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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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181 辞め時

「軍を辞めようと思う」


 そう言ったザナは、アレックスとしばらく目を合わせた。


「……本気みたいだな」

「ええ。今までずるずると先延ばしにしてきたけど、これ以上避けているわけにはいかないの。いろいろ込み入った事情があってね」

「……あのカレンという女性に関係あることか?」


 しばらくアレックスの顔を見つめた。どこまで感づいているのだろう?

 ゆっくりとザナは首をたてに動かした。


「今が、ザナが前から言っていたその時なのか?」


 こくんとうなずく。


「だいぶ遅くなったけれど、そう考えている」

「最近のザナを見ていると、カレンの守り手なのじゃないかと思うが、これは当たっているか? 本当は彼女と行動を共にしなければならないのに、ここに縛られていて一緒に行けない……。そんな気がする」


 ザナは再びアレックスの顔を見つめた。鋭すぎる。前から気づいてはいたけれど、アレックスの観察眼は並ではないわね。




「確かザナの両親はメリデマールの出だったな。つまり、カレンもそうなのか?」

「わたしの親もカレンの親も、メリデマールに住んでいたことがあるというのは事実よ。ここしばらくカレンはオリエノールのシャーリンのところにいたけど、彼女たちはすでに行動を起こしている。わたしも合流する必要があるの」

「カレンの具合はどうなんだ?」

「元どおり元気になったわ。今は……旅に出ている」

「どこへ?」

「たぶん……ハルマン」

「……それは、また遠いところだな。なんか深い事情がありそうだ」

「詳しいことは言えない。アレックス、あなたでもね」

「わかっている。それで、ほかの関係者はどうしているんだ? オリエノールの国子(こくし)とその守り手たち、ロメルのとこのお嬢さん、ほかにも何人かいたな」


 ザナは首を(かし)げた。まあ、アレックスは感知者だし、それ以外にも裏の事情はいろいろ知っていそうだ。そっとため息をついた。

 この際だから、アレックスを引き込んでしまおうか。




「ねえ、アレックス。あなたもそろそろ潮時じゃない?」

「それは……もしかして……誘っているのか?」

「ええ、そうよ。はっきり言わせてもらえば、インペカールにあなたの家族はもういない。これまで司令官としてあちこちで十二分に働いたとわたしは思うけど。これからは、インペカールに縛られないで、自分のやりたいことをしたほうがいいわ」

「そういう考え方もあるな。確かに、混成部隊はもう誰でも管理できるようになった。そろそろほかの者に任せる好機かもしれないな」


 考え込んでいるアレックスに話を続ける。


「シャーリンもほかの人たちと一緒にハルマンに向かったのだけど」


 アレックスの顔に変化は見られなかった。ため息をつくと続ける。


「それに、彼女の守り手、ペトラとその一行、メイとロメルの者たちも……」


 こちらの話が聞こえていないのか、アレックスはしばらく黙っていた。


「軍を辞めたら、ザナも向こうに行くのか?」

「カレンがあっちにいる間は……」




「……メリデマールをどうにかしようと考えているのか?」

「えっ? まさか。この大陸を捨てようという時にメリデマールを独立させてどうするの?」

「まあ、それもそうだな。でも、あそこは北の地からは最も遠い。大陸が壊滅するようなことになったとしても、それに巻き込まれない可能性はある」


 そうかもしれない。シルの力があれば、あの地だけは何ごともなかったかのように維持できる。


「インペカールがほしかったのはメリデマールの鉱山だ。それ以外の草原と森に興味はないだろう。残ったメリデマールの自治権なら比較的簡単に得られるかもしれない……」

「自治か……。あそこから追い出されてほかの国に逃れた人たち、メリデマールを母国とする大勢の人々は戻りたいと思っているかもしれないわね」

「それで、ローエンのほうはどうするんだ?」


 アレックスは核心を突いてきた。

 ナタリアの意気込みを思い出しため息が漏れる。


「ローエンねえ。わたしは今まで関心がなかったのだけど、中にはあの地にまだ思い入れが大きい人たちがいるのは事実」

「ザナの手の者たちが動いているのはわかっているが、あんまり派手に動き回らないほうがいい。彼女にも注意しておくべきだ。こっちでもトランの者たちがかぎ回っているらしいからな」




