163 交戦
「わたしたち作用者同士の戦いは基本的に攻撃と防御しかない。攻撃者が攻撃し防御者は防ぐ。ただそれだけ。向こうは船首に防御を張り巡らせ、こっちを攻撃する。こっちは船尾に防御を集中し、相手を攻撃する」
カレンはこくんとうなずいた。
「それに、貫通弾」
「それを防ぐのが、あの板なのですね?」
「そう。お互いに相手の防御を打ち破ることに全力を注ぐ。それにはどう対処する?」
「ああ、わかりました。相手に面した部分に防御フィールドを集中させるのですね?」
首をたてに動かすのが見えた。
「でも、相手の攻撃が強くなればなるほど、フィールドを厚くしなければならない。そのため有効範囲が狭くなる」
ああ、それでこの砲を使うのか。何となくわかってきた。
「前面に防御を集中するとほかは薄くなる。それで、こいつの出番だ。フィールドの弱いところにこれを送り込めればそれで決着がつく」
「なるほど」
「でもね、こいつを動いている相手に命中させるのは非常に難しい」
打ち出された弾が弧を描いて飛ぶらしいことは想像できる。
そこで気がついた。
「でも、相手もこちらの船を上から攻撃してきますよね?」
「何のためにこんな小さな川艇に大勢が乗っていると思うの? 上も守るだけの防御者はいる。向こうは三艘だし、手薄なことを期待しているよ」
あれ? フィールドの中から発射して大丈夫なのかしら。
どうやら疑問が顔に出たらしい。イオナがうなずいた。
「銃の弾と同じでフィールドはちゃんと通過する。銃より遥かに速度は遅いし弾が重いから影響は小さい。そもそも砲の精度は悪いから問題ない」
「上から落ちてくるだけなら、エネルギー兵器ではないですよね。防御フィールドで防げるのですか?」
「フィールドはちゃんと反応する。それに、打ち上げられた小臼弾は放物線を描いて落下し、何かに当たるか決められた時間が経過するとエネルギーバーストが発生する。防御フィールドの外側に接触した瞬間にも同じことが起こるが、通常のエネルギー兵器同様に、面を通過する前に止められる」
クレアが手で合図するのが見え、イオナは話を締めくくった。
「バーストを吸収するか跳ね返すのはできるが、防御者の力が不足しているかフィールドが薄いと、内側に割り込まれて一巻の終わりだ」
下流から多くの作用力の源が近づいてくる。
「こっちに」
イオナに言われ船尾に向かう。
「この船の中ではここが一番安全」
突然、意図せずあえぎが漏れてしまう。周囲で多くのアセシグが沸き立つのは予想しておくべきだった。
確かに力のある人が何人もいる。振り返って確認する。中甲板とそれに船首のほうにも防御者が配置されていた。空から攻撃されても大丈夫というイオナの言葉はあながち嘘ではなさそうだ。
それにしても、イオナといいカイルといい、遠く離れた他国にこれだけの作用者を送り込むとは、それほどこの作戦は重要なの?
崖下を回ってくる者たちが感じられた直後に、双方の攻防が静かに始まった。
すぐに船尾に張られた防御フィールドが赤く光る。防御面はしだいに輝きを増し白っぽくなった。向こうの三艘から同じ場所を攻撃されているが、大丈夫だろうか。
イオナがクレアのほうを向いた。
「カイルはどこだ?」
「中央です」
「中央の船のみ攻撃せよ。小臼砲は照準を固定。このまま同じ距離を保て!」
床からのかすかな振動とともに船が速度を増したのを感じる。
向こうからの攻撃がしだいに左右に展開していくのがわかった。
「二艘が側面に回ろうとしている……」
「向こうとしてはこっちの防御を分散させて、どこか弱くなったところを集中攻撃するのが狙いだろうからね」
攻撃の方向はかなり開いたが、それでも船の側面が直接攻撃されるまでには至っていない。しかし、両側の防御壁からも何かが当たる音とともに時々衝撃が伝わってくる。フィールドを突き抜けた貫通弾に違いない。
川幅の狭いところで待ち受けた理由がわかった。
背後から声が聞こえる。
「……合わせ完了!」
「よし、全弾発射!」
イオナの声を聞き振り返ると、船倉の屋根越しに青白い光が次々に上空に伸びていくのが見えた。想像していたような大きい音は聞こえない。どちらかというと空気を切り裂くような低い音が幾度も繰り返される。
見上げると青い光が消えていくのが見え、その後ヒューンという甲高い音とともに何かが接近する音が聞こえた。
直後に向こうの船の周りで激しい光とともに水の柱がいくつも立ち上った。橙色に輝く炸裂が繰り返され視界がぼやける。ひとつの光点が敵船の上に見えたと思ったら、白い光が船を包み込み揺らめいた。
怒声が川を渡ってくる。すぐに向こうの船からの作用に乱れが感じられた。
テリーの声が響く。
「あそこに攻撃を集中しろ!」
敵中央船のフィールドがいっそう激しい光を放った。振り返ると、最後の青い光が空に伸びていくのが見えた。
しばらく静かになったかと思うと、ヒューという音に続いて何かが裂けるような激しい音が二度、三度聞こえた。その直後、向こうの船の後部から黄色い火の手が上がる。
「二発命中……」
クレアの冷静な声で状況がわかった。
左右に分かれていた二艘の船が向きを変えて中央に寄るのが見え、さらに低い爆発音が立て続けに伝わってきた。
「よし、全速で離脱する」
初めて間近で見た交戦は突然終了した。
川艇は轟音を響かせて全速力で進む。あっという間に敵船は背後に小さくなり、赤く変わりつつある火の手も崖の向こうに消えた。
曲がりくねった川を走り抜けると、突然、川幅が広がり間近に見えていた両岸が遠のいた。
記憶では、ここまでの川は激しく蛇行して流れが速いが、この先は穏やかな水面になっていたはず。この前、アッセンから乗せてもらった輸送艇の人も、いま通ってきた場所が一番の難所だと言っていたっけ。
一時間ほど進んだところで、突然船が減速した。
「ここで上陸する」
ボートが下ろされ、イオナに言われるままに移動する。
さらに何人か乗り込んだところで、すぐに動き出し岸に向かう。
暗闇に光が動き水面を照らし出した。前方に小さな桟橋が見えたかと思うと横付けされる。
全員が降りるとあっという間にボートは戻っていった。
あたりを見回すと近くに輸送車が見えた。今度はこれに乗るのかと思っていると、隣でクレアが言った。
「そういうこと。これで空艇のところまで移動するの」
どうやら周到に準備されていたようだ。
振り返れば、暗闇の中を遠ざかる船はすぐに見えなくなった。
「あの……ほかの人たちは来ないのですか?」
「空艇に全員は乗れないの。残りの人たちは、船で帰ることになる」




