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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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170 エグランド

 車が止まってすぐに横の扉が開かれた。その向こうにこの車を動かしてきた運転者が立っている。ミゲルがうなずくのを確認したカレンは、頭をかがめてくぐり抜けた。いきなり、車の中ではほとんど聞こえなかったざわめきが、どっと押し寄せてくる。


 驚いてその場に立ち尽くす。両手をすっと耳に伸ばして呼吸を整えた。いや、耳を押さえてもしょうがない。力を少し抑えてから手を下ろす。

 振り返って車を眺める。これは作用の波動を遮るように作られているのかしら。窓があるけれどそうとしか考えられない。驚いた。どうなっているのだろう。


「こちらです」


 いつの間にか先に歩き出したミゲルに続く。


 どこから現れたのかふたりの作用者がカレンの背後につくのを感じる。別の車かしら? 後ろをちらっと見て確かめる。乗ってきた車の後ろに、もう一台小さな車が止まっていた。


 どうして同じ車に乗らなかったのだろう。この人たちは、わたしたちの護衛なのかしら。それとも、逃げないように見張っているのかな。まあ、来たこともない初めての土地で姿をくらますなど、わたしにはとても無理だけれど。




 それにしても、さすがに国都に近いからか、人の多いこと。圧倒されっぱなしだ。

 あまりきょろきょろしないように気をつけてはみたものの、すぐに諦めた。


 すべてが目新しかった。案内板とおぼしきものだけは色とりどりで、名前が書かれた看板を掲げた店が並び、多くの買い物客が押しかけている。

 何の店なのか見当もつかないのが悔しい。今日は何か特別な日なのか、それともいつもこのような状態なのかもわからない。


 本当は立ち止まって一軒ずつじっくりと見たいところだが、ミゲルがどんどん進んでいくので、しかたなく遅れないようについて行く。


 両側に連なる店を交互に眺めていた時、少し先の店に目がいきギクリとなる。

 視界に飛び込んできた赤毛に震えが電撃のように走った。その髪の持ち主は店の女性と何か話しているようだった。近づきながらも目が吸い付いたように離せなくなる。


 髪が赤いからといってオベイシャというわけではない。それはわかっている。なにをビクついているのかしら、わたしは、もう。

 これまでに受けた強制はカイルとイオナ、それにレオンからだけ。イオナは使わないと言ったしカイルのオベイシャは遠く離れたところにいる。


 そう考えてようやく問題の男性の頭から視線を引き()がせた。それに、強制力の最初の一撃くらいは防げる、これまでの経験から……。

 髪の色を気にしてはだめ。それより、見たこともないお店のほうに意識を集中しなければ……。




 食料を売っている店だけはすぐにわかる。知っている食材も見かけたが、遠目には何なのかほとんど見えない。

 時々、その場で食べるものを売っているらしい店があることに気づいた。これは、屋台というのだっけ。


 今は失われた日記にも書かれていた、あの光景に似た雰囲気を感じる。サキュストの祭日にナンと一緒に食べたものは、このような屋台で買ったのだろうか。こういった場所で? そして食べながらそぞろ歩きを楽しんだのかしら。

 ああ、もう一度知りたい……。


 少し人通りが減ったなと考え始めたところで、ミゲルがようやく立ち止まった。


 目の前にはちょっと古ぼけた(いか)めしい構えの黒っぽい建物があった。

 ミゲルがその中に入っていくのを見て慌てて続く。これは普通の店にはみえない……と思っていると、どこからともなく目の前に女性が現れて声をかけてきた。


「あら、珍しいわね。ミゲルがここに来るなんて」

「ああ、ローラ。今日はお客さまのお供でね」


 ローラと呼ばれた女性が興味深そうにこちらに目を向ける。白と黒だけの流れるような服を着た彼女はとても美しく目が離せなくなる。

 自分の服がじっと見られているのに気づくと心がざわつく。

 服がこの場にそぐわないのをひしひしと感じた。


「カレンさまはイオナ皇女(こうじょ)のご友人にして、アデルの……娘子でいらっしゃいます」




 はあ? 友人? 娘子?

 ばかみたいに口が開きっぱなしになっているのに気づき慌てて姿勢を正す。


「なるほど。それは珍しいわね。確かにイオナさまの数少ないご友人とあらば、それは姉妹と同義ですもの。とても貴重ですわ」


 姉妹? いったい何の話なの?

