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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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174 どうにかしたい

 ほどなく、アデルに帰り着いた。

 カレンは先を行くイオナに声をかける。


「イオナ、ノアのところに連れていってもらえますか?」

「えっ? 今日はこのまま寝たほうがいい。大変な目にあったのだから。まだかなり痛むだろう?」

「大丈夫です。ずっと眠っていましたから……」


 イオナは立ち止まるとしばらくカレンの顔をじっと確かめるように見た。


「そうか……それではお願いするか」


 イオナに連れられてまたノアの部屋に向かった。

 部屋に入ったところでイオナが言う。


「このままの状態で運べるように、準備してもらっているの。うちには川に入れる海艇がない。ウルブの海港で川艇に移動することになるから、簡単に動かせるようにする必要があってね」

「そうですか。本当はこのまま空艇に乗せられるといいのですけどね」

「それは無理ね。まあ、医師団からは短時間ならここから出してもいいと言われているんだけどね。でも、さすがにアデルからだと一日以上かかるからやめたほうがいいということになった」




 一緒に来た医師が小さな扉を開いてくれる。カレンは脇の低い椅子を引き寄せて座ると、右腕を小窓から差し込みノアの細い腕に触れた。ほんのりとした温かさはあるが動きは感じられない。

 手を滑らせ手首を握る。目を閉じて大きく息をついたあと握り直した。ついでゆっくりと力を注ぎ始める。


 もちろん、わたしは医術者ではない。アデルには優秀な医術者がいて、可能な手当てはすでにされているはず。

 これは作用の問題ではなく、体の機能が中途半端に維持されているために衰弱が進んでいるだけだ。


 肉体が損傷を受けているわけではないので、単に体を回復させればいいはずだが、医術者には復帰の方法がわかっていない。わたしももちろん知らない。

 それでも、これが少しは役に立つと信じたい。


 ついでに作用を押してノアの中に入ろうとしたが、すぐに強い抵抗に遭う。シャーリンやペトラに入ったみたいにはいかなかった。どうして?

 わたしの同調作用が完全でないのはわかっている。つまり、シャーリンやペトラと同調できたのは、きっと彼女たちがわたしを素直に受け入れてくれたからだろう。


 ノアは眠ったままで外界からの干渉を拒絶している。これを打ち破るのは今のわたしには無理。


 手から感じる拍動は遅いものの停止していると見誤るほどではない。どちらかというととても深い眠りの状態。

 ほとんど効果がないことはわかっていたが、カレンはただひたすら力を注ぎ続けた。もし、ノア自身の力髄(りきずい)が体を支える気になれば、これが少しは役に立つはず。


 この行為を長く続けていると、こちらも半分眠ったような状態になってくる。時々感じる眠りの揺らぎを覚えながら時の流れに身を委ねる。



***



「カレン? カレン?」


 誰かがしきりに呼んでいる。

 ぱっと目を開くと視線の先には誰かの腕があり、自分の手がその上に置かれていることに気づく。しばらくして何をやっていたかを思い出す。


 そっと手を離し、窓から腕を引き抜き扉を静かに閉じた。立ち上がろうとしたが、すぐには体が動かないことを悟る。

 我知らず苦笑が漏れるのを感じた。少し長居しすぎたらしい。足が(こわ)ばってしまった。少し待ってからもう一度立とうとすると、イオナの腕が伸びてきて体に回された。


「ありがとう」

「大丈夫? あんまり無理しないでよ」

「ええ、何ともありません。わたし、どれくらいここに居ましたか?」

「そうね、一時間ちょっとかな。さっき戻ってきたら、まだ同じようにしていたので少し心配になって声をかけてしまったの。まるで、カレンがノアの時間に引きずり込まれたように見えて、ちょっと焦った」

「ああ、すみません」




「しばらく付き添っていた医師が言うには、ノアは顔色が少しよくなってましになったらしいわ。これで、ちょっとした長旅に耐えられるだろうし、川からあの家まで空艇で移動しても大丈夫。カレン、あなたには、とても感謝している。わたしは……」


 あらためて、ノアの顔を眺める。それほど好転しているようには見えない。医師のイオナに対する気遣いだろう。

 その時、別の考えが浮かんできた。効果がまったくないのは、体が衰弱している以外にも何か別の問題があるせいかもしれない。


「イオナ、わかっています。わたしにできることなら何でもします。相手が誰であっても命は大切です。それに、わたしはあなたの弟と、ノアと話がしてみたい」


 その時、なぜかペトラの顔がフッと浮かび、微笑(ほほえ)ましいものを感じた。彼女なら徹底的に質問攻めにするでしょうね。ノアは格好の餌食だわ。それでも、なぜかペトラをノアに会わせてあげなければと感じた。




