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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

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166 ローエン

 イリマーンの抗争……それがわたしの周りで起こったことと関係しているの?

 カレンは顔を上げてイオナを見た。


「ディランの娘はケタリの(たね)を持っているということで、その事実のみが現体制をかろうじて支えているように思う。もっとも種ではどうにもならないのだがね」

「種といいました? それはつまり、王の娘はまだ力覚(りきかく)していないという意味ですか?」

「そのとおり」

「その方はおいくつなのですか?」

「確か、十七だと思う」

「えっ? それなら、とっくに力覚しているのでは?」


 イオナは何度もうなずいた。


「カレンの言うとおり。彼女は力覚していなければならない。でも、何か力覚しなかった理由があるんだろうね」


 イオナは手で顎を何度もさすった。


「ディランは若いころに何度か殺されかけ、何とか生き延びたらしいと聞く。そして、姉の子である前国王が八年前に若くして殺害されたために、急きょ王の座に就いた時にはすでに三十四歳だったという。普通ではあり得ない。これはメリデマールの主家(しゅけ)の血を引くグレース皇女(こうじょ)の存在と、彼女の娘がケタリの種とされていたことによると思う。それほど、イリマーンは不安定なんだよ」




 力覚しない理由。

 ザナはケタリになるかどうかは早くにわかると言っていたけれど、たぶん一般的には、ケタリシャ、つまり権威ある者によって調べられるのかしら。

 そして、その時に、ケタリになり得るかどうかが判明するのだわ。全部がそうではないのかもしれないけれど。


 しかしそれは、十とかせいぜい十二、三のころまでの話で、十七にもなればすでに一人前の作用者だ。……ということは、何か力覚を妨げる原因があるはず。そこまで考えたところで思い出した。


「その、国王の……お相手の方はご健在なのですか?」

「なるほど。力覚する役目は同性の親であることは知っているんだね?」

「はい、一応」


 イオナはうなずいた。


「グレース皇妃(こうひ)は四年近く前に事故で亡くなられた。王には現在ふたりの皇子(こうし)がいるから、イサベリータ皇女(こうじょ)は、形式上は第四皇女だが、ディランが王の座に就いた時から王女に指名されている。まあ、次の王になる前に殺されなければだが」




 皇女の初動が遅くて力覚できなかったのかしら。でも、ケタリの種を持っていることは早くからわかっていた。そういった作用者の初動は早いような気がする。だとしたらおかしい。


「その方がケタリになるのはもう無理なのですか?」

「それは何とも言えないね。グレース皇妃が存命の間に力覚する時間は十分にあった。それができなかったということは、第四皇女にケタリとなる素質が欠けているか、あるいは……グレース皇妃のほうに問題があったか……」


 ケタリの種の保持者でも全員がケタリになるわけでない。

 その皇女が王女だとしても、イリマーンでは次期国王の座が危うい。


「いずれにしても、たとえば極限状態に追い込まれたときに突然力覚する例があるとは言われている。わたしには真偽のほどはわからないがね。まあ、あのばかなカイルがとんでもないことをしでかしたのも、まさにそれが目的だが……」


 突然、すべてがクリアになった。

 そういうことか……。ようやく、カイルが求めているものがわかったような気がする。だから、シャーリンにあんなことをさせたのか。それでも、まだわからない。




「ケタリからケタリが生まれるのかと思っていました」

「うーん、そんな決まりごとはない。ケタリの子がケタリとは限らないし、逆に、ケタリでない者からケタリが生まれることもある。だからこそ、ケタリシャは常にケタリの(たね)を探し続ける……」

「そうなのですか……」

「四代前のレイチェルは第一皇女にしてケタリとなり王の座についた。おそらく、彼女の時代までがイリマーンの黄金期だろうね。彼女は三人の皇子を得たが、残念ながらその中にケタリとなる者は現れなかった。これもすごく珍しい。後に王弟の末子ランスが初動した時に、遅まきながら権威ある者によって彼がケタリの(たね)を持つことが見いだされた」


 ランス? 聞き覚えがないかしら。




「ところが、その子が国王の座につく前に政変が勃発した。レイチェル王が明確に後継者を指名することなく亡くなったころ、その唯一のケタリの種は力覚するのに成功した。ところが、レイチェルの子コールがケタリを排除しようとすばやく動いた。当然ながら、その時イリマーンに滞在していたローエンのケタリシャたちは彼を守ろうとしたが、コールが動かした大軍の前に他国の少人数はなす(すべ)もなかった」


 ローエンのケタリシャ……。


「結局、その子は何とかイリマーンを脱しローエンにたどり着き、エルナンにかくまわれることとなった。しかしね、国王の座に就いたコールはもはや後戻りするわけにはいかず、当時ローエンで力を増していた準家(じゅんけ)トランを取り込んで主家を攻めた。両軍の攻勢をかわせず敗れたエルナンは、エルナンの末の皇女(こうじょ)とともにケタリを国外に脱出させる。彼らはどうにかメリデマールまで逃げ延びた」




