに拉致されたことに変わりはない」

「わたしが言うのもおかしいけれど、イリマーンのディラン王は悪い人には見えなかったわ」

「カレンはさ、そうやって誰でも彼でもすぐに信用してしまうんだから。どうして誘拐犯の肩を持つのさ? おかしいよ」

「わたしは、これまでもずっとおかしかったの。知らなかった?」


 そう言われて黙ると、カレンは急に話を変えた。


「それでね、今までの話はどうでもいいの。ここからが本題なの」

「どうでもよくないでしょ。誘拐されたんだよ。無理やり連れ出されたんだよ。それからどうなったのか聞きたいよ」

「わかったわ。でもそれはあとでね、シャル」


 カレンはメイのほうを向いた。


「実はね、メイ。わたし、カムランの館でケイトを見たの」


 メイはすぐにはピンとこなかったようだ。

 しばらくして、急に大声を上げた。


「ええっ? ケイトって言った? わたしのお母さんのこと?」

「そうなの。でもね、とても残念なことに、あなたのお母さんはずっと意識がないままなの」

「眠ったままなの? それはどういうこと?」


 カレンはケイトたちが眠っている、秘密の部屋について詳しく話し始めた。その部屋の中で自分と同じ顔の女性を見たときの驚愕。彼女がどんな状態で横たわっているか。どういう処置を受け続けているかを。

 しかも、本当は眠っているのではなく、意識が吸い取られているようだとカレンは言う。時は止まっていないとも……。


 メイがぽつりと口にした。


「イリマーンの主家(しゅけ)の館に隠されているんじゃ、会いに行くのはとても無理ね……」


 その後しばらく全員が口を閉じたままだった。




 いつまでたっても、誰も聞かないので、しかたなくシャーリンが口を開いた。


「そもそもさ、イリマーンはどうしてカレンを必要としているの? 必要だから探し出して拉致したんでしょ?」

「うん、それは、わたしが……ケタリだからよ」

「そのことはディオナから聞いたよ」

「ほら、あの、壁の向こうでシャルやメイとつながってあなたたちの力を使わせてもらったでしょ。その後ペトにもとんでもない負担をかけたわ。あれは同調力でほかの作用者の力を引き出し強める作用なの」

「それはわかってる。でも、それでも、カレンのその同調力を必要とする理由がわからないよ」

「それは……ある人をケタリにするため、ケタリの(たね)の持ち主を力覚するためよ」


 すぐにペトラが声を上げた。


「ちょっと待って。ケタリの種というのは、まだケタリではないけど、ケタリになる素質のある人のことよね」


 カレンは何度も首を横に振った。




「イリマーンにはケタリの種を持った人がいる。それで、ケタリを探していた。つまり、カルは、イリマーンにいるその誰かさんを力覚できる。そして、力覚できるのは……」


 ペトラは大きく息を吸い込んだ。

 彼女の瞳がらんらんと輝いている。これは、真実を見いだしたときの目だ。前にも見たことがある。


「つまり、イリマーンにもお母さんの子ども、というか、娘がいるということね?」


 ペトラは相変わらず鋭い。鋭すぎる。カレンは観念したようにこくんとうなずいた。


「どうして? お母さんの娘がイリマーンにいるの? なぜ?」

「わからないわ、シャル。わたし、記憶がないのですもの……」


 全員が黙ってしまった。




 メイがおそるおそる口にした。


「カレンの娘とは限らない……」


 カレンはメイを見つめた。こっちも鋭い。ペトラが続けた。


「ああ、カレンとケイトは双子だから、どちらの可能性もある……。それに、双子ならどちらでも同じなのかもしれない。きっとそうよ」


 いやはや、ペトラの推理力にはいつも感心してしまう。でも、本当にそうなの? シャーリンはカレンを見つめた。

 メイは得心したように大声を出した。


「ああ、それで、お母さんがイリマーンにいたのね? でも、わからないわ。それならどうしてカレンまで誘拐されたの?」

「ケイトが誘拐されたかどうかはわからない。国王はケイトに頼んで来てもらったと言っていたし……」

「でも、お母さんがその人を力覚したのなら、どうしてカレンまで拉致するの? わからないわ」

「力覚できなかったの。わたしもよ」




 カレンがカムランの館で目覚めたときのことを話し始め、娘に出会った瞬間について聞かされた。

 自分と間違えた? 髪の色も違うのに?


「カレンは失神から立ち直っていなくて、もうろうとしていただけじゃないの?」


 そう聞くとカレンは首を横に振った。


「確かに、あなたに見えたのよ。どういうわけかあの瞬間は……」


 よくわからないけれど、その子にがぜん興味が湧いてきた。


「最初にイサベラを力覚しようとしたのはメイのお母さんなの。でも、ケイトがイサベラを力覚しようとした時に、何か大変な事故が起きたらしいの。よくわからないけれど、みんなの意識だけが遊離して体だけが残された。みんなは今でも生命維持装置につながれている」

「みんなって、お母さんだけじゃないの?」

「ケイトと……エレイン、たぶんエレインの連れ合い、それに、イサベラの兄」

「そのイサベラはつまり、わたしの姉か妹ってこと?」

「わたしにはわからないの、本当に。シャーリン、全部がまるで違うかもしれない……」


 そこで少し悲しそうな顔をこちらに向けた。




 それから目を閉じたカレンは振り絞るように次の言葉を発した。


「それに、イサベラは王女なのよ」

「お、王女? どこの?」


 ペトラが即答した。


「そんなの、イリマーンに決まってるじゃない」


 それから、こちらを向いて声を大きくした。


「これは大変なことよ、シャル。カルは、違った、わたしたちのお母さまはイリマーンの次期国王の母親でもあるってことになるわ」


 シャーリンの声はかすれた。


「本当にそうなの?」


 カレンはちょっとこちらを見たが、首にかけていた鎖を引っ張り始めた。


「そういえば、符環をどうしたのかと思っていたのよ。わたしの母親になるのはもうやめたのかとさっきから心配で……」


 カレンは手を止めるとペトラに微笑んだ。


「そんなことないわ。これは用心のために人に見られないようにしたほうがいいと言われたからよ」


 カレンは引っ張り出したふたつの符環を手にのせてみんなの前に出した。

 すぐにメイが暗誦(あんしょう)するように言う。


「イリマーンはカムランの符環は鮮やかな濃い紫に少し赤みが入っている……」


 そんなよその国のことをよく知っているな、メイは。

 メイはカレンの手の上で徐々に色が(よみがえ)るふたつの指輪をじっと見つめていた。

 ふたつの国の符環をひとりが持つとしたら、見られないように隠しておくのはとても賢い。カレンにしては上出来だ。


 メイが息をそっと吐いた。


「確かにこれね」


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