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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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185 明かされる過去

 シャーリンはディオナを見つめていた。


 彼女はザナによく似ていた。深淵(しんえん)(のぞ)き込むような目と少しだけ銀が混じった黒髪。確かに母娘に違いないと誰もが思うほど顔の輪郭がそっくりだ。簡素でゆったりとした内服を着ているにもかかわらず、その姿からは毅然(きぜん)とした雰囲気が漂う。


 近くにいた男性に声をかけたディオナは全員を広い部屋に招き入れた。白い壁に艶のない褐色の床と天井が独特の空間を作り出している。


「みなさん、お待ちしておりました。ディオナです。ニコラとはすぐに会えたかしら」

「はい。ロイスのシャーリンです。迎えに来ていただけるとは思ってもいなくて。ありがとうございました」


 ディオナはうなずくと隣のメイに近寄り手を伸ばすとぎゅっと抱きしめた。


「ああ、メイ、ミアのことは本当に残念でなりません」


 顔を上げたメイはディオナの顔を見つめた。


「わたしたちのことは……」

「ええ、もちろんです。あなたがとても小さいころに、何度かエレインと一緒にお会いしたことがあるのですが、たぶん覚えてはいないでしょうね」

「はい、あまり……」

「とにかく、あなたが元気な様子でとても安心しました」




 シャーリンは残りの人たちを順に紹介した。

 ペトラがディオナの顔を食い入るように見つめ、そんなペトラをディオナは目を細めて眺めているのに気づく。


「ニコラ、お茶をお願いできるかしら」

「いま用意してもらっています。すぐに来ると思います」

「とりあえず好きなところにお掛けになってくださいな」


 全員がソファに腰を降ろすと、ディオナはペトラのほうを向いた。


「ニコラはパメラの妹なのですよ」


 一瞬、ディオナが誰のことを言ったのかわからなかったが、ペトラは仰天したようにくるっとニコラのほうを振り返った。

 それからニコラの全身に視線を動かすのが見えた。まるで、母親の面影を探すかのように。


「パメラのことでは大変お気の毒でした。あれほど早くにお亡くなりになるとは……」

「母をご存じだったのですね?」

「ええ。パメラは一時カレンと一緒に暮らしていたのですよ。ふたりは姉妹のように仲がよくて……」

「カルと……。そうなのですか……」




 ペトラの亡くなった母親とカレンが一緒に住んでいた?

 急いで頭の中で年齢を計算してみる。たぶん、パメラはカレンより二歳くらい年下になる。

 ディオナがペトラに向ける目つきには、(いと)おしい者を見るような、それでいて、少し悲しそうな視線を感じる。


「パメラにはいろいろと苦労をかけました。わたしたちのために無理もしてくれました。それに、とても優しい方でした。それなのにあんなことに……」

「わたしはあまり覚えてないのです。お別れしたときはまだ三歳でしたから。でも、何度も読んでくれた絵本のことはぼんやりとした記憶があります。あの紙の本の手触りや指でたどりながら聞かせてくれたお話も……」


 廊下からカチャカチャいう音がすると、まだ入り口の近くに立っていたニコラがさっと両扉を引いた。


「さっそくなんですが、ザナからあなたに会いに行くようにと言われました。わたしたちはカレンを追ってハルマンに向かう途中なんです。何か役に立つことをご存じなら教えていただきたいのですが」

「はい、わたしが知っていることをお話ししましょう」


 ワゴンを運んできた家事(かじ)とニコラが、果物やお菓子をテーブルに並べ、お茶の準備をするのを見ながらディオナが続けた。


「話が長くなりそうなので、お茶をいただきながらにしましょう」


 全員にお茶が行き渡ると家事は退出していき、ニコラはディオナの隣に腰を降ろした。

 パメラはニコラとはあまり似ていないな。もちろん、ペトラとも。




 ディオナはお茶を手にすると少しの間こちらを見ながら考え込んでいたが、やがてゆっくりとした口調で話し始めた。


「カレンとケイトの祖父、つまり、あなたたちの曾祖父になるわね、ランスとともにわたしの母ジョアナもメリデマールにやって来ました。ランスの守り手として。まあ、ローエンから亡命してきたわけだから、それはただの形だけよね」


