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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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192 外食

「さてと、お母さま、それでは、食事をしに行きましょう」

「それは、外の食事処で食べるということ?」

「そうよ」

「……外食は初めて」


 イサベラは立ち止まると信じられないという顔でこちらを見た。


「ああ、冗談ではないのよ。本当に、ロイスからほとんど出たことがないので。出かけたとしても、食事は宿で取り、食べるためだけにわざわざ外出などしなかった」

「へーえ、お母さまは意外に質素な暮らしをしてきたのね」


 少なくともここ数か月はそうだという自信はあるけれど、その前はどうだったのだろう?

 それを考えると、少し、不安が募ってきた。

 今の気分を誤解したのか、イサベラが陽気に言う。


「任せてちょうだい。わたしがお勧めのところに連れていくから。とてもいい場所よ。ここからだとかなり遠いけど、今から向かえばちょうどいい頃合いに着くと思うわ」


 何にちょうどいいのかわからなかったけれど、ここで外食ができるとは考えてもいなかったので期待が高まる。




 車で相当走ってからようやく郊外に出る。この町が大きいことを実感する。

 ワン・チェトラを離れると、窓から見える景色には草原と畑がどこまでも広がっていた。このあたりは起伏がほとんどないようだ。大平原というのはこのような場所をいうのかしら。


 それでも、さらに走行を続けると、前方の左右にちょっとした丘陵地帯が広がってきた。もっと近づくと、谷間に別の町らしきものが見えてくる。


 車は町中の通りに入ってからもひたすらまっすぐに進む。その町は小さくあっという間に通り過ぎた。どうやら前方に見えてきた小さな丘を目指しているようだ。




 丘の上まで登り車から降りたとたんに、目の前に広がる景色に息を呑む。あらゆる方向がぐるりと見渡せた。南に目を向けると、遥か彼方にごちゃっとしたはっきりしないものが見える。すぐにあれが国都だと気づいた。こんな遠くまで来たのに、それでもあそこに町があるのがわかるということは、ワン・チェトラはとても大きな町なのだ。


 反対方向を見ると、丘陵を越えた向こうにまた大平原が遥か彼方まで広がっていた。北にはもはや視界を遮るものはなく、左右に目を向けると遠くまでゆるやかな丘陵地帯が延びているのが見えた。


「すごいわね」

「絶景でしょ。ここはいわば北に向かう通り道、ある意味要衝になっているの。ほら、この先に大きな道路が見えるでしょう? この平原に川はないから陸路のみなのよ。そして、あの道の行き着く先がセプテントリアというわけ」

