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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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182 ミアが残したもの

 日が落ちたころミアの家に到着する。ミアとここで最後に話をしたのがついこの前のような気がする。


 家の扉を押しあけたメイは玄関の間で少しためらっていた。

 ほかの人たちは彼女の後ろで何も言わずに待つ。メイはすぐに振り返ったがその目は少し潤んでいるように見える。


「さあ、みんな入って、入って。えーと、客間は上の階よ。たぶん、全員が寝るだけの部屋はあると思う」

「ありがとう、メイ。ペトラとクリスは少し遅くなると言っていたから、先に始めてようか」

「はい、シャーリン。それじゃあ、あとは適当にやってちょうだい」


 全員がぞろぞろと二階に上がり部屋の割り当てが終わると、シャーリンはペトラと一緒に使う客間の窓から町並みを眺めた。お湿りには遭うことなく到着したが、すぐそばの川港がすでに(もや)の中に沈んでいた。


 遠くに目を向けてもここから壁の存在は確認できない。クリスから聞いたところだと、トランサーの活動が弱まったため、ウルブの壁を西に向かって動かしているらしい。そのあたりは、ペトラとクリスが帰ってくれば詳しくわかるはず。




 部屋を出て階下に降りる途中で、フィオナの声が聞こえたので厨房に向かう。


「メイさま、晩食の用意はわたしたちがやりますから」


 厨房の中を(のぞ)くとフェリシアもいるのが見えた。

 ふたりとも、すでに内服に着替えていた。すばやいな。

 スタンが現れ当然のようにふたりの背後に立つと、メイは諦めたように肩をすくめた。


「……そうね。今日はフィオナとフェリシアにお願いするわ。すまないけど、スタンは買い物をしてきてちょうだい。食料庫がほとんどからっぽみたいだから」


 ちょうど、エメラインとディードが降りてきたのでふたりを呼ぶ。


「スタンと一緒に行って食料を調達するのを手伝ってくれる?」

「もちろんです」


 ふたりはすぐにスタンと一緒に出かけた。

 三人がいなくなると、シャーリンも厨房から退散して、メイと一緒に居間のソファに腰を落ち着ける。


「シャーリン、わたしたち、追い出されちゃいましたね」

「うーん、わたしが手を出すとかえって邪魔になるだけだし」

「あら、そうなの?」

「まあね」




 しばらく外を眺めていたメイがぽつりと言った。


「なんか、暇ですね……」


 あらためて部屋の中を歩き回ると、奥のほうに別の扉が隠れているのに気づいた。


「向こうにも客間があるの?」


 シャーリンが見ている扉に気づくとメイが近づいてきた。


「その扉ですか? 以前にお姉ちゃんに聞いたときは、物置として使っていると言っていたけど。わたしは入ったことないの。ちょっと(のぞ)いてみましょうか」


 そう言いながら扉に手をかけたメイはこちらを見た。


「たぶん、必要ないものが置かれているだけだとは思うけど……」


 メイは真っ暗な部屋に頭を入れたが、灯りをつけるのに少し手間取っていた。

 部屋に白い光が満ちると、メイは鼻にしわを寄せて中を見渡した。

 扉の向こうは予想していたより広い部屋だった。少し湿気ったにおいがする。


「あっちに陳列棚みたいなのがある」


 メイは下を見ながら奥に向かって移動すると棚の前で腰をかがめた。


「本当だ。これは……おばあちゃんがあちこちで手に入れたものじゃないかしら。元はと言えば、ここはおばあちゃんの家だったんだから」

「へーえ。確かあちこちを旅行していたんでしょ。これは全部旅先で買ったものなのかなあ」

「そうみたい。わたしもよくは知らない。おばあちゃんにもあんまり会ったことないから……」




「あら?」

「なに?」

「こんなところに、スティングがあるわ」


 メイの指さした棚に艶のある木製のきれいな髪挿しがちょんと置かれていた。軸が二本のものだ。


「ほら、わたしのつけているのとよく似ているでしょ?」


 メイがくるっと後ろを向いて頭を見えるようにしてくれた。


「本当だ、同じ装飾がついているね。でも少し色が違う」


 メイは髪挿しに手を添えながらこちらを見た。


「これはね、おばあちゃんからもらったの。ふたりのお守りだって」

「どうしてここに?」

「お姉ちゃん、髪を切っちゃったでしょ。それから使ってるのを見たことないから、どうしたのかと思っていたの。ここにしまって置いたのね」

「これは髪飾りだよね。それがお守りになるの?」


 メイは考え込むように目を閉じた。


「うーん。覚えているのは、この髪挿しはお守りなんだと聞いたことくらい」

「へーえ。つまりこれは、ミアとメイのおそろいのお守りなんだ……」




 でも、このお守りはミアを守ってくれなかった……。


「そういえば、わたしたちの名前は樹木からとったんですって。メイレンランセアという木があってね。だから、わたしの(あざな)はメイレン。その木はね、ロメルの内庭にあるのよ。わたしたちが産まれたときに植えたらしいの。それに、お姉ちゃんの木もあって、このスティングは同じ種類の木から作られたものだって聞いたわ」