 やはり、ナタリアと家族を呼び寄せたほうがよさそうね。

 アレックスが知っているということは、インペカールに把握されているという意味だし、もしかするとトランにもこちらの動きが読まれているかもしれない。


 ナタリアが気をつけていても、ローエンに残された人たち、メリデマールからウルブ3に住み替えた人たちが大勢いる。その全員を抑えておけるわけがない。


 母はどうしたいのかしらね。祖母ですらたった数日しかいなかったローエンに行くことを本当に願っているのかしら。


「ローエンにはイリマーンの手の者が深く入り込んでしまっている。あそこは誰にとっても住みにくい国になってしまったわ」

「それじゃあ、ローエンを奪い返すか?」


 ギクリとする。……奪い返す。それは、頭の片隅に追いやって忘れたかったことを再び現実のものにした。

 何年か前にナタリアからさんざん聞かされたこと、あれはその後どうなっているかしら。あれ以来、あのことにはうっかり触れないようにお互いに気をつけてきたけれど、向こうに行けば、皆に誤解されるかもしれない。


 アレックスはどこまで本気で言っているのかしら。

 しばらく彼の横顔を見つめてから尋ねてみる。


「それじゃあ、アレックス、その手助けをしてくれる?」

「いいよ」


 あっさりと答えたアレックスは続けた。


「ザナには何度も助けてもらった。そろそろ少しは借りを返しておいたほうがいいからな」


 彼はニヤッとした。




「それで、今の状況はどうなっているの?」


 アレックスは地図を出した。


「トランサーが動きを止め白色化がここまで進んできた」

「全部?」

「調査したこの範囲ではほぼすべてらしい。それで、ウルブ7の壁は西に向かって移動中だ。南下した海は今のうちに一掃する」

「カルプのほうは?」

「キリーは19軍の残りの指揮も任されたようだ。17軍本隊は北に向かって移動を始めた」

「元の位置まで戻せば、まだうちの壁と接続できるけど、出現位置よりは南に(とど)めておいたほうがいいわね」

「ああ、ザナの言うとおりだ。キリーとも相談して、元の壁から十万メトレ南のここを目指すことになった。こちらの部隊もそれに合わせて移動させる」

「でも、トランサーがいつまでも今のままではないと思うわ」

「それは、確信がありそうだね」




 ザナは少し考えた。それからゆっくりと口にする。


「これは、形態を変える前触れのような気がするの」

「つまり、やつらは今いわゆるサナギ状態というわけか? 今度動き出すときは次の形態に進むと……」

「たぶんね。今度はまた進化したやつらが出現しそうな気がする」

「やれやれ。それで、そいつらは今度はどんな特技を持って出てくるんだ? 今の壁で持ちこたえられないのが現れるとやっかいだな」

「確かにそうね」

「やつらに一撃を与えたのが吉ではなく凶となる可能性もある……というわけか」

「とにかく、できるだけ急いで壁を戻して安定化させる必要があるわ」

「急がせよう」

「それで、19軍の残存部隊はどうなるの?」

「キリーは17軍の壁に組み込む気はないようだ」

「彼にまだ常識が残っていたようで助かるわ」

「キリーだって間抜けじゃない。とにかく19軍はカルプから東に向かって掃討作戦を実施するそうだ。これで、われわれも多少手間が省けることになるな」

「それで、どのくらいかかりそう?」

「まあ、今の速度だと四、五日くらいか。それまでやつらの硬化が解けないことを祈るしかないな」

「そうね」



***



「ザナ、来ました」


 元気な声が聞こえたと思ったら、ペトラが現れて後ろから抱きつかれた。

 くるっと向きを変えて、彼女の背中に両手を回す。


「早かったわね」

「朝早く出たから……」


 ペトラは手を離すと近づいてきたアレックスのほうを向いた。


「寄らせてもらいました、司令官。こちらは忙しそうですね」

「それほどでもないよ。実働部隊はカティアが仕切っているし、トランサーもまだ硬化したままだから。……それに、ザナには今のところ出番がないよ」


 そう言うとアレックスはこちらを見た。

 ペトラはくるっと振り向くといやに遠慮がちな声を出した。


「それなら……ちょっと作用の使い方を見てもらいたいのだけど。だめですか?」

「今から?」

「はい。……しばらくザナには会えないでしょうから」




