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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第1章

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20 ちょうどいい出会い

 ウィルとモレアスは、話をしながら川へと続く道を下っていた。ウィルが持つランタンの光がかすかに揺れている。

 そのすぐ後ろにいたカレンが歩調を緩めて、かなり遅れて歩くシャーリンの隣に並ぶと、小声で話しかけてきた。


「ねえ、シャル。どうやってダンを探すの?」

「うーん、まずは、アッセンまで、モレアスに借りる船で行く。そこから駐屯地まではまあ歩いてもいける距離。ダンが国軍の車で連れ去られたと話してみる。そのあとどうするかは、何も考えてない。相手の出方しだいね。盗まれた車とかが、すでに向こうでわかっていれば、話が早いんだけど」

「わたしたちを監禁したあの作用者たちのことだけど、きっと船で下っていったに違いないわ。あの船を発見できればダンが見つかるかも」

「そうか、すっかり忘れていた。どんな船だったか覚えている? あのときは、もう頭が真っ白だったから、わたしは全然覚えてないのだけど」


 シャーリンは期待をこめてカレンを見た。


「大丈夫。わたし、記憶力はいいのよ」


 本当に? じっと見ていると、疑わしい視線を感じたのか、カレンは慌てて付け加えた。


「まあ、少なくともここ何か月かはね」




 突然、カレンが立ち止まった。


「ねえ、船の音が聞こえない?」


 すぐに歩くのをやめて耳をそばだてる。


「本当だ、近づいてくる。こんな夜中に誰だろう? もしかすると、やつらの船かもしれない」


 シャーリンは、前を行くふたりに早足で追いつくと話しかけた。


「モレアス、船」

「ええ、聞こえています。さあ、こっちです」


 モレアスが突然道を曲がると手招きした。


「そこの小屋の間から川と桟橋が見えます。こんな時間に船が来るとは珍しいな。このあたりじゃ、夜中はあんまり船を動かさないものだが」

「わたしたちを監禁してたやつらのかもしれない。モレアス、気をつけて」

「わかってますって、シャーリンさま。あなたたちに危害を加えたやつらなら、ただじゃ置かないですから」




 モレアスは、腰に下げた小さいかばんから、折りたたみ式の小さな遠視装置を取り出すと上流に向けた。

 彼の手に納まるとおもちゃみたいに見える。


「見たところ運搬船のようだがでかいな。それにちょっと変わっている」

「どういう意味?」

「あなたたちが出会ったやつらの船はどんなでした?」

「白い川艇よ。乗客用だと思う」


 カレンが代わりに答えた。


「じゃ、違うな。ありゃ外海用だ。しかもいい船だ。念のため、あの海艇が通りすぎるまで、ここで待つことにしましょう」


 四人は建物の間で船が通過するのをじっと待った。




 なおも船影を追っていたモレアスがつぶやいた。


「ん? 向きが変わった。ここに泊める気か?」

「作用者が乗っているわ」

「どうやら、ここの桟橋につけるつもりらしい。見たことのない船だな。何者でどこへ向かうのかを確認してきましょう。あなたたちはここで待っていてください」


 モレアスは桟橋までのしのしと歩いていき、船が滑るように入ってくるのを待ち構えた。




 その船は桟橋に平行に並ぶと、前進をやめてそのままゆっくりと桟橋に向かって移動した。


「こんな夜中にすまないね」


 よく通る女性の声がすると、その人物と思われる人が甲板に出てきて、モレアスにもやい綱を投げた。彼は何事か話しかけながらロープをぐいと引くと係留杭に回した。

 カレンはしばらく黙って船を見ていたが小声で言った。


「あの人が作用者。他には誰も乗っていないみたい」


 また作用者か。やつらの仲間である可能性もないことはないが、たぶん違うだろう。

 先ほどの女性が再び船内に消え、それを見届けたモレアスがこちらに戻ってきた。


「彼女はウルブから来たそうです。国都まで何かの荷物を運ぶ途中らしい。たぶん、ウルブの商人でしょう。すぐに、また出発すると言ってましたが……」

「急いでるんだったら、なんで、ここに泊めたの?」

「ウィル、あの船には彼女ひとりらしい。ほら、ひとりで船を動かすと何かと不便だろ。外海と違って、川では自動操船で放置するわけにもいかんし」


 シャーリンはほっとした。


「じゃあ、ただの商人なのね」

「作用者の商人なんているんですか?」


 ウィルが疑わしげな表情をした。


「ウルブは都市国家の集まりだし、工業と貿易で成り立ってるのよ。作用者が家業としての貿易業に携わるのはよくあることなの」




「ねえ、あの船に乗せてもらうことはできないかな?」


 ウィルが突然言い出した。

 確かにいい考えかも。


「そうねえ、モレアスの船を拝借すると、迷惑かけちゃうものね」

「こっちは大丈夫ですよ。別の船もありますし。でも、どう考えても、あの船のほうが足は速いし、それに快適そうだ。じゃ、ちょっくら頼んでみましょう」

「助かるわ」


 シャーリンは手首をさすりながら感謝の視線を送った。

 カレンがシャーリンの手首に目を近づける。


「その手、だいぶ痛む?」

「うん。おまけに、やたらかゆくなってきた。これは薬が効いているのかな?」




 モレアスは船内から現れた船長としばらく話をしていた。

 やっとこちらを向いて、来るようにと手で合図してきた。