「なるほど」




 イサベラは山の上に立つ大きな背の低い建物を目指した。


「あれが、今日の食事処よ」


 見回すとあたりには多くの車が止まっていた。


「大勢の人が来るのね」

「ここは眺めがとてもいいし、食事もおいしいからね」


 別の車から降りてきたイサベラの護衛たちは、全員が違う服を重ね着しているようで、そろいの制服はその下に隠されていた。

 入り口まで来ると、ひとりの女性が待っていた。


「いらっしゃいませ、イサベリータさま」


 その女性はイサベラに丁寧に挨拶するとこちらを見た。


「カタリーナ、久しぶりね。こちらは、カレン。わたしの……とても大切な方なの」

「ようこそお越しいただきありがとうございます、カレンさま」


 イサベラに対するのと同じ挨拶を受けた。


「いつもの場所は空いているかしら?」

「はい、ご用意できております」

「それでは、いつものようにお願い」

「かしこまりました」




 店内を通ってテラスのように張り出した屋外の席に案内された。

 よく見れば周囲は透明な板で仕切られており、外気とは遮断されているようだ。両隣の部屋との間には曇りガラスがはめられていて、向こう側の部屋の中は見えない。


 そして、ここの空間はさらにふたつに分かれており、イサベラとカレンは外を向いた部屋の席に、ほかの人たちは手前の部屋に入り席についた。


 椅子に腰掛ければそこから見える景色は事実上、セプテントリアという町があるのだと説明を受けた北方を望むほかは、草原と山並みとそれにまだ明るさが残る空だけだった。


 すぐ近くの地面も見えないから、この場所がまるで空中に浮いているように感じられる。それとも、実際にこの建物は空中に張り出しているのかしら。


 すぐに、飲み物が運ばれてきて、ふたりの前に並べられる。振り返って確認すると、後ろの席でも別の飲み物がテーブルに置かれるのが見えた。

 自分たちだけではないことがわかり安心する。




 目の前のグラスに注がれた淡い桃色の液体をじっと見る。


「あっ、何も聞かなかったけど、お酒でよかったかしら。だめなら取り替えてもらうけど」

「これは?」

「ザマラよ」

「ザマラ?」

「マラの実から作られたお酒よ」


 マラ? もちろん初めて聞く名前だ。グラスを持ち上げて目を近づける。色はきれいだけれど、香りはかすかにしか感じない。

 イサベラはすでに口をつけていた。同じように一口飲んでみる。


「あら?」


 喉にピリピリパチパチとした刺激が加わる。


「変わった感じ……」

「どうお?」

「よくわからない。お酒は飲んだことがないから」


 そう答えたが本当だろうか。

 もう少し口に入れ慎重に味わう。


「でも、このスーッとした後味はくせになるかもしれないわ」


 イサベラはいたずらっぽく笑った。


「わたしはこれが好きなの」


 そう言うなりグラスをテーブルにトンと置いて立ち上がる。部屋を横切り透明の板に手をかける。


 それから両手をスーッと左右に動かすとそこに開口部が生じた。この仕切りが窓のように開くことを知った。すぐにひんやりとした気持ちのいい流れを感じる。


 風に顔を向け髪をなびかせるイサベラの無邪気な振る舞いを眺めていると、目の前の女の子がイリマーンの王女だとはとても思えなかった。ましてや、自分が彼女の親だとは考えられない。



***



 しだいに夜の(とばり)が降りてくる。急速にあたりが暗くなると、室内の抑えた灯りだけとなった。目の前に広がる草原がしだいに色濃くなり、やがて左側の彼方が橙色に輝いた。

 それから空がだんだん赤褐色に変わりやがてフッと光が消えた。あたりが黒い世界と化したあと、空に(またた)きが見え始める。


「すばらしいわ。みんなにも見せてあげたい……」


 メイがこれを見たら、いつもの冷静さを忘れて叫び出すかもしれないわね、きっと。


「冬に入った今頃が一番天気も安定していて、このすばらしい眺めを堪能することができるの。今日はとても運がいいわ。こんなに美しく見えることはめったにないのよ」


 そのとき草原の彼方が金色に縁取られているのに気づいた。


「もしかして、あれは……」


 イサベラはカレンが見ているものに気づいたようにうなずいた。


「ええ、前線の壁ね。どうやら復活したというのは本当らしいわね」

「復活?」

「ええ、お母さまの活躍で停止したトランサーだけど、また動き出したと連絡があって、お父さまも視察に行ったのよ」




「えっ? わたしのしでかしたことがここまで……」

「もちろん、知っているわよ。でも、どうしてまた動き出したのかしらね。白色化したというから休眠したのかと思っていたのに……」

「また動き出した……。つまり、わたしはまた失敗した……」

「……それは違うわ。この何日かで壁の立て直しもできたし、貴重な、とても大事な時間になったのよ。お母さまのおかげでね。そのことだけでも、イリマーンはお母さまに感謝しなければならない」


 イサベラは外に目を向けた。


「ここからあそこまでは十万メトレちょっとしかないの。すごく輝いて見えるでしょ。イリマーンの壁の中ではセプテントリアが一番の激戦区なのよ。向こうもなぜかあそこに集中してきているし、もちろんこちらも全力で防御しているわ。万一にもセプテントリアが陥落したら、国都の防衛が難しくなる」


 薄暗い室内に黄色い光が満ちると、こちらを向いたイサベラの目が赤く輝いた。


「でも、大丈夫。お母さまが来たからにはわたしたちであの海を消滅させることができるわ。お父さまが帰ってきたら……始めましょう」

「始めるって何を?」

「もちろん、力覚(りきかく)よ。今度こそ成功させるわ。そして、ふたりで、あのトランサーを何とかするの。そうすれば、この瀬戸際にあるイリマーンを(よみがえ)らせることができる」 




 ああ、そういうことか。

 イリマーンがわたしを連れてきたのは、イサベラを力覚するためだった。もちろんそれが理由なのは、彼女が娘だと知った瞬間からわかっていたはず。


 でも、わたしはシャーリンを力覚できなかった。いや。シャーリンがわたしの娘でないのなら、力覚できないのも当然だ。そう、そういうことに違いない。だから……。


 イサベラなら本当に力覚できるのかしら。

 わたしはメイともつながったはずだが、もちろん彼女は力覚していない。双子ならどちらでも可能なのかと思ったけれどそれは違うのかしら。あの時、メイとつながった瞬間、どう感じたっけ?


