203 言い合い
入り口に立ったままシャーリンは尋ねた。
「それで、イオナとの話はどうなったの?」
「今日はやることがあるから、やはりアデルに帰るって。でも、明日の朝には戻ってくると言っていたわ。それから、カイルに気をつけるようにと何度も念を押された。ここに現れるかもしれないって」
「うん、わかった。あいつは国主を撃った。絶対に許さない……」
いきなりカレンに抱きしめられた。ちょっとして耳元で声がした。
「それで……国主のご様子はどうなの?」
「ああ、まだ戻らないらしい。でも、峠は越えたとペトからは聞かされた」
「ああ、本当によかった。あなたがあの……」
「うん。そうでなかったら、あの記憶は生涯わたしを悩ませることになったかもしれない……」
まもなくメイが戻ってきてふたつの包みをカレンの部屋に置いた。
「そのきれいな服と履き物は旅向きじゃないから、適当にあつらえておいたわ。とにかくまずはそれを脱いでちょうだい。すぐに洗いに出しておくわ」
カレンがごそごそと服を脱ぐ間にメイは説明した。
「こういう上等な生地の服はちゃんと手入れしないとだめにしちゃうのよ」
メイは買ってきた包みを解くと中から内服を取り出した。
「じゃあ、これは持っていくわね。わたしたちの部屋はすぐ隣よ。待ってるわ」
メイはカレンの青い服を持ってまた階段を下りていった。
すぐに、全員がゆったりした内服に着替えてメイとペトラの部屋にそろった。
エメラインが頼んでおいたお茶のセットとポットをメイと一緒に階下に取りに行き、その間にシャーリンは背の低いテーブルを借りてきて部屋の真ん中に置く。
メイとエメラインが戻ってくると、みんなが丸いテーブルの周りに座り、メイは飲み物の用意を始めた。
全員にカップが行き渡ると、しばらくは会話もなく静かにお茶を飲む。
全員がちらちらっとカレンを見ていた。
話し始めるのを待っていることにようやく気づいたらしいカレンが口を開いた。
「どうして、車を使ったの? 国都まではムリンガで来たのでしょう。ここまであとちょっとじゃない。船で来たほうが快適だと思うけど」
すぐにペトラが顔をしかめた。
「カルもそう思うでしょ。シャルにもそう言ったのよ。ムリンガで全員一緒に移動したほうがいいって」
そこでペトラは肩をすくめた。
「でも、シャルはとにかく、こんなところで待っていられるかー、といった感じでね。メイを焚きつけて味方につけると、とってもいい人で何でもすぐできるメイは車を借りに行かせたのよ。だいたいシャルはいつもせっかちすぎるのよ。もっとほかの人のことも考えるべきだわ」
そう言われては反論するしかない。シャーリンはペトラに顔を向けた。
「それなら、一緒に来なければいいじゃないか。別に、メイとふたりで来てもよかったんだよ。ペトはさ、ムリンガが動けるようになるまで待っていればよかったじゃない」
すぐに、ペトラから反撃された。
「それは、シャルがひとりで突っ走るとろくなことにならないからでしょ。わたしとエムが一緒に来なかったら、途中で身動きできなくなっていたに違いないわよ」
「あれは、借りた車がぼろだったんだよ。まさか途中で故障するなんて思ってもみなかったし」
「ごめんなさいね、ぼろで。わたしの失敗だわ」
「あっ、ごめん、メイ。そういう意味じゃなくて。メイは立派な車を借りてきたんだから」
カレンがこのやりとりを見て目を丸くしていると、エメラインがおもむろに間延びした声を出した。
「ペトラとシャーリンはいつもこんな調子なんです。カレン、ふたりをがしっと諫めてください」
「諫めるって言っても……」
明らかに、カレンは理解できないといった顔をしていた。
いつもはこんなに言い合ったりしなかったと思うけれど、カレンがいなくなってからこういう調子になってしまっていた。
カレンが自分とペトラを交互に見て、何か言いたそうにしていたが。口を開く前に、ペトラがカレンのほうを向くと肩をすくめた。
