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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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183 エレインが残したもの

 シャーリンはメイとエレインの部屋に向かう。

 部屋に入るなり顔をしかめたメイはカーテンを移動させ日よけを上げた。

 シャーリンは収納庫から記録帳を取り出し調べ始める。


 帳面にはトランサーについて観察したこと、移動の記録とか推測まで多岐にわたって記されていた。たまに、ケイトやカレンの様子が書かれていて、エレインが何を考えていたのか、自分たちに何を期待していたのかがだんだんわかってくる。


 カレンが眠りについた理由も判明した。こんなことをするなんて、自分には想像もできない。十六年だっけ? 時を飛び越えるなんて。しかも、たぶんそのせいでカレンは記憶を失った……。


 メイを見ると、あけた窓から外を眺めている。

 一とおり目を通したところで帳面をメイに渡す。シャーリンはベッドに仰向けになると手足を思い切り伸ばした。

 横向きになって頭の下に腕を入れると、窓際の机の前にきちんと座って記録に目を通すメイを眺めた。


 カレンはこれを読んだから、壁を越えてトランサーの現所とかいう場所を探しに行くことになったのか。確か、一度は目的地の場所を間違えて、それから別の場所に向かった。


 カレンはすごく頑張ったけれど、トランサーは消滅したわけではない。

 それどころか、今の状態は一時的な休眠状態だという話も聞いた。また、あの海が復活するとしたら、今までの計画は何のためだったのだろう。それに……。




「ねえ、シャーリン、ここを見て」


 メイの興奮したような声に、さっと立ち上がって後ろから(のぞ)き込む。

 彼女の指先のところを読む。

 

『出所はカレンの感知なら確実に特定できる……位置がわかれば破壊できる』 


「うん、ここは見たよ。この前……」

「ほら、この現所というのはトランサーが出てくる場所のことでしょ。それを破壊すればトランサーの出現はなくなる」

「だから、ここに行って破壊を試みたんでしょ。でも……」

「この前、破壊したのは、伝達経路だとカレンが言ってたじゃない。それは、こっちの出所のことよね?」

「それはどういう意味?」

「結局は、トランサーの発生元を破壊しない限り、トランサーが増え続けるのは止まらない。でも、この前壊したのはそういった場所ではなかったかもしれない」

「つまり、メイはカレンが間違った場所を破壊したと言ってるの?」


 メイは首をたてにゆっくりと動かした。


「ちょっと、見せて」


 メイが渡してくれ、問題のページの前後をもう一度読む。


「ここに原初と現所という言葉が出てくるね。これ、違う場所のことなのかな?」

「それよ。わたしも最初はただの書き間違いかと思ったわ。シャーリンの言うように違う場所のことだとしたら……」

「うーん。それなら、メイの言ったことが正しいかもしれない……」




「何度か出てくるこのTというのは誰のことかな……」


 メイは頭をのけぞらせるとこちらを見た。


「おじいちゃんの名前はトーマスだけど、自分の連れ合いのことをTとは書かないわよね……たぶん」

「うーん、おばあちゃんにも会ったことがないからわからないよ」

「イリマーンと何か関係あるのかなあ」

「例のユアンが行なったという実験のことだけど、もしかして、メリデマールだけでなくイリマーンも関わっていたのかな」

「わからないわ。……そういえば、その実験のことはこれには何も書かれてないわね」

「そうだね。もし、その実験がトランサーと関係があるのなら、そう記されているような気がするけど」


 とりあえず思いつきを口にしてみる。


「このTという人はそれを調べにイリマーンに行ったのかな」

「わからないわ」

「このあと、どうしたのか知りたいのに、何でここで終わっているんだろう?」

「えっ?」

「ほら、これって三年くらい前の日付だよね。その後これを書くのをやめたようだけど」

「……あのね、シャーリン。それはお母さんがいなくなった月なの。やっぱり、お母さんはおばあちゃんと一緒にどこかに出かけたんじゃないかな……」

「このTという人も?」

「それがおじいちゃんならばね。きっとそうだと思う……」



***



 車で出かけた三人は暗くなる前に戻ってきた。

 部品の山を受け取ったフェリシアと一緒に、クリスの運転する車で通信塔まで行き入り口を開く。まずは、こちらの設備を直す必要があるらしい。


「シャーリン、もういいですよ。終わったら戸締まりして帰りますから。車で戻ってください」

「そう? あ、車は置いていくよ。歩いて帰るから大丈夫」


 この前はアレックスに背負われてここまで来たことを思い出した。あの時は何も知らずにけっこうむちゃしたな。カレンもメイも。


 家に戻ると格納庫を(のぞ)いてみた。

 エメラインとディードは空艇の整備に余念がないようだ。あれからずっと作業を続けている。とても熱心。ふたりとも空艇が好きらしい……。しばらく作業の様子を眺めていたが、思いついたことがあり格納庫の中を見て回る。