 同性の親だけが力覚できる。

 どうやって? 不安が募ってくる。それを悟られたのか、イサベラがこちらににじり寄ってきた。膝の上の手を取り両手で握りしめて言う。


「大丈夫よ、お母さま。わたしたちは親子だし、わたしはケタリの(たね)をここにちゃんと持っているわ」


 イサベラはカレンの手を自分の胸に押し当て、安心させるようにうなずいた。


「だから、お母さまはわたしをケタリにできるの」


 じかに触れなくても、服の上からでも、イサベラの力髄のささやきを、そして作用のつながりを感じた。これが、ケタリの種なの?




 イオナの説明が思い浮かぶ。


 イリマーンの国王はケタリではない。しばらくケタリがいなかった。王女はケタリの種を持っているが力覚していない。


 つまり、イリマーンの目的は次の国王たる王女イサベラを力覚し真の王ならしめることだ。これですべて理解できた。この歓待もすべてはケタリを得るため……それですべてが納得できる。強引なやり口も含めて。


 あのカイルがわたしのことを知らせたのだろうか? 彼はケタリを探していたという。そういえば、カイルはもう戻ってきたのだろうか。少なくとも彼には会いたくない。

 あの男は国主を撃ち、シャーリンとメイの心に深い傷を残した張本人だ。どんなことがあっても、彼だけは絶対に許すわけにはいかない。


 突然、静かな調べが聞こえてきた。振り返って首を伸ばして確認する。ここからでは見えないが、この建物の中で楽器が奏でられている。すぐに歌声が聞こえ始めた。

 驚いた。こういうところでは、生身で演奏と歌が披露されるのか。


「いいでしょう? 本当はテラスでないほうがじかに見られるのだけど。今度いつか、アリアの演奏会に行きましょう」


 今日は、街中を歩き回り、買い物をして、外食に音楽付き。とてもすばらしい日になった。これをいつまでも忘れられないでいられたら……。


 このような日は二度と訪れないかもしれない、という考えが頭をよぎる。どうしても、悪い方向に考えてしまうわたしが自分でも情けない。




「ねえ、イサベラ」

「なあに?」

「あなたに話しておきたいことがあるの」


 イサベラはこちらに顔を向けた。顔が少し赤らんでいないかしら。お酒の飲み過ぎではないの。


「わたしは、すごくおかしいの」


 こちらを見ているイサベラの表情に変化はなかった。


「つまり、わたしはケタリだとされているけど、自分にはその自覚がまったくないし、作用力も感知しか使えないので、ひとつもちと言われている」


 説明になっていないことに気づきさらに加える。


「わたしには、最近の記憶しか残されていない。以前のことは、眠りにつく前のことも、子どものころのことも、何もかも忘れてしまっている。もちろん、あなたのお父さんのこともよ……。イリマーンの国王ディラン……わたしのまったく知らない方」


 イサベラはいつの間にか普通の顔に戻っていた。

 しばらく、こちらをじっと見ていたが、腰をずらしてこちらに向き直ると身を乗り出してきた。両手を伸ばして、こちらの背中に回す。


「……そんなことは問題じゃないわ。わたしは……怖いの。わたしにとって必要なのはお母さまであって、本当はケタリではないわ。ずっと昔の父が知っているカレンという人でもない。いまここに、目の前にいるわたしの母親なの。こうして触れて確かめることができて、わたしとあんまり変わらないお母さまが」


 そうね。必要なのは生きている同性の親よ。


「力覚さえできればいい……」


 そうつぶやくと、さっと腕を解いてこちらを見るイサベラの表情は物憂げになった。


「違うわ。わたしはそんなことは考えてない」


 何度も首を振る姿が目に焼き付く。


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