 ペトラの頭越しにアレックスがうなずくのを見る。


「わかった。それじゃあ、あそこの練習室に行くとしようか」

「はい。あっ、クリスに話してきます」

「何を……」


 そう言いかけたときには、ペトラは部屋の反対側を目指して走り去ったあとだった。

 その姿を追いながらアレックスがぼそっと口にした。


「せわしないな。それにしても、ザナはペトラの師匠というよりもうひとりの保護者、あるいは彼女の守り手のようだな」

「えっ? そう見えていたの?」

「まあ、何となくね。国子(こくし)なのだから別に不思議はないさ。違うのか?」


 ああ、そういうことか。それほどわかりやすいのかな、わたしの行動は。もう少し注意しないとだめね。


「それで、彼女はまだ何かザナに教わりたいことがあるのか?」

「さあ? もう教えることはないと思うけど。それとも……」


 ペトラが息をはずませて戻ってきた。


「お待たせしました。クリスは来ないって。もう、しょうがないなー、衛事なのに……」

「見てもらいたいのはペトラでしょう? クリスじゃなくて」


 アレックスが口をはさむ。


「それに、ザナが一緒ならほかの守り手は必要ない」


 クリスもそう考えたのかもしれない。


「あっ、はい。そうですね。それではお願いします」



***



 地上まで降りると、ペトラと一度行ったことがある建物に向かう。

 今夜はほかの作用者は来ていないようだ。

 練習室に入るとしばらくペトラの様子を見ていたが、いくつかアドバイスをしただけで、特に指南するようなこともなかった。


 あとは、場数を踏むしか成長への道はない。

 ペトラを手招きして隣に座らせ、途中で仕入れてきた軽食と飲み物を渡す。

 膝に包みを置きガサゴソ広げている彼女に聞く。


「ほかの人たちはどうしているの?」

「ミアの家よ。今晩泊まるところなの。わたしはそこに行くのは初めて」

「それで、何を聞きたいの?」


 ペトラはちょっと身構えたが、すぐにこちらに顔を向けた。


「飛翔術のことなんですけど」

「ああ、そういうこと……」




「ザナは飛翔術も使えるんですよね?」

「もちろん。……つまり、ペトラは飛翔術を覚えたい。そういうことね?」

「はい。あそこで小さな空艇を見たときに思ったんです。空を飛べたらいいなと」


 その屈託のない笑顔にクスッとなる。


「……ペトラは欲張りなのね」

「はい」


 うなずいたあとこちらをまっすぐに見る、ペトラの目の奥を(のぞ)き込む。


「いろいろできるようになるのはいいことよ。でも、中途半端にしてはだめ」

「わかっています、ザナ。それでも……」

「分解のほうにしなさい」

「えっ?」

「生成者が使う飛翔術は難しいわ。破壊者のほうが実戦に投入できるまでの時間が短いの」

「あっ、そうなんですか。わかりました。まずは破壊……ですね」


 ゆっくりとうなずく。もちろんペトラは両方使えるようにする気だわ。それでも、両方習得してもふたつ同時に使えなければ真価は発揮できない。




「医術もそうだけど、飛翔術は繊細さが要求される。それに、いいこと? 気を抜いたり力が尽きたりしたら船は墜落する。だから、いかに力の残りを把握して、温存しつつ最大の効果を出すかが求められるの。一番難しいのはそこね。ペトラならたぶん、飛翔板に力を注げるまではそれほど時間がかからない。ちょっとしたコツをつかめばね」

「はい。では……」

「ここで実習はできないから、実際に空艇に乗ったときに誰かに教わりなさい。そうね、ペトラの身近な人だとディードになるかしらね」

「あっ、そうですね。わかりました。ディードに頼んでみます」

「今日は特別に秘訣を教えてあげる」

「ありがとうございます」

「まず、一番大事なことは……」


 それから、小一時間、最初に知っておいたほうがいいことを次々と(たた)き込む。

 クリスが現れた時には、かなり疲れた様子のペトラがぼそっと言った。


「全部、覚えられたかなー。わたし、お母さんのような記憶力がないから……」

「大丈夫よ。実際にやってみればすぐに思い出すわ」


 ペトラがクリスとともに帰っていくのを見送りながら考える。

 しばらく会えないわね。

 やはり、早いところこちらの仕事に区切りをつけなければ……。


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