 天井を見上げる。ここから空艇を飛ばすにはあそこを開かなければならない。どこかに動かすための装置があるはず。しばらく探し回ったがそれらしいものは見つからない。通信室にあるとは思えなかったが、一応中に入って調べる。


 そもそもどんな装置かもわからないものを探しているわけだが、おそらく開と閉のボタンがついた盤だと思う。


「シャーリンさま、こちらにいらしたのですか」

「早かったね、フェリ」

「塔のほうは終わりました。これからこことの接続を確認しますので」




 この空艇をすぐに飛ばせるわけではないから後で考えよう。開閉盤を探すのはやめにして居間に戻る。

 町から帰ってくるとスタンとフィオナはまっすぐ厨房に入ってしまった。

 自然とエレインの記録のことを考えてしまう。あの三人はどこに行こうとしたのだろうか。


 もしかすると、今でもどこかで生きているのだろうか。単にここに戻れないだけではないだろうか。三年になるとメイが言っていた。やはりそんな奇跡が起こるなんて考えるのはおかしいかな。


 会ってみたかったなあ。おばあちゃんとか、カレンの……ケイトにも。

 思わずため息が漏れてしまう。

 何もすることがないのは自分だけだなと考えていると、メイがお茶を持って現れた。


 時間を持て余している人がここにもうひとりいた。

 ソファに腰を降ろすとメイはお茶を入れ始める。


「フィオナにいろいろとお茶を買ってきてもらったの。これはけっこういけると思うのよ」


 メイが渡してくれたカップを受け取り、立ち上る香りを吸い込む。


「ここはレタニカンというらしいわ」

「どうしてわかったの?」

「スタンが一緒に行ったでしょ。街で店の人にこの場所のことを話したら、そう言われたらしいわ」

「レタニカンか」

「それにね……」




「できました」


 フェリシアの声とともに顔が現れた。

 もう完成したのか。仕事が早いな。


「ちょうどよかった。お茶を入れたのよ。どうぞ」

「ありがとうございます、メイさん。うわーっ、すごいきれいな色ですね。それにいい香り……」


 お茶を味わいながらフェリシアが続けた。


「今、クリスが登録作業をしているところです」


 シャーリンとメイは通信室に向かい、クリスがロイスとの回線を開くのを待った。


「ねえ、フェリシア。これでミンとも通信できるんだよね?」

「はい、ペトラさま。問題ないはずです」

「それなら、後でちょっとアリーに連絡しておこうかなー」

「何を?」


 そう聞いたがあっさりとかわされてしまった。


「それは内緒」

「あ、そう」


 シャーリンはロイスの人たちと少しだけおしゃべりすると、後はクリスとペトラに明け渡した。

 さっそく、ふたりはあちこちに連絡をとり始め、しまいには長々と話を始めたのでシャーリンは退散する。




 その日の晩食は豪華だった。

 買い物ついでにいろいろな食材を調達してきたと聞いた。ここの食料庫も乏しくなっていたらしい。


 最後にフィオナの作ったデザートが出てきたのには驚いた。ペトラが満足そうにしているところを見れば、誰が注文したかは明らか。確かに、フィオナが作るお菓子は絶品だ。


 スタンとフィオナがいれば、食事処を開いても大繁盛しそうだな。

 食後のお茶を飲みながら明日以降の予定を考えていたシャーリンは、ペトラが質問するのを耳にした。


「ハルマンまではどれくらいかかるの?」


 ウルブ1からだと船なら普通は三日くらい要する。そういえば、ムリンガを飛ばすことは本当にできるのかな。

 メイが答えるのが聞こえた。


「それは、ムリンガがちゃんと動くかどうかよねー」

「えっ、動くって、どういう意味?」

「ああ、ペトラには言ってなかったかもしれないけど、ムリンガは飛べる……はずなの」

「飛ぶ? 海艇が?」


 それから、ペトラがこちらに視線を向けてくるのを感じた。


「ああ、なるほど。そういうことなの」


 エメラインが声を上げた。


「ムリンガは飛行できるという意味ですか? 初めて聞きましたよ、空艇になる海艇なんて。ディードは知っていたんですか?」

「ああ、まあね。ミアに飛翔装置の下に閉じ込め……見せてもらったことはある。でも、飛行するところは見ていませんよ」

「あのー、誤解しないでね、エメライン。飛行といっても空艇のように自由に飛べるわけじゃないの。海面から浮き上がる程度よ。だから陸では飛行できないの。川でも飛ばすのはやめたほうがいいと思う」

「いや、それでも飛ぶのに変わりはないですよ。すごいです。さすがロメル製は奥深いです」


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