「ミアの木もあるの?」

「ミアサラセノイア。それでミアサラというの」

「へーえ、木からとった名前なんてすごくいいね。……うん、そう言われると、確かにお守りという感じがしてきた」


 メイはフーッと息を吐き出した。


「でも……このお守りは役に立たなかった。ちゃんと身につけていればお姉ちゃんを守ってくれたのかなあ。今となってはそれもわからないけど……」

「さっき、ふたりの木はロメルの内庭にあるって言ってたけど、それってわたしがよく時間をつぶしていたあの庭のこと?」

「ええ、そうよ。明日、ロメルに寄るでしょ。そのときにどの木なのか教えてあげるわ。でも、今は冬だからなんてことない普通の木にしか見えないけどね」



***



 翌日、日が昇る前に出発しウルブ6に向かう。第二川港に着くとすぐに車を借りて尾根を目指す。


 エレインの家はひっそりとして以前と何ら変わりはなかった。

 フェリシアはペトラに図書室の場所を聞いてさっそく向かった。素っ頓狂な声が響き渡ったことからして、そこが気に入ったらしい。様子を見に行けば、ペトラと熱心に話し込んでいる。


 ふたりをそのままにして格納庫に行く。大扉は開放されていた。

 ディードとエメラインは格納庫に入るなり目を輝かせた。隅にポツンとある空艇にまっすぐに近づきぐるりと見て回る。それから中を調べ始めた。


 図書室から出てきたフェリシアも格納庫に足を踏み入れるなり空艇に走り寄る。中に入ってすぐに、エメラインやディードと話し合う声が聞こえた。耳に届いた話からは、これをどうにかするつもりらしい。

 気がついたときにはペトラも三人に合流していた。


 そういえば、メイが言っていたっけ。あの空艇は最小限の人数で飛ばせるらしいと。ペトラも飛翔術を覚える気があるのだろうか。


 空艇から出てきたフェリシアに頼んで、ふたりが格納庫の大扉を操作できるように登録してもらう。さらに、メイのペンダントで家の扉をあけられるようにしてもらった。これで、メイもここに自由に出入りできる。




 次にフェリシアが目をとめたのは格納庫内の一室に置かれていた通信設備だった。

 開口一番に発した言葉は、ずいぶん古い型だとかそういう意味のことだった。それから、延々とロイスの設備との違いについて講釈を始めたが、正直ほとんど理解できなかった。


 わたしが諦めたので、今度はクリスに向かって長々と話し、最後にはクリスがわかったというようにうなずいた。

 ここが、二十年以上前に作られた建物だとすれば、中の設備が古くてもしょうがないと思っていると、クリスがフェリシアの話の要点を教えてくれた。


 それによると、この設備の伝送範囲はウルブ内に限られているのが問題らしい。ウルブ7やウルブ1は伝送網に入っているが、それ以外と通信するためには、装置を新しい方式に改修する必要があるらしい。

 確かに、ここからロイスと接続できないことがわかってからは、とても不便だと理解できた。


 少し手直しすれば通信範囲が広がり、しかも軍とも連絡できるという話を聞いたシャーリンは、フェリシアに必要な部品をリストアップさせた。その作業をしている間に現れたペトラは事情がわかると、クリスとフィオナにできあがったリストを渡して買い物に行かせた。


 メイが、ウルブ6の町中をよく知っているらしいスタンを同行させたことに感謝する。あのふたりだけでは買い物に難儀しただろうから。




 三人が街に出かけてしまったので、結局、この日はここに泊まることになった。

 本当は早く出発したいところだけれど、通信設備を更新するのは重要だ。それに、エメラインとディードは空艇の整備をしておけばいざというときに役に立つと言う。それも間違いなく正論だった。


 この調子だと、明日ロメルに泊まるなら、海に出るまでに三日もかかってしまう。しかたがないので、ロメルで一泊するのは諦めて、荷物の積み込みが終わったらすぐにウルブ3に向かうことにしよう。


 シアによればカレンは元気なようだから、それほど急がなくてもいいようにも思ったが、向こうで何か起こるといけない。カレンだってまた何かやらかすだろうし。


 ディードとエメライン、それにフェリシアが加わって始まった空艇の整備に、いつの間にかペトラまでが参加していた。

 ペトラが空艇と飛翔術についてエメラインとディードにいろいろと質問をしているのが聞こえたので、ペトラも空艇の動かし方を学ぶことに決めたらしいのはわかった。


 彼女は第二を両方とも持っているから、どちらもできるはずだが、それには二倍訓練する必要がある。すごく大変そうだな。飛翔術は難しいから。


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