「気にしなくていいの、カル。これは……ちょっとした言い合いだから。いつものことよ」
メイが口をはさんだ。
「そうそう。いつもこうだから気にしなくていいです」
カレンがメイを見ると、メイは口を手で押さえて肩をすくめた。
「でも、ふたりが喧嘩しているところは、あまり見たことがないけど……」
メイは考えるようにつぶやいた。
「うーん、そうなの? だとしたら、たぶん、お母さんがいなくなってからよ。こうなったのは……」
カレンは首を振ってため息をついた。
「そのことだけどね、シャーリン……」
カレンが言いかけたが、またペトラが話をぶり返した。
「わたしたちが一緒じゃなかったら車も修理できなかったじゃない」
「それは、エムにはとても感謝しているけど。車を修理してくれたのはエムであって、ペトじゃないし」
「それは、わたしがエムに同行してもらったからじゃない。だから、それはわたしのおかげよ」
「ねえ、ふたりともいい加減にして。黙りなさい」
「はい、お母さん」
ふたりの声がそろった。なぜかペトラがうれしそうな顔をみせる。
カレンの眉間にますます深いしわが刻まれた。
つまり、ペトラは単にカレンに叱ってほしいだけじゃないの? どうにも付き合いきれない。ため息が漏れてしまう。
気を取り直したらしいカレンが聞いてきた。
「それで、どうして、船はすぐに出発できなかったの? 船も故障したの?」
「いいえ。それは、ワン・オーレンの第一川港がやたら込んでいたからですよ。一応、荷物を降ろして納めないといけないので……。ほら、商船が空荷で来たりするとおかしいでしょ。ちゃんと大量の荷物を運んできたのよ。でも、おかしいわね。何で込んでいるのかしらね? デニスもこんなのは初めてだと言っていたし」
「ああ、それはわかったわ。そして、あなたたちがいつものように待つのが苦手で車で出かけたと……。待つのが嫌いなのはシャーリンだけではなくペトラも同じでしょ? シャーリンのせいにしてはだめよ。それより、公務はどうしたのよ? また、さぼったの?」
ペトラは胸を張って答えた。
「それなら大丈夫よ。正式に手続きをしてほかの人に仕事を譲ってきたから……」
押しつけてきた、の間違いだろ。
カレンも首を振っていたが諦めたように話題を変えた。
「それで、ほかの人たちは?」
すぐにメイが答える。
「スタンの話では、明日の朝までにここに来られると言ってました」
「ああ、そう」
カレンはこちらを向いた。
「それで、ムリンガには誰が乗っているの?」
「あ、えーと、クリスとディード、フィオナとフェリでしょ……」
「えっ? どうして、フェリシアがいるの?」
「フィオナと結託してついてきたらしいよ。一応、内事の勉強らしいけど、ちゃんとやっているのかな? 少し心配になってきた……」
「まさかウィルは来てないでしょうね?」
「うん。さすがに彼まで連れて出たらドニにどやされるよ。彼はお城で仕事と主事の勉強中」
「それはよかったわ。ウィルには迷惑をかけすぎたから……」
「それから、ニコラとメイの部下たち」
すぐにメイが訂正した。
「部下じゃないけど。交易の本業の人たちと一応、護衛の人たち」
うん、護衛の人たちは重要だから。特にカイルが介入してくるとなるとなおさら。
「それで、ニコラって誰?」
ペトラが答える。
「ああ、ザナのお母さん、ディオナのとこの人。ディオナがね、連れていけってわざわざつけてくれたの。ほら、わたしたちの中に感知者がいないし」
「そのニコラは感知者なのね?」
「感知と遮へいだよ。道中、いろいろとおもしろい話を聞けた」
きっと、ニコラはペトラに付きまとわれて根掘り葉掘り聞かれたに違いない。今さらながら気の毒に……。シャーリンは頭を何度も振った。
カレンも手で頭を押さえて首を振っているのが見えた。同じ考えらしい。