 ローラはこちらを向くと正式な挨拶をして見せた。その服装と相まった優雅さに感心して見とれてしまう。わたしもあんなふうにしないとだめね。記憶に(とど)める。


「カレンさま、エグランドにようこそおいでくださいました。何をお探しでしょうか?」


 わたしの買いたいものは……ただのハチミツだし、それは、たぶん、ここまで来る途中のどれかの店で売られていたに違いない。このような高級店で買う品物ではない。


 ミゲルをちらっと見る。わたしの持っている符証(ふしょう)に合わせて、それに相応(ふさわ)しい店にわざわざ連れてきたってことかしら。


 何を買いたいのかちゃんと説明すればよかったと後悔するがもう遅い。

 どうやらここで何かを購入しないと帰ることはできなさそうだ。


 わたしの買いたいものを口にすれば、きっとあきれるか笑われるかのどちらかに違いない。

 あたりをぐるりと見回す。ここは店といわれても何も商品は置かれていない。少なくとも見えるところには。

 どうすればいいの? ほしいものを言えばどこからともなく出てくるのかしら。




「ええと……実はハチミツを少々……」


 反応がない。声が小さかったためではないだろう。

 たぶん、この人は何をしに来たのかと、大急ぎで計算しているに違いない。


「実物を見たことがないもので……」


 さらにまぬけな説明を加えてしまった。

 ローラは、少しの間止まっていた時間を何事もなかったかのように戻して答えた。


「それでは、特別な一品をご用意しましょう」


 ローラの振り向いた先には何人もの使用人が並んで控えていた。

 本当は、普通の品、その辺で売られているものをまず試したかったのだけれど、この流れはもはや止められない。

 彼女に促されて、鏡のように表面が磨かれた大きなテーブルの前に座ってじっと待つこと数分。


 小さなガラス製の入れ物がずらりと並んだ浅い箱がワゴンに乗せられて静々と進んできた。ふたりの使用人によって箱がそっと持ち上げられ、テーブルの片側に置かれる。ワゴンには同じような箱がさらにふたつ積まれており、それらも隣にきちんと並べられる。


 まず、その数に圧倒された。次に、その色に目が釘付けになった。なんとも言いがたい透き通った琥珀(こはく)色のものが詰まった瓶の群れを眺める。

 こんなきれいな色をしているのか……。




 ローラはこちらにゆっくりと歩いてくる人物に手を向けた。


「彼はジャーレン、ことハチミツについては生き字引みたいな者なのよ」


 くだんの男性がそばに来るとローラは声をかけた。


「ジャーレン、カレンさまに商品の説明をしてちょうだい」

「失礼します」


 そう言いながら向かい側の席に陣取ったジャーレンは、すぐ近くで見ると相当な年齢に見えた。

 ひとつ咳払いをしてから始まった説明に耳を傾ける。


「多くの店で売られているのは、いわゆる野の花に由来するハチミツです。こちらにございます大きな瓶のものがそれになります。花の種類で色がかなり異なります」


 彼の示した瓶に目を向ける。確かに、薄い黄色から深い橙までどれも異なっている。

 少し身を乗り出して眺めている間、彼は少し待った。


「そして、残りの大部分は樹木に由来するものです。それぞれに色、香り、味わいが異なります。試食されるとおわかりいただけますが、その由来となる樹木の香りがしっかりと残っているのが特徴です」


 そこで口を閉じ、こちらをうかがうように真っ直ぐと目を向けてきた。




 この間は何だろう。

 ひょっとして、ここで何か希望を言わなければならないのだろうか?


 冷や汗が出てきた。どうしようかと必死に考えていると、ローラをちらっと見たジャーレンがすぐに話を再開した。

 今度は顔が火照ってくるのを感じる。


「エグランドでは、とりわけ樹木由来のハチミツをお勧めしております。それでは、順にご説明いたしましょう。まず、これですが、ハルマンの西部にある養蜂場で作られる……」


 それから、一つひとつの瓶について、その名前、由来、樹木、味わいなど、細かな説明が延々と続いた。

 差し出された瓶を手に取って見ると、瓶にはそれぞれ特徴的な絵柄が描かれている。それ以外に文字の類いはほとんど表示されていない。


 この絵というか記号が名前などを表しているらしい。それぞれの養蜂場の紋章みたいなものだろうか。

 目の前に並べられていくハチミツはすべて異なる樹木に由来し、養蜂場は西六国だけではなくインペカールにも多数あることがわかった。

 ウルブ5の名前も出てきたから、イオナが言うように、向こうでも作られていて購入も可能と思われる。


 ハチについても説明があったが、これまで聞いたことがないし、どのようなものなのかあまり想像がつかない。ただ、集団で生活する昆虫だというのはわかった。


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