「あのー、ハルマンもケタリを守るのが役目だったのですよね?」

「そのとおりだ。今となってはわかるはずもないが、ハルマンの主家(しゅけ)が事態に気づきエルナンを支援していれば、状況がまるで変わったかもしれない。もしくは、両方とも倒れることになったかもしれないが……。わたしには、どちらが正しかったかを言う知識も資格もない」

「……それで、その、イリマーンはメリデマールも攻めたんですか?」

「メリデマールはいかんせんイリマーンから遠すぎる。間には広大なインペカールという大帝国が横たわり、船で渡るとしても、メリデマールも当時はまだ強大な海運国だった。容易ではないと考えたのだろう。ハルマンとしても逃れたケタリを害することまでは絶対に認めなかったし、ローエンの新しい主家を宣言したトランにしても、メリデマールを攻める理由はまったくなかった。それに、当時のメリデマールは作用者の国としてはまだイリマーンに次ぐ国力があった」


 その人たちは祖国を奪い返そうとしたのだろうか。でも、イリマーンにケタリは存在しない。つまり、彼らは戻れなかったのかしら。




「ローエンに逃れたランスはさらに、メリデマールに亡命してそこに落ち着き人生を全うした。彼の守り手としては、まだ一歳にもなっていなかったエルナンのジョアナが付き従ったそうだ。それ以外にも大勢のエルナンの人々がメリデマールに渡ったとされている。メリデマールは、当然のことながら、新たなケタリを歓迎した。でも、そのメリデマールがそれから、えーと、二十何年か後にインペカールに併合されてしまうとは……。そこまでメリデマールが弱体化するとは、当時は誰も想像できなかったと思う」


 突然、イオナの話が記憶とつながった。

 ああ、そうか。つまり、そのジョアナがザナの……祖母ってわけね。ザナはケタリシャの子孫……。

 そして、ユアンとエレインの兄妹の父親がそのランスだ……。


 つまり、わたしたちはイリマーンとつながりがあるということになる。

 思わずゴクリとつばを飲み込んだ。それでも、どうして、わたしが必要になるの? 疑問とは裏腹に、胸がざわざわするのを抑えられない。




 こちらをじっと見ていたらしいイオナが静かに言った。


「ところで、ケタリは双子を授かるんだよ」

「えっ?」


 突然の話の転換についていけず、カレンはイオナの顔をしばらく凝視した。

 頭の中ではその意味が駆け抜ける。つまり……わたしとケイト、それに、ミアとメイ……。そうだったのか……。


「普通の作用者に双子はめったに生まれない。なぜかケタリの女性の場合だけ。しかもほぼ一卵性。男のケタリの場合は、ケタリでない女性との間では常にひとり」


 ちょっと待って、待ってください。それならわたしは……。

 口を開きかけたところで、イオナが手を振って立ち上がった。


「さてと、すっかり遅くなってしまった。今夜はこれくらいにしておこう。少し横になって眠ったほうがいい。あと数時間でウルブ3に着く。そこで乗員は数時間の休憩をとる」


 しかたなくカレンはうなずいた。

 これまでの話からすると、この空艇はインペカールの上を飛ぶことはできないと思われた。つまり、海の上を行くわけで、途中で休憩する場所がない。イオナの次の言葉がその考えの正しさを示した。


「ウルブからハルマンまでは半日以上かかるからね」


 そう言い残すと、イオナは前方に向かって歩き出した。船を飛ばしている人たちと話すイオナの姿をカレンはぼんやりと眺める。




 あのカイルは今のイリマーンの王ディランとつながる者に違いない。イオナが彼と行動をともにしていたのは、イリマーンとの誓約に基づくものだろうか。


 しかし、イオナはすでにカイルと敵対している。それは、その誓約に反しているのかもしれない。そうまでしてイオナがわたしに求めているのは何だろう? 確かケタリにしかできないことと言っていた……。


 いや、何でも素直に考えてはだめ。いろいろなことがあったから、これでも少しは学んでいるはずなのよ。人が見かけによらないのも。

 あのカイルが常識どおりディラン王の手の者とは限らないはず。あの人はあの人なりに自分の目的で動いているだけかもしれない。




 ああ、もっと人の心の内が読めれば……。誰が信用できる人かよく見極めないと……。

 カレンは、まだ話し込んでいるイオナをもう一度見た。頭を巡らせて艇内を眺めると、すでにクレアが椅子に横になっていた。彼女は常にイオナにぴったりとついている。たぶん、イオナの守り手に違いないわ。


 クレアのまねをして体を倒して横になった。艇内の照明は暗くなっており、もう話し声も聞こえない。目を閉じるが、頭の中ではいろいろな考えがぐるぐると回っていて、とても眠れそうもない。


 イオナの放った言葉が脳裏に焼き付いたまま。

 イリマーン……双子……力覚……。


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