 ディオナはお茶を一口飲んだあと、ちょっと遠くを見るような目つきになった。

 亡命? ディオナの話には最初から驚かされた。

 ということは、わたしも西の国の血を引いているのか……。ザナを見たときから向こうの人だと確信していたが、自分もそうだとは考えてもみなかった。


「まあ、守り手だといっても、その時の母はまだ一歳にもなっていなかったのよ。どちらかというと母のほうが守られる立場だったに違いない。とにかく、船で到着した彼らはメリデマールのアダルに身を寄せることになった。数年後には、ランスはアダルのクロエを伴侶としてメリデマールにすっかり根を下ろしていた」


 一息ついてから続けた。


「母はというと、クロエの末の弟ジェシーと一緒になった。だから、わたしとあなたたちは遠いながらも親戚になるのよ」


 ディオナはこちらを見てかすかな笑みを浮かべた。

 気づくと向こうの席でペトラが何度もうなずいていた。特に驚いていない様子を見ると、彼女はザナからいろいろ聞かされていたらしい。




「ユアンに続いてエレインが産まれると、当然ながら母はエレインの守り手ともなった。わたしが成人してからは、その役目はわたしが引き継いだのだけれど。このローエンのやり方をそっくり受け継いだ役割は、オリエノールやウルブで育ったあなたたちには理解しがたいところがあるとは思う」


 西の王国の風習だろうか。


「話を戻すと、ユアンはとんでもなく優秀な作用者だった。まれに見る逸材だと小さいころから思われていた。わたしたちはメリデマールの南部に越したから、頻繁に会う機会はなかったのだけれど、アダルのユアンはメリデマールの国都に住み大勢の作用者たちを結集していろいろな実験を繰り返していた」


 ディオナは少しの間、目を(つむ)り過去に思いを()せているように見えた。


「そして、あの三十五年前の日がやってきた。わたしは、当時のことをあまり覚えていないけれど、朝早く起こされて荷物を急いでまとめるようにと言われたのは記憶にある。結局、大半のものは家に残したまま、全員で慌ただしく出発して川を下り船で東に向かった。そして、ここウルブ3に逃れてきたのよ。ユアンたちが行方不明になったのを聞いたのは、ここウルブ3に住み着いてからだった」


 ディオナはこちらを見つめて続けた。


「エレインはここでトーマスと出会い、そして、あなたたちのお母さんが産まれた。母はわたしの娘がケイトとカレンの守り手になることとしたわ。といっても、そう決められた時のわたしはまだ八歳。作用については何もわからず、わたし自身も未だエレインの守り手として何の役にも立っていなかった。そして、ザナが生まれるのはずっと先だったにもかかわらず」


 そんな未来のことまで最初から決められているのか。西の国では、誰かの守り手になるのが途方もなく大変なことだとつくづく思う。




「ケイトとカレンが大きくなるまでは、あまり表にでないようにひっそりと暮らしていました」

「どうしてですか?」

「ユアンと作用者たちが消えて何年もたってから、彼らが大陸の中央部で行なった実験があの災いを生み出したと言われるようになったのよ。それを知ってからわたしたちも調査を始めたのだけれど、エレインがユアンの妹なのはすぐにわかってしまう。その娘たちが双子だと知られたらその理由も知れ渡る。だから、エレインの娘たちを表に出さないほうがいいと考えたの。娘はひとりだけということにして、極力外出は避けていた」


 そこでディオナは何かを思い出すようにしばし目を閉じた。

 お茶に口をつけてから話を再開する。


「しばらくは何ごともなく平穏な日々が続いた。でも、カレンが初動してすぐに、エレインは彼女が特別なことに気がついた」

「特別?」

「ええ、カレンは姉のケイトより先に、普通よりかなり早くから作用を使えるようになっていたわ。しかも、その力は最初からずば抜けていた。特に感知力は上位の感知者も及ばないほどだった。まだ、十二にもならないころの話よ。エレインはユアンよりもすごいかもしれないと何度も言っていた」


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