 シャーリン、カレン、ウィルの三人は、桟橋を歩きながら、停泊した船が意外に大きいことがわかり驚いた。しかも桟橋より高い位置に甲板がある。


 どうやって船に乗り込もうかと考えていると、モレアスが桟橋に置かれていた階段を動かして、船に寄せた。

 外海用と言ったのはこういうことだったのね。


「モレアス、いろいろありがとう。あとはお願いね」


 モレアスはシャーリンに向かってうなずくと、階段を足で押さえた。

 三人はぞろぞろと乗船してから手を何度も振る。彼は階段を移動させたあと、握った手を上げて小さく動かした。




「ミアよ」


 船の主はそう名乗ると、解かれたロープをぐいぐいとたぐり寄せた。

 その女性がとても若いのに驚いた。わたしたちとあまり変わらないような気がする。


「わたしはシャーリン。あと、カレンにウィル」


 順に指差した。


「ありがとうございます。乗せていただいて」


 ミアはこちらを見上げたが、すぐに下を向いた。

 ちょっと間があってから答えが返ってきた。


「よろしく。で、アッセンの港まで行けばいいのかい?」

「はい、お願いします」

「それにしても、こんな夜中に船をつかまえるとは相当変わってるね? あんたたち」

「ええ、その、ちょっと急ぐ用事が……」


 シャーリンはもごもごと答えた。




 ミアは立ち上がると船首に向かいながら、ついて来るようにと手招きした。自分やカレンより少し背が高く、がっしりとした体つきであるのが見てとれる。


「わかってるよ。普通ならここでわけを尋ねるとこだが、こういった商売を長年やってるとね、余計なことに首を突っ込まないほうがいいと自然にわかるもんさ」


 操舵室へ続く階段を軽快に駆け上がったミアは扉をあけ放った。そこで振り向いて付け加えた。


「でも、もし、あたしに何かできることがあれば、遠慮なく言ってくれよ」


 三人は物珍しげにきょろきょろしながら階段を上がり操舵室に入った。ミアはすでに前方の席に座って出発の準備を始めている。

 操舵卓の向こうには大きな窓があり、そこから村の明かりがぽつぽつと見えた。




 突然、ウィルが声を上げた。


「もしかして、それ、ねこ……ですか?」


 シャーリンがウィルの視線の先を見ると、窓枠に一匹のねこがちょこんと座っているのに気がついた。

 最初はただの置物かと思ったそのかたまりが身震いすると、首を回してこちらをじろりと見る。

 その目が薄明かりに一瞬金色に光ったが、興味をなくしたかのように、すぐに窓に向き直った。


「彼女はリン。この船の守り主みたいなもんさ」


 ウィルは、しばらくその動物から目を離せないでいた。


「写真でしかちゃんと見たことないです。こんな間近では初めて。すごい……」


 何がすごいのかはわからなかったが、感嘆のため息が聞こえた。

 推進機が作動する音のあと、軽い揺れがあった。船はゆっくりと桟橋を離れ、続いて後退する。


「よし、じゃあ、行くか」


 ミアは船を滑らかに転回させると、徐々に速度を上げて下流に向かった。




 シャーリンは、足を投げ出して壁際の床にべったり座ると、背中を壁に預けてだらんとしていた。

 今日は一日が長かったな。いろいろありすぎて、くたくただ。

 マーシャの薬が効いているのか、疲労のせいか、手首が気持ちいいほどじんじんと熱くなってきた。このまま寝てしまいそうだ。


 そういえば、ミアは、わたしのものすごく汚い身なりに気づいたはずだけれど、こちらを見ても眉ひとつ動かさなかった。

 あの軟膏には麻酔薬か眠気を誘う成分が入っているのだろうかと考えながら、ウィルとミアの会話をぼんやりと聞いていた。




「ミアさんはひとりでこの船を動かしているのですか?」

「相棒がいるんだけど、たいていはひとりでやってる」

「へえー、どちらまで行かれるのですか?」

「次の目的地はミン・オリエノール」

「国都まで行くんですね。ひとりだといつ寝るのですか? もうすぐ真夜中になりますけど」

「アッセンに船を泊めたら、しばらく休憩するつもり」


 カレンが部屋の中を歩き回っているのが見えた。こういう船に乗ったことがあるのかな? あとで聞いてみよう。


「あのー、どこから来たのか聞いてもいいですか?」

「もちろん。ウルブ7から。電気部品を国都まで運ぶんだよ」

「そうなんですか。あの、ウルブとオリエノールの間で貿易業をやっているのですか?」

「いろいろやってるよ、うちは。もっと遠い所まで行くこともある」

「へえー。この船、海艇なんですよね。何という名前ですか?」

「ムリンガ。変な名前だろ? でも、ムリンガはあたしの自慢の船さ。速いだろ?」

「はい、すごいです。あれは何ですか?」


 シャーリンが見上げると、操舵卓の右側でぼーっと光っているモニターをウィルが指差している。

 ミアは、ウィルの見ているものにちらっと目をやった。


「目ざといね、ウィル。あれはね、探査装置のモニター。周りの地形とか川の中の様子がわかる。今日のような月明かりが乏しい夜に船を動かすときはすごく頼りになる。こんなのを小さい船に積んでるやつは、そうはいないだろ?」

「すごいですね。どうやって見るんですか?」

「どれ、見せてあげるとするか」


 カレンが後ろの壁の前に立って何かを眺めているのが見える。絵だろうか? リンがしっぽを立ててすたすたと目の前を横切っていった。

 記憶があるのはここまで。このあと寝てしまったらしい。


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