「それに、実はあなたのことも好きですし」

「わたしを?」


 イオナは少し慌てたようにそっぽを向いた。


「わたしはいつも自分の直感を信じています。その感覚が、あなたがとてもいい人で信用に足る方で味方にしておくべきと言っています」


 カレンはにっこり笑いかけた。イオナはこちらを向いたものの少し赤くなっているのが見える。完璧なイオナがうろたえているのを見るのは初めてだ。


「でも、シャーリンに同じことを期待しないでくださいね。あの子は少し……かなり頑固なところがあるから……」


 イオナはうなずいた。


「ありがとう、カレン。実はわたしもあなたをあそこで見た瞬間から強く引かれていた。別にもうひとりと同じなことに惑わされたわけではなく、あなたの友人になれればと思った……」

「はい……」




 ノアの部屋をあとにすると、カレンはイオナと並んでホールに向かった。


「あそこで最初に見たときは、カレンがオリエノールの国子(こくし)だとは知らなかった。クレアは気づいていたらしいけど」

「わたしは国子ではありませんけど」


 イオナはカレンの右手にある符環(ふかん)を指さした。


「これは……違うのです」

「でもシャーリンとペトラの母親でしょう?」

「それは……」

「クレアはね、イリマーンで生まれていたなら、あの国でも間違いなく権威ある者になれたと思うの。それくらい優秀なのよ。あなたとペトラ、あなたとシャーリンの間にある、作用のつながりも感じ取っていた……」


 つながり……。権威ある者はそのようなことまでわかるの?


「それに、あなたも権威ある者になれる素質があるそうよ。クレアによればね」

「とても信じられません。確かに感知はそれなりに使えますけど、それ以外の力はまったく自由にならないし、あなた方のお役にも立っていない」

「あなたには十分に助けてもらっているわ。アデルはカレンにとても感謝している……」




「わたしたちはイリマーンの王たるケタリの守り手を担わされているけど、この前話したように、現在の王はケタリではなく、ケタリシャには王女の警護以外にあまり出番がない状態なの。それでも六週ごとの交代は欠かさない。今の時期はローエンが務めている」


 イオナはこちらを見て続けた。


「この際だから、わたしをオリエノールの皇女(こうじょ)の守り手にさせてもらおうかしら」

「いや、それは……」


 イオナは深いため息をついた。


「わかっているわ。あなたにはすでに優れた守り手がついている。ただ、彼女は多忙であまり手が回ってないのじゃないかと思うのよ。守り手の役目は片手間にできる仕事ではないということを彼女は理解できてるかしらね」

「それでも……」

「ええ、そうね。それでも、信頼関係にまさるものはない。たとえ離ればなれであっても……かな」

「はい」




「少なくとも、ここにいる間はわたしがあなたを守る役目を果たそう」

「いえ、イオナ、お気になさらず。今日のことは、わたしが、勝手にふらふらと出かけたのが原因ですから」


 そこで大事なことを忘れていたのに気づいた。


「あの、ミゲルや護衛の方たちはどうなりました? 大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、たいしたことはない」

「彼らを叱責したりはしていないでしょうね?」

「いや。今のところは。でも、カレンがそう望むなら何も言わない。まあ、外出はわたしが許可したことだし。それより、元はといえば、わたしが無理にカレンをここに連れてきたせいだからね」




 イオナは突然振り返ると誰かを呼んだ。


「ジン、そんなところに隠れてないでこっちに来たら?」


 イオナの視線の先に目を向けたが、最初は足しか見えなかった。膝に光が当たりその上に裾が現れると、ひとりの女性がホールの柱から湧き出てきたかのように感じられた。それまで彼女がいることに気がつかなかった。


「はい、イオナさま」


 影から出てきた女性をよく見るとまだかなり若い。たぶん、自分と同じくらいか少し年上か。もちろん見た目の年齢のこと。


 光が顔にも差すようになって見えてきた髪を見てギクリとする。顔を縁取る明るい緋色は光を映して金色がかっている。

 彼女の髪から目が離せないでいると、イオナのおもしろがるような声が聞こえた。


「カレン、彼女はオベイシャじゃない。もしも、そのことを気にしているのなら……」




 カレンはハッと我に返った。赤い髪を見るたびにビクつくとは、わたしは本当にどうかしている。


「いえ、そういうわけでは……」

「気にするな。ジンはまあ、こういうことには慣れっこだから」

「すみません。とても……失礼なことを……」

「それに、言っておくと、わたしにオベイシャはいないからね。若い子を囲う趣味は全然ないのでね」


 イオナはなぜか少し怒っているようだった。


「ええっ? そうなのですか……」


 ザナの考えが間違っていたことに拍子抜けした。そして、そのことをとてもうれしいと思っている自分がここにいる。

 目の前に来た女性から元気のいい声が響く。


「カレンさま、ジェンナです。どうかお気になさらないでください。たまに間違えられますけど、あたしは別にどうとも思っていませんので」

「わたしはこれから出かけるが、カレンを頼む。彼女は見た目より疲れているはずだ。怪我(けが)もしている。薬は持っている? なにより食事と睡眠が必要」

「かしこまりました。カレンさま、こちらにどうぞ」


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