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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第2章

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202 早い再会

 エンファスに一軒しかない立派な宿の部屋で、シャーリンがひとり休んでいると、めずらしく血相を変えたメイが飛び込んできた。


「そんなに慌ててどうしたの?」

「シャーリン、空艇ですよ、空艇」

「ああ、それが?」

「あれはイオナの船ですよ。間違いありません」


 寝そべっていたシャーリンは慌てて体を起こした。


「それで、船はどこ?」

「知りませんよ。とりあえず見に行きましょう」

「大丈夫かな」

「ここは、普通の小さな町の宿ですよ。ずっと遮へいもしていました。それに、カレンはイオナと仲よくしているはずとペトラが言ってました」

「いつ、そんなことを聞いたの?」

「あれっ? 言いませんでしたか? とにかく急いで来てください。先に行ってますから」


 メイはあっという間にいなくなった。

 イオナがここに来たということは、こちらを発見したので着陸しようとしているのだろうか。彼女にはとても優秀な感知者がついている。こうしてはいられない。

 急いで階段を下りて外に向かう。

 扉をあけると、すでにメイの隣にエメラインとペトラが立っていた。




 少し離れたところに白い空艇が着陸していた。背が低く細身の特徴的な形状は確かにイオナの船のようだ。間違いない。

 じっと見つめているうちに扉が開き、少ししてひとりの女性が姿を現した。すぐにシャーリンは走り出した。

 カレンも早足でこちらに歩いてくる。それ以外の人が船から降りてくる気配はない。

 彼女のそばにたどり着くと空艇のほうを警戒しながら聞く。


「どうしてここに?」


 カレンが答える前に続ける。


「あれは……イオナの空艇だよね」


 イオナたちは乗っていたにしても今は出てこないらしい。


「ええ、そうよ。アデルに戻る途中だったのだけど、あなたたちがここにいることがわかって、それで船をここに降ろしてもらったの」

「その、えーと、カレンがイリマーンにいると聞いたから、ハルマンの国都からすぐにこっちまで来たんだよ。ここで会えてよかった、本当に」

「元気そうね、お母さん」


 後ろからペトラの声が響いた、と思ったらもうカレンに抱きついていた。


「よかった。無事だとわかってはいても、とても心配したんだから。シャルはもう大変だったんだよー」


 カレンはペトラの頭を引き寄せるとしっかり抱きしめた。


「ごめんなさい、みんなに心配かけて。今回のことはちゃんと説明するから……。それに、イオナは別に悪くないのよ。いろいろと事情があってね」




 カレンはペトラから離れると、こちらを向き両手を背中に回してきた。


「ごめんね、シャル」


 カレンの肩越しにペトラが目をやたら動かしているのが見えた。

 はい、はい、わかりました。

 シャーリンはカレンをぎゅっと抱きしめると言った。


「お帰り……お母さん。お母さんが無事でほっとしたよ」


 カレンはさっと腕を解くと、シャーリンの両肩に手をかけてぎゅっと押さえながら言った。


「ねえ、シャル、無理しなくてもいいのよ。今までどおりカルと呼んでちょうだい。そのほうがわたしもしっくりするから」

「そ、そうなの? でも……」


 カレンは目を合わせてくるとうなずいた。


「いいこと? シャル、わたしはあなたが大好きよ。知り合ってからずっとね。それだけはこれからも絶対に忘れない」


 シャーリンは目のやり場に困りあたりを見回す。

 すぐ向こうでしかめっ面をしているペトラとなぜか笑顔のメイ、それに、その向こうには何かを警戒するように空艇をじっと見つめたままのエメラインがいた。




 カレンの不審そうな声が聞こえた。


「……それで、ほかの人たちはどうしているの?」

「うん、実はさ、国都の川港でちょっと荷下ろしに時間がかかっているんだよ。それで、車を借りて先に出発したんだ。たぶん、明日の朝にはムリンガもここに着くはずなんだけど」

「ああ、そうなの。みんな元気?」

「もちろん」


 ペトラが口を挟んだ。


「あのね、いろいろ話したいことがあるんだけど、もう遅いからここに泊まったら? そうすればみんなゆっくりできるし。カルの話もじっくり聞きたい」

「ほかの人たちは明日ここに来るのね? それじゃあそうしようかな。ちょっと、イオナに話してくる。たぶん彼女は今夜アデルに戻らないといけないの」

「わかった。それじゃあ、宿にカルの部屋も取っておくから」


 カレンは小走りで空艇に戻っていったが、途中でよろけて転びそうになるのが見えた。本当に大丈夫なのかな。

 後ろ姿を見れば髪が少し短いように思う。それに、あの髪飾りはどうしたのだろう? かなり雰囲気が変わったな。いったい何があったのだろう?




 四人が宿に戻ると、メイは部屋の手配をしに行った。


「おなかがすいたよう」


 そう漏らしたペトラはメイを追いかけた。


「晩食の時間を聞いてくる。一番にしてもらう」


 残されたエメラインとシャーリンはカレンがやって来るのを入り口で待っていた。

 すぐにメイとペトラが笑顔で戻ってくる。風がかすかに吹く気配を感じて見れば、イオナの空艇が上昇していくところだった。

 船を見上げて手を振っていたカレンが戻ってくるなりメイが宣言した。


「とりあえず晩食にします。わたしたち、ちょうど食事にするところだったんです。おなかぺこぺこでして、特にペトラが」

「あ、ごめんなさい。待たせちゃって」


 この宿は非常に混み合っていた。活気があるといってもいい。

 ここは、ハルマンの最北端の町で国境に近い唯一の川港らしい。つまり、ここから上流に向かえばまもなくイリマーンの領内に入ることになる。国境を越える前にカレンに再会できて運がよかった。




 あまりおなかがすいていないと言うカレンからペトラがお皿を受け取っていた。

 ()せっぽちなのによく食べるな、いつもながら。いったい何に消費されているのか。


 食事の間は当たり障りのない話をぽつりぽつりとしながら、食べることに専念した。

 周りが騒々しいのもあった。食事が終わるなり奥の階段を上がって二階に行き、カレンにあてがわれた部屋を(のぞ)き込んだ。彼女は手ぶらなので部屋に入れる荷物もない。


 何でもすぐに気がつくメイが言った。


「お店が開いているうちに買い物をしてきますね。着替えもなしだと困るから」


 カレンがくるっとメイのほうを向いた。


「あっ、わたしも一緒に行きます」


 メイは押し(とど)めるように両手を上げた。


「いいから、お疲れ人はここで休んでいてちょうだい。階段を上がるのも難儀していたでしょう?」

「うっ、ばれてました?」


 えっ? それほど(ひど)い状態だとは思わなかった。


「それじゃ、お願いするわ。ご迷惑をかけてごめんなさい」

「何を言ってるの、お母さん」


 そう答えたメイは慌てたように付け加えた。


「じゃ、行ってくるわ。すぐに戻るからお茶の準備をしといてね」


 メイは階段をトントンと下りて行った。


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