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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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161 新たなる旅立ち

 シャーリンは、フェリシアのためらいがちな声を耳にした。


「ちょっといいでしょうか」

「なに? まさかとは思うけど……」

「すみません。その、まさかです」

「どうして?」

「ほら、母に言われたでしょう。少しは内事(ないじ)の仕事を覚えなさいって」

「ここで、その話かい?」


 そう言うドニの目が険しい。

 フェリシアは隣のフィオナと顔を見合わせた。


「それがどう関係するの?」

「フィオナが行くのなら、同行させてもらうと、いろいろ仕事について教えてもらえると思って……」


 そう言うフェリシアと隣のフィオナの顔をじっと見る。このふたり、いつの間に意気投合したのだろう?


「ああ、ちなみに、ムリンガで行くのでしたら、あたしが動かしますので。この前ここに来るまでに操船方法は覚えました」

「それはいいわね」


 ペトラは上機嫌だ。


「ムリンガは目立つからほかの船がいいんじゃないか?」


 ディードが言ったが、メイは反対した。


「ご存じのように、ムリンガはうちの最新型でいろいろ新しい装備があります。外見は少し目立つかもしれませんが、きっとお役に立ちます」


 ああ、そういうことか。


「わかった」


 エメラインのほうを見る。

 こちらの目に気がついたようで、すぐに聞かれる。


「何でしょうか?」

「エムの専門は何なの?」

「えっ? 情報ですけど」

「いや、そっちじゃなくて、作用のほう。医術?」

「医術も多少使えますが、どちらかというと飛翔術のほうです。どちらにしても、参謀室にいる限り使う機会は訪れないですね」


 それはいい。メイのほうに目をやると、笑顔で軽くうなずくのが見えた。

 ウィルがひとり悲しそうな目をして姉を見ていた。

 それに気づいたフェリシアが優しく諭した。


「ウィル? あたしがいない間に主事(しゅじ)の仕事を覚えるのよ。わかった?」


 ウィルはしぶしぶうなずいた。

 ドニがほっとしたような安堵(あんど)の表情を見せた。ウィルには春まで仕事がたくさんあるから残ってもらうしかない。




「そうだ、フェリ。前に、ほら、糸を作ってくれたじゃない。あれ、また作れる?」

「糸? ああ、メデュラム糸のことですか?」

「うん、あれを使って作った服を着れば、作用者からの影響を少しは防げるかなって考えてたんだけど。どうかな?」

「ええっ? あれを服にするんですか? あの糸は、表面こそ普通の糸と同じような感触だけど、しょせん金属だから服のような柔らかさは出ませんよ? それに、相当な分量が必要になりますし、作るのに時間もかかります」


 カレンの言葉を思い出しながら慌てて言い直す。


「いや、外服(そとふく)じゃなくて、このあたりを覆うような感じ。レンダーのように体に触れると遮へい効果がなくなるだろうから、肌衣(はだい)の上に重ねて着る。たぶん体にぴったり沿わせて密着させればいいんじゃないかな」


 ペトラが必死に笑いをこらえているのが見え、その隣でフィオナは困ったように顔を赤らめている。

 シャーリンは手で大きさを示しながら、ザナのほうをちらっと見る。ザナが笑いながらも軽くうなずくのを確認してそっと息を吐く。


「なるほど、わかりました。それでは、必要な材料と道具を船に積んで、途中で作ることにします。でも、あたしは裁縫がまったくだめなんです。服などとても作れません。ご存じだと思いますけど……」

