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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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21 追いかけなければ

 ミアとウィルは、この船に備えつけられた探査装置について、あれこれ楽しそうに話し合っている。シャーリンは、壁にもたれかかって眠っていたが、寝息がかなり荒い。

 カレンは、脇の棚に積んであった毛布を一枚取ってシャーリンにかけると、彼女のだらんとした腕を毛布の中に入れようとした。


 その腕が燃えるように熱くなっていた。びっくりして、彼女の額にも手を当ててみたが、こっちは、それほど熱くないようだ。

 自力で怪我を治そうとしているのは、たぶんよい兆候なのだろう。

 シャーリンを起こさないように、カレンはそっと立ち上がると操舵室の扉をくぐった。


 外に出ると、顔にあたる風が気持ちいい。船が水面を滑るように動く際にかすかに見える、水面のざわめきに心が洗われるような気がした。

 頭上には、澄み切ってひんやりとした大気を通して、数えきれないほどの星が(またた)いている。

 階段を下りてから向きを変えると、ゆっくりと船首に歩みを進め、甲板の中央に少しだけ高くなっているでっぱりに腰掛けた。




 今日はいろいろあったけれど、わたしたちは運がよかった。シャーリンは、かなりの怪我をしたけれど、きっとすぐよくなるに違いない。

 でも、ダンはどこに連れていかれたのだろう。やはり、あの船と関係があるのかしら? それとも、もうひとりの、あの強制者に拉致されたのだろうか?


 立てた膝に両手を回して抱え込むと、目を閉じて感知の手を前方遠くまで伸ばしてみた。

 これからは、力の加減の仕方をよく練習しないと。それに、作用力を持たない人に対する感知力を磨かないと。ちゃんと練習すれば、もっと離れていても、いろいろわかるようになるのかもしれない。


 このあたりには、感知に強く訴えかけてくるような作用は何もなかった。後ろの船内にいるふたりを除けば。

 あとどれくらいでアッセンに着くだろうか?

 操舵室の壁に貼ってあった地図を思い起こす。二時間くらいかしら?


 振り返ると、窓越しにミアとウィルがまだ話をしているのがちらっと見えた。あのふたりには共通の話題が多いらしい。

 前方に目をやる。船の前照灯に照らされて見える川の幅は、このあたりはだんだんと狭くなってきている。両方の岸がはっきり判別できるようになってきた。


 突然、目の前にどこからともなくリンが現れる。

 頭をやや傾けてカレンを見上げるなり、ひょいと膝の上に飛び乗ってきた。それから、我が物顔で膝の内側に滑り込むと、おなかの上でくるっと丸くなった。

 白くてふわふわのかたまりを見下ろす。とても温かい。


 シアは、もうミンに着いているはず。わたしがまだこんなところで、もちゃもちゃしているとは、思ってもいないに違いない。 



***



 一時間近くたつと、川幅が再び広くなってきて、船の光が岸まで届かなくなった。真っ暗闇の中でわずかに照らされた前方に向かってひたすら進む。

 リセンを出てからは、すれ違う船もほとんどなかった。


 突然、感知力にかすかになじみのあるものが飛び込んできた。驚いて何度か確かめる。

 これはあのふたりだ。作用を遮へいしていない。しかも、だんだん近づいている。


 カレンは、おなかの上で寝ているリンをそっとつかんで脇に下ろすと、立ち上がった。くるりと向きを変え、手すりに(つか)まりながらもできるだけ急いで操舵室に向かう。

 船の推進音が変わったのを感じた。少し減速しているようだ。


 操舵室に飛び込むと、ミアが操舵かんに手をかけたままこちらを見た。


「どうした? 何かあったか?」

「ミア、いったん船を止めてもらえませんか?」

「あいよ」


 ミアは肩をすくめ、すでに少し減速していた船を停止状態まで操作した。




 カレンはウィルに目をやり早口でしゃべった。


「あのふたりがいる」

「ふたりって、もしかしてあいつら?」


 ウィルが大声を出した。

 カレンはうなずきながらも小声で言った。


「静かに。シャーリンが目を覚ますじゃない」

「すみません。それでどこに?」

「まだ、この先としかわからない。だんだん近づいているようだから向こうは動いていないと思う」


 ウィルは首を伸ばして窓から前を見た。


「確か、この少し先に町があって、そこにも、もちろん船着き場があるんです。何ていったっけ、その町の名前。ネオンだっけ?」


 ミアのほうを向いた。

 彼女がうなずくのを確認すると続けた。


「そこに彼らの船が停泊しているのかな?」




 すぐに、あたりが静まり返って、船は川の流れに乗ってゆっくりと動くだけになった。

 リンが窓際に陣取っているのに気がついた。いつの間に戻ってきたのだろう? どこかに彼女専用の出入り口があるに違いない。


「そこに船がいるのかどうかわからないけれど、ソフィーとジャンがこの先にいるのは間違いないわ」


 カレンは眉間にしわを寄せてから言い直した。


「船じゃなく、その町にいるのかもしれないわ」

「それなら、その船に父さんがいるかもしれませんよね?」


 ウィルが期待をこめた目でカレンを見た。

 彼は立ち上がると、前方の窓まで近づいて両手をかざした。あたりは真っ暗で星の光だけではほとんど何も見えないはず。


「カレンさん、向こうにはまだ気づかれてないですか?」

「これだけ離れていれば、たぶん大丈夫よ」




 ミアは操舵かんに手をかけたまま、ふたりの会話を聞いていたが、おもむろに口を開いた。


「それで、そのソフィーとジャンというのは何者だい?」

「どこから話せばいいのか……」


 カレンは、床に丸くなって寝ているシャーリンをちらっと見た。

 少し迷ったあとミアに向き合う。


「実を言うと、ウィルの父親がさらわれてしまったので捜しているのです。そのさらった人たち、目撃者によれば、国軍の車らしきものを使って襲ったらしいのだけれど、何者かはまだわかりません。たぶんその人たちの仲間だろうと、わたしたちが思っている作用者がソフィーとジャン。ソフィーは攻撃者で遮へい者。ジャンは感知者で、それに防御者」


 少し考えてから続ける。


「そういえば、あそこには強制者もいたけれど、たぶん、あの人は関係ないと思うわ」


 あの時の経験を思い出して体がブルッと震えた。

 ミアがこちらをちらっと見る。


「それで、わたしたち、アッセンの駐屯地に行くつもりです。そこで話をすれば何かわかると思って。軍の助けも得られるとシャーリンは言っていますし」


 カレンは振り返って眠っているシャーリンに目を向けた。




 ミアはカレンをじっと見つめた。


「誘拐だって? あんたたちはいったい何者だい?」


 カレンは肩をすくめるしかなかった。


「なんでわたしたちを襲ったのか、こっちが知りたいのです。ロイスの船を沈め、ダンを連れ去り、さらにシャーリンを襲って監禁した……あの人たち」

「それに、カレンさんとぼくも」


 ウィルが付け加えた。


「監禁? あんたたち三人ともだって? それに船を沈めた? 攻撃作用でもお見舞いされたのかい?」


 ミアの顔には驚きの表情が見えていた。


「はい……」


 わたしがもう少し早く攻撃者に気がついていれば、こんな事態にならなかったかもしれない。カレンは唇をかみしめた。


 ミアはあっさりと言った。


「そいつは酷い。それで、あんたたち、なんで狙われてるんだい?」

「シャーリンは、アッセンに行けば何かわかるんじゃないかと思っています。リセンでダンがさらわれたわけも、わたしたちを監禁した理由も。今のところは、どれも、さっぱりです」


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