「わたしが身につけるものですから、自分で作ります」


 真剣な表情で言うフィオナを見てほっと息をつく。


「助かるよ」




 シャーリンはペトラに目を向けた。


「それで、どこに向かうんだい?」

「とりあえずセインを通ってウルブかな。エレインの家に寄ったかどうかを確かめないと。最終的にはハルマンに行くことになると思う」


 ペトラはそう言いながらザナを見た。


「そうね。ハルマンに行くのだったら、その前に母、ディオナのところに寄ったらどうかしら? ウルブ3にいるけど。いろいろ助言してもらえると思うわ」


 ウルブ3は、ウルブの西端の海岸に位置する。西の王国に向かう前に寄港するにはちょうどよいところだ。


 ペトラはうなずいた。


「ザナのお母さんならすごく頼りになりそう」

「それに、エレインの家に寄るなら、エレインの残した記録があるから見たほうがいいわ。それにはハルマンやイリマーンのことも書かれているはず。わたしも、もう少しちゃんと読んでおけばよかった」

「ローエンにも寄れるかもしれないわね」


 そうつぶやくペトラにザナが首を横に振った。

 あきれた様子のザナを横目で見ながら慌てて諭す。


「なに、のんきなこと言ってるの? これは観光じゃないんだよ。そう簡単に他国にほいほいと入れるわけじゃない」

「わかってるわ、シャル。でも、大丈夫よ。わたしたちが誰だかわかる人なんていないし……」


 そこで、クリスがしかめっ面をしているのに気づいたのか、慌てたように言い直した。


「ほら、メイが交易のために訪れたことにすればいいでしょ? わたしたちはロメルの者って感じで。そう、メイの部下よ」

「はあ? あのね、ペト」


 一緒に行くことになりそうな人たちを見回す。


「どうひいき目に見てもロメルの交易商人には見えないよ、わたしたち。ただの不審者にしか……」

「いい? お母さんを助けたいんでしょ? 違うの?」

「もちろん助けるよ。でも……」

「じゃあ、わたしの言うとおりにして」




 ザナが笑いを必死にこらえているのが見え、シャーリンは何度も首を振った。

 まあ、いつでもペトラがボスであるのは間違いない。

 彼女の暴走を唯一止められるカレンはここにいない。


 メイがおずおずと口を挟んだ。


「ムリンガはロイスのだから、差し出がましいとは思いますが、うちの者を何人か乗せてもらえれば、彼らに操船をまかせられます」

「そんなに大勢が乗って大丈夫?」


 なぜかずいぶんな人数になってしまった。


「もちろん。ムリンガは大きいのよ。知っているとは思うけど。それに、交易を装うなら、シャーリンが指摘したように、それなりの商品と担当者を同行させないと怪しまれます」

「そうなの? ミアはひとりだったけど」


 そうペトラが言った。


「お姉ちゃんを基準にされるととても困ります。あの大きさの船にたったひとりなんて……」


 そう言い首を振るメイの目が光を放った。

 シャーリンは慌てて同意する。


「そ、そうですよね。わかりました。よろしくお願いします」

「それでは、二、三人乗ってもらって、残りはこのまま帰します。先に帰ってもらい、ウルブ1で準備させます。途中でロメルに寄って商品を積みます。いいですね?」



***



「シャル……シャル!」


 何度も呼ぶ声にしぶしぶ目をあける。

 青い空を背景に勢いよく流れる雲が見えた。雪が降った名残はみじんもなく、この上なくいい天気だ。


「ねえ、そんなところで寝てると風邪を引くよ」


 これはペトラの声だ。

 確かに、羽織を着ていても少し寒いかも。でも日差しの温もりは感じられる。

 冷たい風が頬を撫で、かすかに甘い香りが鼻の奥をくすぐる。下でチャッチャッと奏でるリズミカルでやさしい水音に包まれ、また眠りに引き込まれそうだ。


 コツコツと足音が近づいてくると、ふわりと毛布が体にかけられた。目をあけて確認する。


「ありがとう、メイ」


 メイの顔はすでに船先に向けられていた。


「とってもいい天気だわ。今夜は星が見えるかしら?」

「うん、きっと」


 この先、何が待ち構えているのかわからないけれど、必ずカレンを助け出す。結局、わたしの母なのだから。そう、たとえ年下だとしても……。

 失った時間は必ず取り返す。



(第1部 完)


◇以上で、第1部は終了となります◇


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


引き続き、よろしくお願いいたします。


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